2018年01月20日

フレスコバルディのパッサカリアの演奏



フレスコバルディのパッサカリアによる100のパルティータの素晴らしい演奏をみつけました。
   Yoann Moulin - Cento partite sopra Passacagli
     https://www.youtube.com/watch?v=qiDverVuLKk
と言う件は、

で紹介しました。

    あの大家  アレッサンドリーニの演奏ですら、この曲の良さを引き出しておりません。速すぎるテンポのせいかメロディが魅力的に響かず、騒がしく、あまり綺麗にきこえません。
    https://www.youtube.com/watch?v=HPtt6Nc8sEw

 そういう点では、Yoann Moulinの演奏は現在ではベストです。

   どうも、この曲の場合、楽器の調律の問題もあるのかもしれません。普通のバロック音楽用の調律などでは、音の混合が汚くなってしまい、上手く響かないのかもしれない。
  意外に平均律に近いほうが良いかも。。調律には他にもピタゴラス音階とかいろいろありますけれど、、
  というのも、ピアノやクラヴィコードで弾いた例があって、それなりにまあまあ綺麗だからです。
   ピアノの演奏(Claudio Colombo) https://www.youtube.com/watch?v=pLnRZ1xTt70
   クラヴィコードの演奏 (不破友芝) https://www.youtube.com/watch?v=vY4obI2unz0


posted by 山科玲児 at 08:14| Comment(0) | 日記

2018年01月19日

消えたカラバッジオ の評価


カラヴァッジョを検索していたら、偶然ひっかかった話題::

ジョナサン・ハー 著  , 田中 靖 訳 、消えたカラヴァッジョ 2007/12/12  岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b264570.html
というノンフィクション本があるそうだ。

1987年にダブリンのイエズス会で発見され、ダブリン国立ギャラリーにある絵画をテーマにしている。
https://www.nationalgallery.ie/taking-christ-michelangelo-merisi-da-caravaggio

これに関連して2011年に日本のTVプロダクションが関係者に取材した番組があり、NHK  BSで報道されたらしい。
その、
TV取材のプロダクションからの証言ですが、
http://www.tvu.co.jp/program/gokujo_caravaggio/

>[消えたカラヴァッジオ」の作者は、一度もアイルランドに来たこともなく、アイルランドにいた関係者にまったく取材をしないでこの本を(ほぼ想像で)書いていたのだ。

作者とTV関係者  どちらの証言が正しいのかはわからないが、なんかどっちも信頼できないかも、、

ただ、ジョナサン・ハーは、ダヴィンチコードの商業的大成功のあとを追いたい人じゃないか?という疑念がでてきた。

カラヴァッジョ  ファンの人たちには、この本は、どういう評価をされているのか知りたいところではある。



posted by 山科玲児 at 10:41| Comment(0) | 日記

はじめてのルーブル  続3 カラヴァッジオ

はじめてのルーブル.jpg



中野京子  はじめてのルーブル   集英社、2013
http://bunko.shueisha.co.jp/recommend/satsuki_01.html

にたいするつっこみですが、これで最後にしておこうかな。

カラヴァッジオについての記述で、

カラヴァッジオが、20世紀まで、あまり評価されず、1951年のミラノのカラバッジョ展でブレイクして、再評価されたような記述があります。
本当でしょうか? カラヴァッジョは忘れられていたのか?

実は、最近、プラドのラトゥール展(2016年)のカタログ(下イメージ)を読み返していて、この件にひっかかる事実をみつけました。

1817年6月13日のロンドン  クリスティーズでオークションされており、
「カラヴァッジョ」の絵とされていました。
  あれ、カラヴァッジョが無名ならなんで よくわからない絵に名前をあてるのだろう。もっと有名な画家にすればいいじゃないの。。19世紀初期ですから、忘れられてんじゃないの。。


  1795年に教会財産の目録を書いたMassolという人はこれらの絵をカラヴァッジョに近いと書いているようです。
  おかしいですね。18世紀末 フランス革命最中に、田舎の教会関係者にカラヴァッジョはよく知られていたということでしょうか?

 そこで、カラヴァッジョのカタログレゾネがある
Andre Chastel(introduction) and Angela Ottino Della Chiesa,  Tout l'oeuvre peint du Caravage. 1967

 を再度みてみましたら、アンドレ・シャステルの序文では「1951年の再発見」 を特筆大書してました。
ミラノのカラヴァッジョ展てのは、こういうものだったそうです
Mostra del caravaggio e dei caravaggeschi
Palazzo Reale, Milano
Aprile-Giugno, 1951

  一方、Angela Ottino Della Chiesaが丁寧に集めた資料では、それほどでもない。 スタンダールもブルクハルトもモレリも一応、言及はしているようです。

 現在ほどの評価はなかったかもしれませんが、ラトゥールのように忘却されたわけではない、ラファエロやルーベンスやティティアーノのような大画家という評価ではなかったが、それなりに評価されていた、というのが妥当な線だと思います。まあ、1951年の展覧会でブレイクしたというのは確かでしょうが、忘れられていたわけではない。

  第一、カラヴァッジョのサインのある絵は一枚しかないのに、他のサインのない絵が他人の絵にはあまりされていないようです。 これは、それなりに名声が連続していたということではないか?
と推測しています。


LaTour Prado.JPG
posted by 山科玲児 at 09:00| Comment(0) | 日記

2018年01月18日

ゴヤの「巨人」

Goya 巨人.jpg


  フランシスコ・ゴヤについては、関心が薄かったのでチェックしていなかったのだが、
   2008年に、あの「巨人」(イメージ)がゴヤの作品ではない、という報道がでてたようだ。
   「裸体のマハ」なんかと同じく代表作とされている作品なので、美術ジャーナリズムでは話題になったという。
 それも、作品を所蔵しているプラド美術館自身からの発表だったので、大きい。
 外部の大学教授なんかがそういう説を出しても、所蔵している美術館は擁護する、というのが、普通の動きだからだ。

消息通らしい人のブログ記事がある

プラド美術館のサイトでは、一応、画家名はゴヤになっているのだが、
英文を読むと、疑問があるという説が解説文の冒頭に書いてあって、これはかなり本気なんだな、、という感じです。

   なんか、レンブラント・プロジェクトで「黄金の兜の男」(ベルリン絵画館)が失格になって以来のニュースのように思えたので、だいぶ旧聞になるが、あげておきたい。
   しかし、顔料やキャンバス、技法は、ゴヤの弟子や協力者の作品なら同じになると思うよ。こういうので真贋の区別ができるのは後世の贋作か、他の土地や流派の作品を間違えた場合だろう。



posted by 山科玲児 at 08:52| Comment(0) | 日記

2018年01月17日

ルーベンスとマネ

Manet Fishing MET detail.jpg



絵画をいかに味わうか
ヴィクトル・I.ストイキツァ 著
岡田温司 監訳
http://www.heibonsha.co.jp/book/b157446.html

 は、それほど面白い本ともいえないんだが、
この本で読んで、ちょっと気になったことを、書いておきます。

私が知らなかっただけで、よくしられていることかもしれません。

フランス近代の画家:
マネの 魚釣り  メトロポリタン美術館
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436951
の右下にマネ夫妻の自画像があって、それが17世紀の大画家ルーベンス夫妻のコスプレ(イメージ)だという話だ。
なんかなあ、、マネのルーベンスへの憧憬が現れているようで、面白い。
 この作品はマネ自身の個展にも出た作品であり、履歴も確かで本物であることは疑いない。

  更に面白いのが、マネの妻の名前がシュザンヌであることで、これは、ルーベンスの妻 シュザンヌ・フールマンと同じだ。ここまでマネしなくてもいいのにね。
妻シュザンヌはオランダ人です。これもまたルーベンス指向かしらん。。
Suzanne Leenhoff
https://en.wikipedia.org/wiki/Suzanne_Manet

 エドゥアール・マネ(1832年1月23日-1883年4月30日)は、
印象派の画家。フランス近代絵画展にでる大画家とされることが多いけれども、
作品自体をみると、印象派というより、スペインのフランシスコ・ゴヤの肖像画のような感じのものが多いと思う。マネ・モネと併称されているとはいえ、マネの位置づけは、ちょっと微妙です。

posted by 山科玲児 at 09:28| Comment(0) | 日記