2015年10月12日

アレッサンドリーニのフレスコバルディ  トッカータ集  再び


 名盤として知られたらしい、トッカータ集CDが廃盤になって久しく、入手困難で私も聴くことが出来なかった。ところが、ようやくというか、

 アレッサンドリーニ自身が1637年最終稿を使って再演したCDが発売されるそうだ。旧盤はもっと若い頃の1615年出版分である。

 海外ではぼちぼち売り出されているような感じだが、日本ではタワーレコードで予告予約をやっているので11月だという。

  なんのかんのいっても、アレッサンドリーニはキーボード奏者としては第一級の人で、最高のフレスコバルディを聴かせる人だ。同じイタリア人でも、ヴァルトロやロッジャンの演奏はどうも物足りないというか、なにか間違っているような感じがする。

 故人となってしまったローラ=アルビニ女史のほうがよほど素晴らしい

 アレッサンドリーニのヴェスプロなどの声楽曲の演奏では異論や相性もあるだろうが、フレスコバルディの鍵盤楽器では両手を挙げて歓迎したい。

  もっとも、クセのある人だから、聴いてみたら、なんじゃこれは??ということもあるかもしれないが、旧盤を買い損ねた 私は、無条件でギャンブル覚悟で買うつもりだ。

Rinaldo Alessandrini
Frescobaldi: Toccate d'intavolatura di cimbalo et organo, libro primo (Rome, 1637)
Arcana: A388
http://www.prestoclassical.co.uk/r/Arcana/A388


posted by 山科玲児 at 12:09| Comment(0) | 2015年日記

西洋絵画と印相(ムドラー)


Durer Christ doctors (2).jpgDurer Christ doctors (1).jpg

ニュールンベルグ生まれの画家:アルブレヒト=デューラーが一五〇六年にイタリアで描いた  
博士たちの間のキリスト (イメージ)

は、実物を見る前に画集でみていて、その手の仕草が変わっている(イメージ)のが気になっていました。なんかとても神秘的なんですね。おまけに絡み合ってるもう1対の手の持ち主の顔がひどく邪悪で醜いのにどういう意味合いがあるのだろう?という疑問も起きます。
2005年に、マドリードのティッセンで実物をみたら、水彩画のような薄塗りの絵画で下絵やチョーク線が見えているような絵画だったのに更に驚きました。

どうも、この少年イエスと醜い顔の博士の手の指の仕草は普通ではなく、一種の印相(ムドラー)か手話ではないかと思います。

沈黙を強要される修道院で、ボディーランゲージ:手話が発達したという話も聞いたことがありますしね。


別の形だが、やはり奇妙な象徴的な手と指の仕草をしているのが、

カラヴァッジョ 聖マタイと天使
1602年  295×195cm 
サン・ルイジ・ディ・フランチェージ聖堂(ローマ)

です。この天使の指はとても変わっていますね。
Caravaggio Matheo Angel (1).jpgCaravaggio Matheo Angel (2).jpg





 この絵は、カラヴァッジョが描き直して描いた第二作で、第一作は、とても色っぽいのとマタイが貧相すぎたので、受け取り拒否され、ナチスに買われたあげく、倉庫の空襲で消滅しました。
  これ↓↓が第1作 こちらでは、妙な印相はないようです。
caravaggio.jpg




  更に、もう少しおとなしい例ですが、合掌は普通は掌まであわせるのですが親指と人差し指中指と人差し指だけ合わせて、掌をあわせない妙な合掌をしているのが、
イタリア ルネサンスのコスメ・トゥーラです(ワシントン  ナショナルギャラリー)。コスメ=トゥーラの合掌は皆この形式なので、なにか特定の宗派と関係があるんでしょうね。この印相はインドにもあるそうです。

cosme tura hands.jpgcosme tura total.jpg




密教の儀軌にも複雑な印相があるわけですが、そういうのと関係あるのかな???
ヒエロニムス=ボッスなんか怪物を多く描いた画家だから、変わった印相があるかとみてみましたが、印相という点では皆、普通で平凡そのものなんですね。意外でした。
この西洋絵画と印相というのは面白いテーマだと思うんですが、だれかやらないかな??



posted by 山科玲児 at 09:42| Comment(2) | 2015年日記