2017年12月18日

ニュールンベルクのストーブ その2 ストーブ

nurnberg stove3.jpg


2017年11月11日
ニュールンベルクのストーブ
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/181540154.html
に書いたように、このストーブ、日本の灯油ストーブや、昔使った 石炭だるまストーブとは違う巨大なものです。

ストーブというより、内部のレンガや土器部分に蓄熱して、それを二次的に長時間放射できるというものみたいです。

ロシアのペチカに近いものですね。イメージに欧米人がもつこのストーブのイメージをよく表した古書(1920年代?)の挿絵をあげてみます。

モンテーニュも旅日記に書いているそうですから、相当古くからあるものですね。この小説では、1532年の年号入りということになっています。これがチロルの古い家に伝わった由来としては、石工(建築業)の祖父が廃墟から掘り出したものという設定になっています。


タイルストーブが設置されているドイツのバイエルン:コーブルク城の中の広間「狩りの間」を
ヴァーチャルリアリティでで観る事ができますので、
もう一度紹介してみます。
http://www.kunstsammlungen-coburg.de/en/historische-raeume-jagdintarsienzimmer.php

もう少し庶民的なタイルストーブの解説がこちらにあります。これは米国のサイトです。
http://www.homethingspast.com/tiled-stoves/

Wkimediaで Tiled Stovesというカテゴリーがあり、
膨大な写真があるようです。

タイルストーブの場合、煙突がない/めだたないものが多いようですね。ペチカと同じく最初に大きく燃やして蓄熱し、あとは熾火でやるもののようで、日本でいうストーブのように継続的に燃やすものではないようです。

チロルストーブと称しているようです。あまり大きな物ではないのは、日本の家屋に配慮したものなんでしょうか。


posted by 山科玲児 at 07:17| Comment(0) | 日記

2017年12月17日

ニュールンベルクのストーブ その1 ハープシコード

nurnberg stove0.jpg


新潮文庫 「フランダースの犬」
という本は、なかなか興味深いところが多いものなので、いくつかに分けてコメントしてみる。

まず、一緒に収録されている
「ニュールンベルクのストーブ」(1882以前)
という佳作を読むために手にとったのだが、

この作品にもまた、考えさせらるところが多い。
1916年ごろの挿絵本の好ましい表紙を紹介してみる(イメージ)

その、考えさせられる様々な点のなかでも、最も些末なところからあげてみる。

ハープシコード(=チェンバロ=クラブサン 下イメージ)が出てくるのだが、作者ウィーダ((1839-1908)
は一体何時、ハープシコードを見、その音を聴くことができたのだろうか?
 1790年ごろ、ハイドンはもはやハープシコードは廃れた楽器だと言っていた。1868年のパリ万博にハープシコードが出品されたあたりから徐々に古楽器の演奏がはじまったらしい。かなり現代的に改造された折衷的なハープシコードを使った人であったが、演奏家として名声を得た人はワンダ=ランドフスカで20世紀初期である。
1850年代ごろフランス人でハープシコードを弾いた人が一人いたそうだが、孤立した例だった。
1882年ごろでは、まだハープシコードが見捨てられていた時代なので、果たしてウィーダが実際に見て聴いたのか、それとも古い骨董品の例として概念的に出しているのか、疑いたくなるくらいである。

 日本では1970年ごろでさえ、バッハをハープシコードで弾く事は、学者的古物趣味的なもので芸術的態度ではないとさえいわれ排撃されたものである。



12回福岡古楽音楽祭あいれふホール クラブサン.JPG


posted by 山科玲児 at 14:09| Comment(0) | 日記

運慶展

キムカラ童子P1050697.JPG興福寺法相六租 行賀P.JPG

  もう、終わった 運慶展ですが、結構混んでるという噂だったので、朝1で11月25日に行きました。
  実のところ、招待券相応のものをもっていたので、もったいないなあ、と思ったことと、運慶  願経がでてるそうなので、 跋尾の運慶の周囲の人の名前を読んでみたかったのです。女性の名前も多いし、貴族ではない当時の一般的な人の名前の興味深い証拠です。次郎丸とか赤王とか、なんか安寿と厨子王みたいな名前がでていて、とてもリアルですね。これは、 東洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931, 奈良 で影印されていて、文字自体は知っているのですが、実物が本当にあるのか?どういうものなんのか?を確かめたかったのです。
影印をもとに Wikimediaにアップしたのがこれ、、
    運慶  願  法華経巻八 跋尾 寿永2年
      ACE1183
   https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lotus_Sutra_vol8_UNKEI.JPG
実物を観たら、想像以上に豪華な写経なのに、驚きました。紙は良質だし、罫線は金だし、写経の丈も高いものでした。
書風は、それほど優秀とはいえないものだったので、モノクロ影印では、なんか粗末な写経じゃないか??とみくびっていたんですね。


 それ以外では、東京での高野山展以来久しぶりに拝観したコンガラ童子(イメージ)、興福寺に行ったときは必ず観る法相六租像のひとつ「行賀」(イメージ)像が、やはり印象的でした。
「行賀」像については、八年前に、
ドスのきいた肖像  2009年10月29日 
https://plaza.rakuten.co.jp/yamashinareiji/diary/200910290001/
を書いておきました。

興福寺北円堂の世親 無着 像は、照明を工夫しないと汚れや剥落のほうが目立ってしまい本来の彫刻的良さが覆い隠されてしまいますので北円堂より美術館のほうが良いかもしれません。
 それでも「写真のほうが良かった」と言っていた観客もおりました。この二像については地味にくすんだ色であっても、本来の彩色に近く戻すほうが良いかもしれないと感じたところです。

Image Source:コンガラ童子  美術研究 昭和11年6月  第5年6号、著作権消滅済み
      「行賀」 洋美術特輯  日本美術史 第10冊、鎌倉美術上,1931、 著作権消滅済み

posted by 山科玲児 at 10:20| Comment(0) | 日記

ヒエロニムス・ボスの紙筒

Bosch TUBE SOUVENIR PRADO.JPG


謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス
公式サイト
http://bosch-movie.com/
 が多少話題のようですが、ドキュメンタリーみたいだし、映画として面白いのかなあ、、という感じはあります。

 こういうのにちなんだものですが、 プラド美術館のグッヅを長崎県美術館で売ってましたので、
ポスターや額絵を保存するための紙筒を以前買いました(イメージ)。今売っているかは知りませんが
プラド美術館のグッヅやポスターを長崎県美術館 ミューゼアム ショップで売ってます。大きなものは
マドリードからもってくるのは大変なので、偶然好きな物があれば、長崎で買うのも良い
かもしれません

長崎県美術館 ミューゼアム ショップ
http://www.nagasaki-museum.jp/goods/
 プラド美術館のグッヅ



posted by 山科玲児 at 07:27| Comment(0) | 日記

2017年12月16日

切り貼り 




 戦前から日本にあり、三省堂の書エン第二巻五号(昭和13年5月1日)にもコロタイプ縮刷図版が
  紹介されたので、昔から結構知られているものに、東京国立博物館にある
  八大山人 臨河序 六屏 があります。昭和13年当時は山崎節堂所蔵 だったようです。
   http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0037499
  これって、実物みたら、切り貼りなんですね。各行がイメージの赤線のように切られております。
  写真じゃあまりわからない。
  台北國立故宮博物院なんかで、ムチャクチャに大判の画册なんかを観たから、そういう巨大画册装幀だったのかな?
  ただ、実物みてメモしたものがないので、復元は今はできないのが残念。カラー写真でもできなかった。  水平方向の切断線もあるんですが、この幅では、カラー写真でもよく見えないなあ。たぶん「山」の前後で切れてると思います。
  切り貼りだから行を夾んだ文字の対応や一行の章法なんかは、考えることができないことを注意しておきます。
   変な議論をうっかりやってしまったら、大恥になってしまいますね。

 臨河序というのは、王羲之 の蘭亭序によく似た文章ですが、少し違うものです。
これは、世説新語という本の6世紀の注釈に王羲之 の文章として挙げてある
ものです。
 上海博物館にある書画册に、やはり臨河序を書いたものがありましたので、右にイメージをおきます。
章法の参考になるかもしれません。八大山人の 臨河序は、他にも軸物など複数があるようです。


posted by 山科玲児 at 09:52| Comment(0) | 日記