2015年09月22日

長崎食べて飲んでみんね祭

前に紹介した長崎のB級グルメフェア、結構盛況で面白かったと思います。

トルコライス春巻きつまみに、プロのバーテンダーのカクテルを雑ぱくな環境で飲むなんてのは、そうない経験でした。

明日23日まで


【長崎食べて飲んでみんね祭】
  期間:9月19日(土)〜9月23日(水・祝)
  時間:11:00〜21:30
  場所:長崎おくんち広場(夢彩都横)
   http://area.walkerplus.com/walker47/article/detail/ar1042201/le2281/20150910/2_201509101004451425
posted by 山科玲児 at 19:48| Comment(0) | 2015年日記

唐壁画の褪色


永泰公主 (1)2002.jpg永泰公主墓 漢唐 (2)s1974.jpg


古い画集などをみていて、

あの永泰公主墓の壁画の色が違っていることに気がついた。

右が1974年の 漢唐壁画 外文出版社、の分

左が、2002年の文物出版社の分

あきらかに衣装の緑青がなくなっている。

高松塚でも、いろいろ問題があったが、壁画の色を保存するって難しいことかもしれない。そういう意味では模本の価値は結構ありそうだ。

posted by 山科玲児 at 10:25| Comment(0) | 2015年日記

2015年09月21日

玲児の中国絵画入門 20 乾驛Aカデミズム



玲児の中国絵画入門 20 乾驛Aカデミズム
http://reijibook.exblog.jp/23697504/

をやっと書きました。これはむずかしかった。
posted by 山科玲児 at 19:44| Comment(0) | 2015年日記

藤田嗣治 続


  藤田嗣治 画伯の名前をどう読むか、ということだが、
「ツグハル」でよいようだ。まあ、今はレオナール=フジタのほうがいいかもしれない。
「ツグハル」の根拠は、画伯の遠縁の蘆原英了氏が芸術新潮1968年3月号に書いている記述を引用する。
「これはもともとツグジといっていたが、フジタの父親がもしお前が成功したら、ツグハルと読めといった。そこで1930年代になって、ツグハルと自分から読むようになり、人から聞かれればツグハルと答えた。」

 藤田画伯が逝去前、90日でフレスコで制作した、ランスの フジタ礼拝堂は、なかなか特異な作品であり、後世に残るものだと思う。
 藤田画伯>「ランスの教会の壁画はずいぶん苦労したよ。即製というが、素材のセメントの関係で1日で50号ぐらい描いたこともあるよ。早く描かねば乾きが早くて修正できない。それだけに下絵やデッサンは2年近くかかった。アトリエ一面の壁画もそれだよ。」Source:芸術新潮1968年3月号

  どうも、当時の日本の画家や評論家たちはフレスコの技法の実際を全く知らなかったらしい。ミケランジェロだろうがジョットーだろうが、同じことなのにね。

 この小さな礼拝堂は、パトロンのシャンパン会社社長 ルネ ラルーの援助で建設され、シャンパン会社MUMMの所有地にある。藤田夫妻がこの中に葬られている墓廟でもある。

 ルネ ラルーと藤田画伯、藤田夫人の肖像が礼拝者の中に混じって描かれているのが、なんとも欧州の伝統をまざまざと感じて素晴らしい。
  著作権の関係もあって、一般的なサイトには画像がないので、個人ブログを紹介します。

タグ:藤田嗣治
posted by 山科玲児 at 10:30| Comment(0) | 2015年日記

2015年09月20日

藤田嗣治



画家:藤田嗣治を題材にした映画が公開されるようである。
11-14公開:映画『FOUJITA』公式サイト
 http://foujita.info/


  藤田画伯については、西洋美術館や近代美術館にある佳作
   http://www.momat.go.jp/am/exhibition/permanent20150919/
に独自性を感じていたが、
    2006年4月4日というから、東京を離れる少し前ぐらいに、竹橋の近代美術館で、
  生誕120年藤田嗣治展 : パリを魅了した異邦人 LEONARD FOUJITA. 2006年3月28日-5月21日に行って、強い印象を受けた。
  まあ、なんというか一筋縄じゃいかないな。

特に、このときまとめてみた戦争画、「アッツ島玉砕」などはよく憶えている。

 これらの戦争画制作が、敗戦後 非難されて「公職追放」に伴うような、画家仲間からの批判追求を受けて1949年日本を捨て、パリに定住した。

1968年1月 フランス人Leonard Foujitaとして逝去されたとき、芸術新潮1968年3月号は小特集を組んでいてゆかりのあった人々の話を掲載している。
  日本を敗戦後離れるときのメッセージは「絵かきは絵だけを描いてください、仲間げんかをしないでください、日本画壇は早く世界的水準になってください」であった。
 また、1966年頃 ある日本人ビジネスマンとの会話で「離日の心境に触れ、帰日の希望の有無をたずねると、さすがに寂しい顔になり」、
藤田画伯>「戦争画については話たくないが、戦争は人間のドラマで、厳しい人間の極限を描くことと同じだ。また、あの場合、国に協力することは当たり前だろう。」
藤田画伯>「もちろん日本に帰りたいよ。だけど帰れない。もう人に利用されるのはいやだ。静かにしておいてくれないし、またこのからだでは帰れないよ。」
と述べられたそうだ。

  この事情は、敗戦後の暗い状況が反映しているのだが、私の記憶でも、1970年ぐらいまでは「芸術の価値を政治性の程度で評価する」という現代では信じられないような原理主義が横行していた。
「芸術家は人民大衆に奉仕すべき」という文化大革命のスローガンのような論さえあった。そこまでなくても「芸術家も政治活動をすべき」「芸術家は反体制でなければならない」「芸術作品には、政治的社会的抵抗精神がなければならない。ない芸術は腐敗した反動的な堕落芸術だ。」というような宣伝工作のような言論が瀰漫していた。「抵抗精神」があればあるほど優れた芸術だということになった。そのため、過去の芸術作品の中に 「抵抗の精神」「反体制的心情」を、無理にこじつけてもみつけだすという無茶な批評が多かったものである。これの背景・根源には、19世紀に成立した「苦悩する天才芸術家」「反抗者としての芸術家」「生前は認められないのが先駆的芸術家」という固定観念がある。その逆の富裕な流行作家は、いかに優れた作品を創造しても、俗物・非芸術家に「理論的には」なってしまうのだ。ルーベンスやラファエロへの相対的な低評価は20世紀の産物である。そういう意味では藤田画伯は18世紀的画家だったからこそ苦しむことになったのだろう。
 ひどいのは、物理学など自然科学にすら「階級性」を主張し、「ブルジョア的科学」を無意味に排斥するルイセンコ説などがもちあげられたものだ。

  戦争画なんて、西洋の絵画史にはごろごろある。古くはイッソスの戦い(ポンペイのモザイク)、ナポレオン戦争の記録画など多くの例がある。もっとも、古代の戦争に擬して描くというようなものも多い。西洋の戦争画は良くて、日本軍の戦争画は悪いというきめつけが疑いもされずに行われた。

  21世紀の現代、イデオロギーの支配が低下して、もう少しロココ的になっているから、藤田画伯の再評価も進むことだろう。
東京 竹橋の東京国立近代美術館でこの秋、映画も含めた企画展があるようである。
東京国立近代美術館所蔵作品展「MOMATコレクション 特集: 藤田嗣治、全所蔵作品展示。」
【会期】2015年9月19日(土)〜12月13日(日)
posted by 山科玲児 at 09:56| Comment(1) | 2015年日記

2015年09月19日

トルコライス春巻 を野外フェアで、、



トルコライス春巻


2015年07月03日 にとりあげたトルコライス春巻が野外グルメフェアに出店します。

もともと、歩きながらでもトルコライスを食べられるというコンセプトで作られたものですから、
こういうところで食べるのはいいのでは、、
長崎バーテンダー協会による、新作カクテル3種もあるそうです。これ愉しみですね。
イベントもあって、去年は、
2013年09月20日
ロード・シンガーのほうが上手い
でとりあげたシンガー的場さんなんかも去年は、でてたみたいですね。宮本裕子さんなんかでないかな?

 【長崎食べて飲んでみんね祭】
  期間:9月19日(土)〜9月23日(水・祝)
  時間:11:00〜21:30
  場所:長崎おくんち広場(夢彩都横)
   http://area.walkerplus.com/walker47/article/detail/ar1042201/le2281/20150910/2_201509101004451425/

出島三角広場 水辺の森公園でも、同時に別のグルメ祭をやってます。
ただ、こちらは、東京とか県外の店の出店ですねえ
  【DEJIMA博(ひるじげグルメ祭)】
  期間:9月19日(土)〜9月23日(水・祝)
  時間:9:30〜18:00 ※19日は9:00から/23日は17:30まで
  場所:長崎水辺の森公園・出島三角広場(出島ワーフ隣)
posted by 山科玲児 at 08:33| Comment(0) | 2015年日記

2015年09月18日

自然科学でも先入観はある



異形の惑星―系外惑星形成理論から (NHKブックス)  2003/5/1
井田 茂
http://www.amazon.co.jp/dp/4140019662
で、太陽系外惑星発見の経緯を読んだとき、なんとも不思議に思ったものだ。1995年前後のことだから、たかだか20年前のことで、歴史というより現代・同時代の話である。

77p「1990年代に入ってからの惑星探し・惑星形成についての国際会議では、きわめて悲観的な観測の中間報告ばかりが続き、いかに惑星は一般的には生まれないか(また
は生き残れないか)、いかに太陽系は特別かということを議論する講演が増えていた。」
77−78p「1993年末にハワイで行われた会議の、その常夏の気候とは裏腹の、とても暗く悲観的な雰囲気は今でも話題になる。..略。。。ブラックらの理論研究者は星形成『不能』理論を次々に述べた」

 で、たった2年以内の、1995年10月6日::最初の太陽系外惑星の発見 の発表(ケロッズとマイヨール、フィレンツェの学会にて)


22年後では、、
2015年7月31日 出版の
宇宙生命論
海部 宣男 (編集),    星 元紀 (編集),    丸山 茂徳 (編集)
http://www.amazon.co.jp/dp/4130627244

127p「6月末現在で、太陽系外惑星は、1800個以上」「惑星候補はすでに4500個以上」
111p「2010年ごろまでは『第二の地球を探せ』というフレーズがよく使われたが、その表現には。『そんなものは滅多にない』というニュアンスが含まれている。しかし、少なくとも惑星の軌道半径やサイズ(質量)でいう限り、地球のような惑星はあり余るほど存在するということが明らかになってきたのである。」

 思わずハァーー、と言いたくなる変化ぶり、、今現在のこれらの文章を信用していいのか??と疑いたくなるくらいである。

 しかも、1990年代から現在まで、質的に大きな技術的な飛躍があったのか??
 例えば、望遠鏡が開発されてガリレオが木星の衛星を発見したり、レーウェンフックが顕微鏡を開発して微生物の世界を発見したり、加速器が開発されて初めて新しい素粒子を作り出すことができるようになったり、そういう飛躍があったか??

 勿論、観測機器の精度の飛躍的向上はあったのだが、宇宙望遠鏡もそれ以前からあったし(ハッブル宇宙望遠鏡は1990年打ち上げ)、使われているのは従来の技術の発展・延長である。ものによってはアマチュア望遠鏡にCCDとPCをつけて観測するということさえあるという。

  なんというかなあ、先入観というか、学会の空気というか、思い込みはおそろしいものだなあ、と思う。

  あると信じないと、見えないんだな。

  こういう思い込みは「火星の運河」のような勘違いも生んできたが、生産的なことも多かったのだろう。

posted by 山科玲児 at 06:55| Comment(0) | 2015年日記

2015年09月17日

上海博物館での硯の展覧

上海博物館で、所蔵している硯の展覧をやっているようです。

わりと珍しい展覧だと思いますが、主な展覧品をみても、あまり面白くないなあ。

まあ、明代らしい陳洪綬 硯なんかは、そんなものかなあ、という感じです。

松花江緑石 硯は作がよくない。台北のものとは雲泥の差です。

posted by 山科玲児 at 10:40| Comment(4) | 2015年日記

2015年09月16日

双コウ填墨

双コウ填墨.jpg

秋萩帖王羲之臨書のことをいろいろ考えているので、

一応、30年前の

秋萩帖双鉤填墨論. 書品283号  著者, 飯島 太千雄, 1985-08

を読んでみました。

  もともと、裏に淮南子が書いてある色紙で双鉤填墨するってのは、無理ですから変な議論だと思っていましたが、読まないで一蹴するというのもよいことではないし、他の優れた見解が読めるかも知れないなあと思って、あえて古書店から取り寄せることにしました。

双鉤填墨っていうのは、模写本をつくる技術で、この図(イメージ)のように、籠字をとってこれを墨で塗って埋めるんですね。これは私が昔昔やったもので、原材料は、あまり知られていない贋物とされる王羲之の書の模写本です。贋物ですが珍しいのでコピーをもとに昔やってみたものを引っ張り出してみました。

 籠字をとるときは、透かさないといけないのでトレーシングペーパーや雁皮紙を使うのが普通です。
やってみればわかりますが、秋萩帖では無理無理です。
 著者がいう双鉤填墨のあとというものと類似した籠字の輪郭線みたいなものは、小野道風の玉泉帖、行成の本能寺切にも下記のようにあるんですね。これらが双鉤填墨という話はきいたこともありません。どうなの?
玉泉帖 detail.jpg本能寺切 detail1mod.jpg


 
  じゃ、双鉤填墨と普通のものとどう区別するんだ?? という話ですが、神戸大学の魚住研究室でやっていた墨色分解による分析が一番確かだと思います。
小川本智永千字文と喪乱帖であきらかに差をみることができました。
魚住教授には敬意を捧げたいと思います。もう退官なさったそうですが、この業績は顕彰されるべきだと思っております。


posted by 山科玲児 at 10:12| Comment(0) | 2015年日記

MAKE IN INDIA


  たぶんインド政府関係の広告だろうけれど、この
 MAKE IN INDIA CM  は結構良くできていますね。
    https://www.youtube.com/watch?v=cMBFq1ZUv6A

  ただ、日本人がいう「メカメカしい」感じはないですね。
  むしろ、ヨーロッパの映像作家の作品のようにみえますね。この色使いや動きは、欧州好みかな。
  ただ、インドが、次の世界の工場になるかな? むろん重要な拠点になるでしょうけれど、国際金融資本にとっては、南米や他の国のほうが有力かもしれないな。
タグ:CM インド
posted by 山科玲児 at 09:01| Comment(0) | 2015年日記