2015年10月25日

藤田美術館の至宝 その1


2015年09月04日に、
で書いた、福岡市美術館の
藤田美術館の至宝 
国宝 曜変天目茶碗と日本の美
10月6日(火)−11月23日(月・祝)
http://www.fukuoka-art-museum.jp/jc/html/jc03/fs_jc03_tokubetsu_x15_1006.html
にいってきました。


展示替えのため11月1日までの展示で興味深い物がありましたので、、取り急ぎメモ。
それはNo.117の辻が花裂の向かいに貼られた刺繍の仏3点です。
下↓↓(東京国立博物館 法隆寺国宝館 所蔵)にみるように、こういう刺繍仏は、顔の部分が欠けていることが多く完全なものが3点もあるのは非常に珍しいものです。

  ただ、後世に補修して補ったものかもしれないので、原形がどこまで残っているのかは、よくわかりません。今回の目録にも公式図録にも載ってもいないのはそのせいかもしれませんね。

   判断保留ということでしょうか?

  こういうものは法隆寺から流出したもののようです。

11月1日までということなので、取り急ぎ報告まで。
繍佛 TNM.jpg
posted by 山科玲児 at 16:51| Comment(0) | 2015年日記

バイオリンとチェロの妙技


 10月23日に、福岡のあいれふホールで、福岡古楽音楽祭のコンサートのひとつである

  イタリアン バロックの室内楽
   l'Incontro(再会)

にいったが、あまりに素晴らしい若松夏美女史のヴァイオリンと鈴木秀美氏のチェロに感嘆した。 日本の古楽演奏もここまできたか、と感慨がある。総じて、あまり知らない曲が多かったのだが大満足だった。

17世紀のマリーニの
 ヴァイオリンソナタ作品8−3 ヴァリアータ
は、ヴァイオリンの即興演奏の連続のような自由なもので、まとめるのは難しかっただろうが、実に楽々と見せていた。
 そして、ヴェラチーニの曲
 ヴァイオリンソナタ  作品2−12ト短調
は、ヴァイオリンの妙技としかいいようがない。早いパッセージではなく,ゆっくりとした部分のほうの表情つけにより才能が感じられ、少なからず驚いた。

 恰幅のいい鈴木秀美氏のチェロ独奏は、全く暗譜で演奏していた。 いくら鈴木秀美氏が普段から親しんでいる曲とはいえジェミニアーニのあの複雑な長い曲{チェロソナタニ短調 作品5−2}をよくできるもんだと思った。ただ、ハイポジションが多く体力がいるので、高齢になったら演奏できないのではなかろうか? ただ曲として素晴らしいかは?である。 ヴィヴァルディのチェロソナタはヴィヴァルディの作品で私が一番好きな作品である。変ロ長調のソナタRV46は、特に第一楽章がニュアンス豊かな演奏だった。もっと大向こうをうならせるホ短調やイ長調のソナタのほうが良かったような気もするが、デリケートな演奏だったと思う。

  最後のヴィヴァルディの世俗カンタータ 「愛しい顔から離れれば」 RV680
は,もはやオペラの1幕をみているかのようである。
  鈴木美登里さんのソプラノとヴァイオリンとの掛け合いも面白く、これは拾いものだったと思う。
 どうもヴィヴァルディのカンタータは、 ナポリ派のアレッサンドロ=スカルラッティやフランチェスコ=デュランテのカンタータとは違って、かなり器楽を重視しているところがある。
 冒頭は、バッハの曲を思わせるところもあった。

 上尾さんのクラブサンは、ちょっと律義に過ぎるような感じもしたが、独奏のストラーチェ(Storace) パッサカリアイ短調は、稀曲で、初めて聴いた曲がなかなか面白いところがある。なんとなく大衆的な歌謡曲のような部分がああるので、17世紀の作品ではなくおそらく18世紀前半の作品なのではないか?と感じたが、実際は、Bernardo Storace (fl. 1664)  で17世紀後半の曲のようである。私のカンも結構外れる物だと思った。

 


posted by 山科玲児 at 09:59| Comment(0) | 2015年日記

バッハ・コレギウム・ジャパン と韓国


  10月23日に、福岡のあいれふホールで、福岡古楽音楽祭のコンサートにいって、素晴らしいバイオリン・チェロを聴いて感動した。 そのときもらったチラシのなかに、来年春2016年3月27日(日)、福岡 アクロス福岡シンフォニーホールでマタイ受難曲、という目をそばたてるチラシがあったが、詳細をみると、これは危ないな、と思った。

 どうも、東京のオペラ シティでも3月25日(金)やるらしい。
 http://bachcollegiumjapan.org/concerts/

>日本が誇る世界のバッハ・コレギウム・ジャパン(指揮・鈴木雅明<バッハ・コレギウム・ジャパン音楽監督>)、今回の記念すべき公演には、韓国を代表するバロック演奏団体のバッハ・ゾリステン・ソウルのメンバーが合唱・オーケストラに加わります。

で、福岡公演でのソリストをみると、
 ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ、ソン・スンヨン
 アルト:青木洋也、ジョン・ミンホ
 テノール:パク・スンヒ(エヴァンゲリスト)、櫻田亮
 バス:パク・スンヒョク(イエス)、加耒徹、浦野智行
  
 9人中4人が韓国人、しかもエヴァンゲリスト・イエスという重要役は皆 韓国人である。
 東京公演もソリストのキャストは同じ
 宗教的にも、キリストや使徒の言葉を韓国人が日本人聴衆に述べ伝えるという形になり、これは、日本で多数活躍していて、ときどき問題を起こしている韓国人新興宗教団体などと同じ図式である。ちなみに彼らには私は学生時代かなり被害を受けた。

  そもそも、あまり知られていない韓国人音楽家が日本で「マタイ受難曲」のソリストを歌い、それを主に日本人聴衆が聴くという「意味」が全くわからない。欧州人やロシア・米国なら、百歩譲って西欧文化の直系の演奏法や発音・発声(これは白人の肉体の問題に直にかかわる)などに触れるという意味合いもあるだろうが、なんで韓国人? 例えば、インド人の団体におきかえてみれば容易に不審におもうのではないか? それも日韓友好のチャリティで廉価でやるというのならともかく、S席9000円というのだから、決してそういう催しではない。日本デビュー・紹介のためのコンサートだとすれば、バッハ・ゾリステン・ソウル単体でやるべきだろう。バッハ・コレギウム・ジャパンを率いる鈴木雅明氏が推薦したり後援したり指導したりしてもいいだろう。本体の実力をみせるべきだ。実力で世界的に人気のある韓国人芸術家も少なくないのだから。

  それを、世界的にも名のあるバッハ・コレギウム・ジャパンの看板で、バッハ・ゾリステン・ソウルの演奏を高額を払って「日本の聴衆が」聴かされるというのはかなり噴飯ものではないか?
 いわゆる「なりすまし」コンサートといわれてもしょうがないだろう。

 しかも、チラシの表面には「ソウル」「韓国」などは一言も書いてない。裏を丁寧に読んでようやくわかるのである。ソウルの団体が優秀で共演することが素晴らしいことなら、表面に大きく特筆宣伝すべきことではなかろうか?チラシの制作者は「都合が悪いこと」とみなし、隠蔽しようとしていることは明らかである。

  私が危惧するのは、長崎での「マダムバタフライ国際コンクール」の悪例があるからである。審査員に一人韓国人をいれたためか、入賞者はほとんど韓国人か中国人になってしまった。 私が予選コンサートを聴いたとき結構うまいロシア人歌手もいたのに、皆落選してしまい、入賞者は韓国人か中国人のみ。呆れて人気がなくなって関連催しにも人が集まらなくなった。不評のため、コンクール自体廃止となり、残渣として、入賞者のコンサートが、 たまにあるが、あまり人気はない。

  劇団四季も、韓国人大量任用で人気が落ちたという話をきいたことがある。そういう「噂」ではなく、長崎で直接見聞した事態をみても、クラシックとくに古楽での韓国団体との協力は危険極まりない。避けた方がいい。
 鈴木雅明氏は、前、ソウル公演などをやっているので、その縁で、こういう企画になったのだろうが、これは危険だと思った。

 バッハ・コレギウム・ジャパン のHP
http://bachcollegiumjapan.org/concerts/


posted by 山科玲児 at 07:54| Comment(1) | 2015年日記