2015年12月03日

水木しげる先生  追悼  河童の三平

河童の三平 (1).JPG


水木しげる大先生が大往生 御大の死出の旅を見送る声
http://togetter.com/li/906750

長崎市図書館でも「水木しげる追悼」小特集展示をやっているが、既に半分が貸し出されているよ
うである。なんか動画で間接的にみた調布市図書館の展示より大きかった
http://lib.city.nagasaki.nagasaki.jp/index.html

逝去前から、水木しげる漫画大全集というのが刊行され続けていた。
http://comic-sp.kodansha.co.jp/mizuki/
発行元が 講談社なのは、もともと、「ぼくら」 「サンデー」で発表したものが多かったためであろうか?
出版不況の昨今では、とても良い企画だと思う。蔵書空間がある人にはお勧めしたいし、図書館では揃えてもらいたい。

私は、水木しげる先生のマンガは、最初はたぶん「ぼくら」で読んだのだろう。
ぼくら版
http://www.amazon.co.jp/dp/406377516X

その後、週間少年サンデーで読んだ
「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」が印象的で、その後もなんとなく親しんでいたのだが、
大学時代に、貸本時代の「河童の三平」「墓場鬼太郎」というのがあるのを知って文庫判型の再刊
本を入手したりしたものである。
「鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」はほぼ同じようなストーリーをもとに何度も増補し描き変
えた版がいくつもあるので、違うヴァージョンを読む愉しみもある。
 比較的ヴァージョンが少ない「河童の三平」でも、
160.《河童の三平》(兎月書房版)
161.《カッパの三平》(ぼくら版)
162.《河童の三平》(少年サンデー版)
163.《カッパの三平》(小学一年生版)
  イメージは、東考社が桜井文庫として刊行した《河童の三平》(兎月書房版) の文庫版縮刷本、昭和50年600部限定である。発行人の辰巳義興氏は水木しげる先生もキャラクター化しているという(サラリーマン山田)。敗戦後の「劇画」界で活躍したマンガ家編集者であった。2003年に逝去されている。現在では角川文庫で入手できるようだ

ただ、私にとって
「河童の三平」
ぼくら版
http://www.amazon.co.jp/dp/406377516X
は、なんとなく怖い漫画だった。
  「死」があまりに簡単に日常に入ってくる。簡単に「人が死ぬ」。それも残酷でもなく悲嘆も少な
くあたりまえのように起こる。
 主人公たちの「死」への抵抗もまた真剣だが、なんとなくとぼけている。
 この「死の臭い」というのが、欧米の小説のような肉体的な凄惨阿鼻叫喚苦痛腐敗というものとは対蹠的な妙な空間に漂っているので、なんとも怖い。
 これはいわゆる恐怖小説スリラーなどとは違った怖さだ。そのせいか、この本はあまり汚れていない。訃報を聞いて久しぶりに取り出してきたという感じである。

  一方。「墓場鬼太郎」は、かなりえぐいところがあるとはいえ、ちょっとひねた鬼太郎のキャ
ラがめだつぐらいで、わりと素直に読めるものであった。

  1970年ごろから「河童の三平」は、一部で絶賛されていた。英訳仏訳がなければやってやろう
か?とさえ思ったものだが、
もあるようで、三巻 約900Pというからいわゆる全訳のようだ。これで翻訳する気はなくなった。

 ルモンドでも追悼記事がある。フランスのマンガ好きは本物のようだ。
http://www.lemonde.fr/livres/article/2015/11/30/mort-du-mangaka-shigeru-mizuki-
raconteur-de-l-indechiffrable_4820781_3260.html

 ただ「死」という言葉さえ忌むような、一部の西欧の社会で、こういう「ひやりとする」ようなマンガが、どこまでうけいれられているのだろうか?と疑問に思った。


posted by 山科玲児 at 08:13| Comment(0) | 2015年日記