2016年02月19日

ゲントのボッス「十字架を運ぶキリスト」否定説


Gent Carring Cross.jpg


 現在、オランダのスヘルートヘンボスで行われているボッス研究プロジェクトから
ゲントのボッス「十字架を運ぶキリスト」は真筆ではない、、という意見がでているようですね。
年輪年代など根拠のはっきりしたものなら、問題はないでしょうが、ゲント美術館は反発し、真筆説を護持しているようです

  仮にボッスの作品でなかったとしても、15−16世紀の「十字架を運ぶキリスト」では最高の作品ですし、一部の学者がクエンティン=マーチエス(マッシス)にアトリビュートしてるみたいですが、そうなるとマーチエスの代表作になってしまう。
  誰にアトリビュートしても、その画家の代表作の一つになってしまいその画家の伝記や評価自体を変えてしまう難儀な作品になりました。
 もうボッスでいいんじゃないの? 怪人ボッスの作品ならそのほうが安心だし、という気分です。なお年輪年代は2000年の段階(Rotterdamでの特別展のときの出版物による)では「技術的理由で測定不能」(Peter Klein)ということですので、なぜ「真筆でない」のか根拠は一切不明です。

2016年02月10日
カンサスのボッス
http://reijiyamashina.sblo.jp/archives/20160210-1.html
 でも書きましたが、
 どうも、こういうマスコミ受け狙いっぽい「新発見」はあまりよくない。
 このカンサスの作品とゲントの作品、どちらが傑作か?といえば、だれでもゲントの作品が問題なく優れているというでしょう。とすると、「真筆性」「真筆であるかそうでないか」ということの意味がわからなくなってしまう。
 レンブラント  プロジェクトがベルリンの「黄金の兜の男」を否定したときも、どうだかなあ??と思ったものですが、時代によって評価が変わり真筆性が逆転することはしばしばあるんじゃないですかね。たとえば、中国絵画では董其昌の絵画がそうです。
  ということは、現在の「真筆」「真蹟」もあくまでも暫定的なものだと考えるべきではないか?という疑いを常にもつべきでしょう。

  ラファエロの場合は多量の遺作工房作があるので、
  ルーブルの美しい伝承作品
ルーブルの青いディアディムの聖母子
http://cartelen.louvre.fr/cartelen/visite?srv=car_not_frame&idNotice=13850
がGiovanni Francesco PENNI, dit IL FATTORE、Florence, 1488 - Naples, 1528
へ画家名が変わっても、むしろ新しい良い画家がみつかったという喜びになるからいいのですけれど。
posted by 山科玲児 at 09:47| Comment(0) | 2016年日記