2015年11月24日

フィレンチェに、古いオルガンがある


  すごく意外なんだが、フィレンチェのサンタ アヌンチアータ教会に
イタリアで二番目に古い演奏可能なオルガンがある。
1521年建造だから、ジョスカンが逝去した年にできたのだ。
Domenico di Lorenzo da Lucca fatto nel 1509 e compiuto nel 1521
Organo di Domenico di Lorenzo da Lucca a Firenze
https://www.youtube.com/watch?v=Bx0fUCRFIls

 二番目とはいえ、比較的地方ではなく、観光客がいっぱいくるフィレンチェのど真ん中の有名な教会(私もたずねたこともある)に、こういう古いオルガンがあるとは驚きだ。

 あまりCDに使われないのは、色々な事情があるのだろう。修理がまずいとか音域が使いにくいとか、周りが静寂でないので録音しにくいとか、、
 ただ、このオルガンを演奏した動画の音を聞く限り、結構良いようにも思えるのだが、
    https://www.youtube.com/watch?v=qoC9bJAMK_U
posted by 山科玲児 at 16:32| Comment(5) | 2015年日記

2015年11月23日

アフガニスタン流出文化財は今返還すべきじゃない


Kaboul Museum Darbois2002.JPG

九州国立博物館で来年早々に
 黄金のアフガニスタン展
  http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s42.html
  が開催されるそうだ。
  タリバン政権の破壊を免れて隠匿され再発見された古代の宝物が展示されるようだ。
  名高いテリャ テペの黄金遺物が公開されるのはひとまずめでたい。 ベクラムの遺宝はギメにもあるが、こちらは国外ではみたことがないから。

  イメージは破壊前に写真家が撮った写真集
Kaboul le passé confisqué : Trésors du musée de Kaboul 1931-1965 Broché – 31 mars 2002

 また、NHKのルポルタージュ本もある。かなり偏見がある本だが貴重かも

  ただ、ちょっと気になるところがある。
  第5部 アフガニスタン流出文化財
>アフガニスタン国内が混乱を極めていたさなか、カブールの国立博物館や国内各地の遺跡から多数の文化財が略奪され、不法に国外に持ち出された。その一部はわが国にも運ばれた。シルクロードを生涯のテーマとして描き続けた日本画家の平山郁夫氏は2001年、これらの「流出文化財」を「文化財難民」と位置づけ、ユネスコの同意のもと「流出文化財保護日本委員会」を設立、再びアフガニスタンに平和と安定が取り戻されるまでわが国で保護することを提唱した。これに賛同した方々から譲渡された文化財は、同委員会が保全管理してきた。本展覧会を契機にアフガニスタンへ無事に返還されることになった102件の文化財のうち、15件を特別出品する。
http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s42.html
の解説で、

>本展覧会を契機にアフガニスタンへ無事に返還されることになった102件の文化財のうち、15件を特別出品する。
というところである。

  ニムルドを打ち壊し、パルミラを爆破したIS:ダーイッシュ が魔手をアフガニスタンに伸ばしている現時点で、返還するということは「壊してくれ」といっているようなものではないか?

 返還はするとしても、延期してダーイッシュの滅亡を待つべきだと思う。

 提唱者の平山郁夫画伯は逝去しているから、いろいろ内部の問題はあるのだろうが、世界情勢に疎すぎる愚かな判断だと思う。あるいは委員会の中にダーイッシュの回し者がいるのだろうか?


posted by 山科玲児 at 09:48| Comment(0) | 2015年日記

2015年11月22日

中国とIS(ダーイッシュ)

中国が南シナ海で問題を起こしたときに都合良くパリのテロが起こった。
 習近平の談話も、李克強のコメントも通り一遍のもので、まったく非難の意図が感じられない。

 以前、中国が外交的に不利になる都度に、バシリとして北朝鮮が砲撃して世界の目をそらしてきたが、今回はISが活動したということではなかろうか。

 中国はISを裏で飼っているのだろう。それほど密接というわけでなくWIN WINの関係なんだろうが。

  第一、テロリストの武器機関銃はほとんど中国製である。ハラトニコフだって名前はロシアだが、テロリストに出回っているものはほとんど中国製のコピー商品である。テロリストは中国にとって良いお客様なのだ。

 案外、天津で爆発した兵器弾薬化学薬品のなかにもISむけ輸出品があったかもしれない。




posted by 山科玲児 at 04:29| Comment(0) | 2015年日記

ブラッセルは厳戒:地下鉄停止

Grand Place Brussel.JPG

  何度も訪れた都市  ブラッセルがテロ警戒のため、地下鉄まで全面ストップしてしまったらしい。21日からである。また、レストラン  バーなども午後6時で閉めるという。残念なことだが、戒厳令状態である。イメージは2001年のブリュッセル:グランプラス。

地下鉄を閉鎖したのは、地下鉄サリン事件のような化学兵器テロを懸念しているからのようである。下記の英文記事を読むと、ベルギーのアジトに爆発物と化学薬品があったようだ。マスタードガスを特に懸念しているようだ。
Brussels terror alert: Belgium warns of 'imminent attack' as restaurants and cafes ordered shut latest
 ただ、月曜以降、地下鉄閉鎖状態でブラッセルが機能するかどうか、それまでに、少なくとも主要容疑者を逮捕して, 平常平壌稼働をしたいとベルギー政府は必死だろう。中東人街のモーレンベークの全所帯を総なめで捜査しているらしい。
 なお、日本の新聞サイトに「ライフルをもって警戒する治安部隊」とかいう記事があったが、信じられない。ライフルは基本長距離狙撃用で、対テロにはあまりむかない。まあ、窓越し狙撃ぐらいならできるかもしれないが、広場では使いにくいだろう。 対テロには短く軽く連射可能な短機関銃でないと役に立たないだろう。こういう無神経な記事が平気で書けるのが日本のマスコミである。

posted by 山科玲児 at 04:05| Comment(1) | 2015年日記

2015年11月21日

METとMIA バーク コレクションの落ち着き先


1985年に東京国立博物館で開催された
日本美術名品展―ニューヨーク・バークコレクション
で観賞する機会があったこのコレクションBURKE COLLECTIONは、
ニューヨーク  メトロポリタン美術館とミネアポリスの美術館に分割して、最近おちついたようである。で、今、どちらでも特別展をやっているようだ。
メトロがMETと略称されるように、ミネアポリスの美術館はMIAというそうである。

ミネアポリスはピルスバリーの中国考古美術と浮世絵で知っていたのだが、結構力があるということなのだろうか
METのほう
Celebrating the Arts of Japan
The Mary Griggs Burke Collection

MIAのほう
Gifts of Japanese and Korean Art from the Mary Griggs Burke Collection
September 26, 2015 - May 8, 2016

 当時みたとき印象に残っているのは、伊藤若冲の大幅と石山切ぐらいだったから、どうも印象が薄いのだが、その後
英文版 日本美術史ハンドブック - Discovering the Arts of Japan: A Historial Overview
http://www.amazon.co.jp/dp/477002939X
の著者がこのバーク コレクションの関係者であることを知って親近感を持った。
posted by 山科玲児 at 09:31| Comment(0) | 2015年日記

2015年11月20日

パリのテロとパリ郊外での市街戦


 パリのテロのあと、パリ郊外で市街戦が行われました。なんとフランス軍の特殊部隊が自動小銃とはいえ5000発も撃ちまくりました。これが市街戦でなくてなんなんでしょうか。
  http://www.independent.co.uk/news/world/europe/saint-denis-raid-videos-show-dramatic-police-shoot-out-with-terror-suspects-in-wake-of-paris-attacks-a6738656.html
 自爆死亡したり射殺されたり、国際指名手配された中東系テロリストは、皆フランス国籍かベルギー国籍です。
 経団連さん、河野太郎さん、移民政策の結果がこのテロですよ。
 あなたがたグローバリストは、南米やケイマン諸島なんかに逃げ込むのかもしれないが、殺される日本国民は許さないでしょうね。
また、今回フランス公安警察の甘すぎる活動が問題になっているようですが、
シャルリ エブド社 襲撃のとき、担当警察の署長が不可解な自殺をするという事件がありました。
http://japanese.ruvr.ru/news/2015_01_11/282007241/
警察自身の中で、かなり問題があったのではないか? 警察内部や政府にテロ協力者がいたのでは?という疑惑があります。
ただ、ここに至ってはいやでも粛清や強硬策をフランスもとることになるでしょう。

 テロの中心であった中東系ベルギー人の人はブラッセルのモーレンビーク地区でバーを経営していたそうです。ムスリムでバー経営というのも矛盾を感じますが、偽装だったのかな?? 
 このモーレンビーク地区は中東人が多く移民もいますが、白人のもともとのベルギー人が少数派になってしまったという怖ろしい区域です。
 Molenbeek: the Brussels borough becoming known as Europe's jihadi central
  http://www.theguardian.com/world/2015/nov/15/molenbeek-the-brussels-borough-in-the-spotlight-after-paris-attacks

  また、3年前には、こういう事件も起こっています。
   「郷に入っては郷に従え」「ローマにいったらローマ人のように振る舞え」というような諺は中東にはないのかねえ。
ブリュッセルで警察に連行されたブルカの女性、大暴れ
2012年06月01日付 Hurriyet紙
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20120602_101201.html

その地区に隣接するアンデレヒトのエラスムス館を訪ねたことがあります。
 あとで、ベルギー人に知り合いの多いベルギー在住の日本人の方から「危ないところだ」と注意されたことがありました。
 下が、アンデレヒトの聖堂と街ですが、そういう感じはなかったんですけどね。

andelecht2.jpg

posted by 山科玲児 at 11:37| Comment(0) | 2015年日記

蔡京の書

蔡京 十八学士.JPG

 蔡京の書の実物や模写本をたまに見るが、別にさして良いとも思わない。
 イメージは「十八学士跋」で北京にあるものだと思うが、どうということもないものである(クリックすれば大きな精細イメージがでる)。
 なお、これを台北故宮にあると言っているサイトもあるが間違いである。

 蘇黄米蔡 の蔡が蔡京だという主張は昔からあるが、年代順としてはあっているからということらしいが、どうみてもおかしい。中国語の「四声」の順になっていて調子がいいからそうなっているという意見が正しいと思う。

 昨日 出した宣和書譜のような礼賛は、毛沢東の書が一時礼賛されたように権力者におもねったものだろう。

posted by 山科玲児 at 09:19| Comment(0) | 2015年日記

2015年11月19日

宣和書譜は蔡京を絶賛




宣和書譜ss.jpg


  ネットで閲覧するだけでは、全貌をしらみつぶしにチェックしたりするのに不安があったので、宣和書譜の本(人民美術社版の再版)を買った。校訂編集者の意見も読みたかったからだが、この宣和書譜かなり妙な本である。別にこの版本が変だというわけではなく、他の四庫全書本も同じだ。
  宣和画譜という対になる本があるが、こちらには重厚難解な序文があるが、この宣和書譜にはない。後書きも全くないので何時だれが書いたのか全くわからない。
まあ、徽宗皇帝の内府に近い人でないと、所蔵目録なんか入手できないだろうから、書ける人は限られた人々だろうが、それにしてもね。
とくに凄いのは、あの講談や小説では悪役とされている蔡京を絶賛していることだ。
巻十二行書六に 蔡京を挙げてかなり長い記述で絶賛しているのである。
 「全ての人が恩沢を受けている。子供ですら太平宰相として知っている」「行書は貴公子の如く、意気赫赫、光彩が人を射る」「大字は古今に冠絶し、匹敵するもの希なり」「人々は争って蔡京の書を求めること、王羲之の扇面に比肩する」
 蔡京の真相はともかく、こういう記述ができる時代というのは非常に短い、しかも蔡京が失脚したらしい記述すらある。蔡京失脚直後に完成加筆した蔡京派の人の著作じゃないかなあ、、と思う。しかもその後欽宗によって蔡京一族は誅殺されたらしい、しかも蔡京失脚以後一,二年で開封陥落北宋滅亡になってしまったので、この非常に短い時間でしか書けなかったのではないか。
  こういう所蔵目録なんてのは版本にはならない。大抵は写本で伝わっている。なぜなら、所蔵目録てのはそんなに需要のある本じゃない。教科書でもないし辞典でもないし小説でもない。一部あれば十分なのだ。乾驍フ石渠寶笈ですら、民国期まで印刷本になっていないと思う。
  宣和書譜も当然写本で伝わったけれど、元時代には印刷本になったようである。その後、明時代にも印刷されている。意外なほど印刷機会が多いようなのはなぜかはわからない。
  ただ、蔡京について言挙げした人ってあまりいないかもなあ。

 
posted by 山科玲児 at 10:04| Comment(0) | 2015年日記

2015年11月18日

ヴェロネーゼ カナの婚宴 2 落っこちそうだ

veronese cana  top.jpg


 ヴェロネーゼ《カナの婚宴》《カナの婚礼》 だが、
  http://www.wga.hu/html/v/veronese/06/2cana.html
 日本のキリスト教会の標準的翻訳では《カナの婚宴》で、本の題名もそれでついている。 上記
ルーブルのサイトでは《カナの婚礼》になっていて、他では《カナの饗宴》というような翻訳もみ
たことがある。

この絵の右上、柱廊の上のところに何人かの女性が描かれているが、どうもおかしいというか、この姿勢では落ちてしまいそうにみえる(イメージ)。
 どうも洗いすぎて下書きがそのまま出ているのか? あるいは手抜きをしているのか、あるいは修理の影響なのか?よくわからないが、奇妙な感じを受ける。あるいは大理石の彫像として描いたものが彩色されてしまったのかもしれない。

posted by 山科玲児 at 08:22| Comment(0) | 2015年日記

2015年11月17日

「訂正」フランスの国会議場はヴェルサイユにある

パリのテロを受けて、オランド大統領が上下両院合同会議で演説した。


この記事読んでちょっと驚いたのは、フランスの国会 議場ってヴェルサイユ宮殿にあるんだね。

これって、知らなかったなあ、てっきりパリにあると思っていた。

[訂正  追加]

Wikipedia によると、通常は、
>国民議会がブルボン宮殿を、元老院がリュクサンブール宮殿

ということになっているようです。

上下両院合同会議のときだけ ヴェルサイユだということです。

議員の移動は大変だなああ。

間違ったので、URLをサービスします。
政治家の演説って外国語を学ぶのにはとても良いですよ。
オランドは政治はともかく、演説は確かに上手い、雄弁というかなあ、






posted by 山科玲児 at 08:00| Comment(2) | 2015年日記