2015年11月19日

宣和書譜は蔡京を絶賛




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  ネットで閲覧するだけでは、全貌をしらみつぶしにチェックしたりするのに不安があったので、宣和書譜の本(人民美術社版の再版)を買った。校訂編集者の意見も読みたかったからだが、この宣和書譜かなり妙な本である。別にこの版本が変だというわけではなく、他の四庫全書本も同じだ。
  宣和画譜という対になる本があるが、こちらには重厚難解な序文があるが、この宣和書譜にはない。後書きも全くないので何時だれが書いたのか全くわからない。
まあ、徽宗皇帝の内府に近い人でないと、所蔵目録なんか入手できないだろうから、書ける人は限られた人々だろうが、それにしてもね。
とくに凄いのは、あの講談や小説では悪役とされている蔡京を絶賛していることだ。
巻十二行書六に 蔡京を挙げてかなり長い記述で絶賛しているのである。
 「全ての人が恩沢を受けている。子供ですら太平宰相として知っている」「行書は貴公子の如く、意気赫赫、光彩が人を射る」「大字は古今に冠絶し、匹敵するもの希なり」「人々は争って蔡京の書を求めること、王羲之の扇面に比肩する」
 蔡京の真相はともかく、こういう記述ができる時代というのは非常に短い、しかも蔡京が失脚したらしい記述すらある。蔡京失脚直後に完成加筆した蔡京派の人の著作じゃないかなあ、、と思う。しかもその後欽宗によって蔡京一族は誅殺されたらしい、しかも蔡京失脚以後一,二年で開封陥落北宋滅亡になってしまったので、この非常に短い時間でしか書けなかったのではないか。
  こういう所蔵目録なんてのは版本にはならない。大抵は写本で伝わっている。なぜなら、所蔵目録てのはそんなに需要のある本じゃない。教科書でもないし辞典でもないし小説でもない。一部あれば十分なのだ。乾驍フ石渠寶笈ですら、民国期まで印刷本になっていないと思う。
  宣和書譜も当然写本で伝わったけれど、元時代には印刷本になったようである。その後、明時代にも印刷されている。意外なほど印刷機会が多いようなのはなぜかはわからない。
  ただ、蔡京について言挙げした人ってあまりいないかもなあ。

 
posted by 山科玲児 at 10:04| Comment(0) | 日記