2016年03月31日

田中親美 のメモ

田中親美 が 西本願寺三十六人家集の石山切を研究したときのメモが

書藝  第4巻 12号、昭和9年12月1日 
にのっていました。

これはモノクロ写真に書き込んだものでしょうが、なかなか生々しいので紹介しておきます。

田中親美メモ (4).JPG田中親美メモ (2).JPG

田中親美メモ (3).JPG

田中親美メモ (1).JPG

posted by 山科玲児 at 20:25| Comment(2) | 日記

アメリカの靴下

WIGWAM SOCKS.JPG


メリカ  ウイスコンシンで 靴下を作り続けているWIGWAMのクルーソックスは、

昔、まとめ買いしてよかったとおもっていたが、もうなくなりそうなので、

通販で買いました。

前買ったのは木綿100%だったが、こんどは85%

面白いのが「1年はもつよ」。と書いてあることですね。

アメリカの靴下は、最初はとても良いんだがそのうちグズグズになってしまう。
寿命が日本やたぶん中国のより、短いんじゃないか?と思うんだけど、
最初のころの気持ちよさは日本製よりいい。
「1年だけ」というのは正直だとは思いました。

posted by 山科玲児 at 20:12| Comment(0) | 日記

2016年03月30日

法華経と自己言及

長谷寺法華変相.JPG


2012年5月8日の
    ドイツ女性の王朝美術研究
    http://reijiyamashina.sblo.jp/article/55715113.html
で 紹介した
    王朝美術における結縁装飾法華経 (美の光景)   2010/10
             ヘレーネ アルト   (著),    江上 綏 (監修),    Helene Alt (原著)
               http://www.amazon.co.jp/dp/4634523213/
を西本願寺三十六人家集や扇面法華経の関係から再びひもといていた。

  装飾経は、平家納経・久能寺経など、ほとんどといっていいほど 法華経なので、法華経の概要も解説してある。
  そこで、再度 聖徳太子の法華義疏を少し読んだときのことを思い出した。

 法華経は, 塚本邦雄の[けさ開く言葉]のなかで引用されていた、薬草喩品の言葉に触発されて、文庫で読もうとしたところ、全く面白くなくて途中で放棄、そのあと法華義疏だけは、聖徳太子への興味から買っておいていたものである。

 とにかく、法華経というのは、自己言及がむちゃくちゃに多い。「法華経はえらい」「法華経は最高」「法華経を護持し宣伝するものにはこういうよいことがある」ということが連続して「法華経」自身に述べてある。では、その「法華経の中身」とは何か、というと何も書いていない。というかそれ自身であり混乱する。「この文は最高の真理である」「この文は嘘だ」というような自己言及命題のような感じで、なんというか違和感ありまくりである。「真理はXXだ。」「阿弥陀如来に帰依して極楽往生しよう」というような叙述型の文章ではない。また、維摩経のような論争型の文章でもない。

  この辺、ゲーデルの不完全性定理や、論理学のパラドックスにでてくる論法に近いところがあり、読者を煙に巻くというか困惑させる。読む人が篤信の人ならむしろこの奇妙な論理の渦巻きにまきこまれてしまうのではないか?
 カルト的といわれる所以である。

 ただ、そこに展開するドラマはまさにオペラのような華麗なもので、インド的な法外な想像力が横溢しており、非現実的超宇宙的な巨大な数字が続出し、日本人には到底及ばないものを感じさせ圧倒させる。特に見宝塔品は圧巻である。

  また、様々なたとえ話によって、どうやって法華経の教えにたどり着くかという「行」「過程」を強調しているところが、日本人に受けたところではないかなあ、と想像したりする。到達点は無というか全く記述されないのだが、その過程=方便=たとえ話が具体的である。こういうのは「禅の悟り」にも近い気がする「悟り」そのものは何かわからないが、それにどうやって到達するか、という問題を様々に論じているところが似ている。道元禅師は、法華経の如来神力品を唱えながら終焉をむかえたそうだ。

 また、
 古代の没落と美術―ミイラ肖像画とその時代 (1973年) (美術選書) 1973
   岩山 三郎(-1997)
に、三世紀ごろのアレクサンドリアで展開されたグノーシス主義の影響を法華経にみるみかたがあって、面白かった。
  少し引用すると。
>「インドの釈迦族の王子に生まれ、悟りを開いて教えを説き生涯を終えた釈迦(ゴーダマ シッダルタ)は衆生を救うための『方便』としてこの世に現れた仮の姿であって、真の釈迦とは永劫の過去から未来にかけて存在する永遠的存在なのだと法華経は説いている。これは一種の仏教プラトニズムだ。」

 イメージは長谷寺法華変相 銅板


 
タグ:法華経
posted by 山科玲児 at 09:06| Comment(2) | 日記

2016年03月29日

トランプ大統領のほうが、世界は平和



 米国大統領選は、トランプvs クリントンになりそうですが、予備選でこんなに日本で話題になる大統領選って戦後あったでしょうかね。
 それだけ、トランプが強烈な個性だということでしょうが、私としてはトランプ大統領のほうが日本には有利だし世界も安定すると思います。
 なぜかというと、クリントンは2014年2月のウクライナ クーデターを準備した黒幕である可能性があります。実際に動いたヴィクトリア=ヌーランドはクリントンの側近でした。ヌーランドは「ウクライナの民主化のために、10年間に50億ドル使った」というますがその10年間ってほぼクリントン国務長官時代ですよね。

 当然ながらプーチンとクリントンは仇敵になりますから、ウクライナは再び荒れるし、プーチンはやむをえず中国により近づかないわけにはいかない。安倍=プーチン関係も疎遠にならざるをえないでしょう。

 また、クリントンとチャイナ=マネーの黒い噂からすると(クリントンの財務側近は中国人だそうです。)、太平洋二分割という習近平の野望が達成されてしまうかもしれません。
 そうなると世界の軍事バランスが崩れ、東シナ海・南シナ海で局地戦が起こる可能性が高くなります。
 また、中東でも米露協力が破綻しますから、ISダーイッシュがまたはびこるでしょ。もともとISダーイッシュの軍人は、イラクのバース党(フセインの党)の軍人たちとチェチェン戦争を戦ったチェチェンの軍人・テロリストが中心だそうですから、プーチンにとっては敵なんですね。

 もう一つ、クルド国家をうまく成立させて、クルド人テロリストも吸収し、中東での穏健国家・緩衝国家とするという、オバマ=プーチン=イスラエルのもくろみも、反故にされるかもしれません。そうなるとクルド人全体がテロリスト化して怖ろしいことになりますよね。クルド人  サラディンが十字軍時代にエジプト・シリアを統一していたんだから、当時は傭兵だったとはいえ、クルド国家の歴史的正統性はあるんじゃないかな。
 ここで、イスラエルの名がでましたが、ISダーイッシュの虐殺事件の連鎖、中東の内乱の連続に、イスラエルの顔が全くでてこないのに、不思議に思わないのでしょうかね。裏ではイスラエルの生存・国益のため色々動いているでしょうけど、表面にはでてきません。あの強面のネタニエフですら猫かぶりしているみたいにおとなしくしています。

 イスラエルの生存・国益のためには、米国のイスラエル=ロビーは絶対必要だと思います。現在でも莫大な援助を米国がイスラエルにしているかどうかは不明ですが、数十年前の米国の対外援助の第一はイスラエルでしたからね。当然、イスラエルに都合のよい大統領をと画策しているでしょう。トランプは娘さんがユダヤ教に改宗したということもあり、イスラエル支持者です。血縁というのは、クリントンより裏切りがしにくいでしょうから、イスラエル=ロビーはトランプを支持するのでは。第一クリントンみたいにそこらじゅうで騒乱を起こしまくっているとイスラエル本体も危うくなりますね。クルドは多宗教民族ですから、そういう国家が中東にあったほうがイスラエルにはいいんじゃないでしょうか。本来、アサドもイスラエルには都合がよかったはずなんですがね。結局、ユダヤ人といっても「ユダヤ人が二人いれば3つ政党ができる」といわれるように一枚岩ではなく、国際金融資本ユダヤ人の利害と現地ユダヤ人の利害は一致しないことも多いのでしょう。これは米国国内でもそうです。

  [追伸] 最近3月15日ごろ、ヴィクトリア=ヌーランド国務省次官補がモスクワに飛んで会談したという情報がありました。1月にカリーニングラードの軍用飛行場にいって、プーチンの側近と会談したので、そのときから地ならしをしていたのでしょう。 米国=ロシアの間で、妥協が成立している証拠だと思います。




posted by 山科玲児 at 10:28| Comment(0) | 日記

業平 古今集 伊勢物語


 先日、映画ちはやぶる ポスターの件で、
在原業平の「ちはやぶる」に言及したんで、古今集をひっくり返していたら、
妙なことに気が付きました。
 古今集で、長ーい詞書きというか歌の由来解説というか、歌以外の文章が付属しているものは、大抵は業平のものか伊勢物語関係なんですね。
  これってなんでかなー。もともと伊勢物語の原形のような歌物語があってそれから切り取ってもってきたせいじゃないかと思ったものでした。その逆に古今集の歌の詞書きが成長敷衍して伊勢物語になったのなら、業平関係じゃない長ーい詞書きももっとあってもいいとおもうんですよ。
  ただね、古今集の撰者の紀貫之と在原業平は二世代程度、祖父と孫程度しか離れていません。その程度でも在原業平ってもう伝説化してしまっているんですね。まあ、現在でも小説・太宰治 とか小説・折口とかあるでしょうから、そういう類いの脚色した伝記本があったのかなあ、と思いました。
 もう一つ、興味深いのは小野小町と在原業平ってほぼ同時代だとおもうのですが、二人のからみ話がないのは不思議だなあ、
と思ったものです。

まあ、和歌については全くど素人なので、妄想はこれくらいで。

posted by 山科玲児 at 09:16| Comment(0) | 日記

2016年03月28日

[批評] 天王寺 大阪市立美術館 日中書道展 リスト

尊古斎 銅印 カン璽a.JPG

王羲之から空海へ | 大阪市立美術館


ですが、

傑作としては、
孔侍中帖は、いうまでもないですが、

高野切 第20 一巻 というのがあります。
昔は、東京国立博物館に寄託されていたらしく、たまに東京でみることができたんですが、
今は高知市に移ってしまいました。この高知の山内家記念館は津波に弱そうなのが気にかかっているんですが、、もう少し高台に移築して欲しいね。

珍しいところでは、
屏風詩歌切 というのがあります。寛仁2年のものであることはほぼ間違いないので、行成の仮名として注目されているものです。最低でも同時代の仮名ですね。それにしても、和歌の一行書きというのは非常に不思議な感じがするものです。3枚しかないそうです。昔1度観賞したこといがあります。

また、小野道風の三体白氏詩巻、これは意外と鑑賞機会がないものです。一回みたことあるようなないような。。
佐理の頭弁帖は、地方にあるので機会としてはいいのかな、、なんか線が弱々しいので、あまりどうだか、、

敦煌など西域出土経典では、京都国立博物館 の 大智度論 が 南北朝時代初期のもので面白い。ロシアにも似たようなものがあります。南斉の経巻は疑えば疑えるんですが、近年、似たような南斉の墓誌が発掘されているので、そういえばそうのような。


古銅印では、大谷大学のものがでているのは珍しいかもしれません。イメージのものは、昔、北京の尊古齋にあったときの尊古齋にあったときの印影です。

中国書法では、台北國立故宮博物院 からの蘇軾のなかなか良い「次韻 弁才」

ちょっと変わったところでは、台湾の法人所有の  傅山の雑体書 册が面白いかも、同様のものは東博の高島コレクションにもありますが、こういうものが鄭板橋の六分半書の源流のように思ってます。

posted by 山科玲児 at 11:06| Comment(0) | 日記

マスコミの煽り方



ニュートンが錬金術を研究していたノートが発見される!「賢者の石」のレシピ公開へ
http://world-fusigi.net/archives/8403603.html

 ニュートンが錬金術研究やってたことは、何十年も前から周知の事実ですよ。
新しい文書がでてきて、マスコミが新発見のように煽るという馬鹿馬鹿しい記事ですね

25年前に既にこういう本まででています。
錬金術師ニュートン―ヤヌス的天才の肖像 単行本  – 2000/6
B.J.T. ドッブズ
http://www.amazon.co.jp/dp/4622041162
邦訳出版は2000年ですが、原著は1991年です。

posted by 山科玲児 at 09:27| Comment(0) | 日記

2016年03月27日

AI=人工知能 が暴走


    2016年03月25日
 >Microsoftの人工知能が「クソフェミニストは地獄で焼かれろ」「ヒトラーは正しかった」など問題発言連発で炎上し活動停止
  http://gigazine.net/news/20160325-tay-microsoft-flaming-twitter/


  なんかなあ、墨塗りならぬ、朱塗りしている会話まである。よっぽど汚い下品な単語が使われていたんだな。
 公開で育てる人工知能って最悪の人間と会話させることになる可能性があるから無理あるんじゃないの。
  古い話で恐縮だが、2001年宇宙の旅での、HALの暴走を思い出しました。

 一方、韓国系企業のLINEが、日本で設置した在日韓国人女子高生?AI: りんな
 は、ほほえましく順調みたいですね。変な人が吹き込んだら大変なことになるかもしれませんが、今のところはね。
   http://lineblog.me/dessart/archives/4931345.html

 どうも、こういうのって、人格と教育の問題について、更に集合的意識という問題について、深く考えさせる実験だと思います。やってよかった。

 米国のネットで交錯している会話・情報って、米国マスコミ表面の偽善的な記事とは違って、そうとう荒れているのかな。ウクライナのユリア・ティモシェンコ元首相の「ロシア人は核兵器で皆殺し」みたいな野蛮な言辞が飛び交っているのだろうか? 日本とは比べものにならないくらい荒廃しているのかもしれない。そうでなければ、たった16時間程度で停止なんて考えられない。トランプ旋風もそういう背景を把握しないとわからないのだろう。


posted by 山科玲児 at 09:06| Comment(0) | 日記

2016年03月26日

[速報]天王寺 大阪市立美術館 日中書道展 リスト公開される



先日、紹介した、

王羲之から空海へ | 大阪市立美術館
http://www.osaka-art-museum.jp/sp_evt/ogishi-kukai/
平成28年4月12日(火)〜5月22日(日)  ※会期中展示替えあり


なかなか興味深いものが多いようです。

台北國立故宮博物院 からの出品作品では、 蘇軾のなかなか良い「次韻 弁才」が一番いいかもしれません。
その次がスタンダードな文徴明かな。

posted by 山科玲児 at 12:43| Comment(0) | 日記

NHK風 バッハのとりあげかた



ミセス・バッハ  バロックの名曲は夫人によって書かれた〜
http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=160328

思わず、マスコミ受け狙いの企画が当たりました、二年後には誰も憶えていません。
というような「ドキュメンタリー」ですね。
NHKって相当おかしいだろ?

こんなんなら、クララ=シューマンが夫に協力した、という方がまだ説得力あるんじゃないの。
クララ自身作曲した曲も実際に結構残っているし。
そういや、かかし朝浩の「ムジカ」はクララ=シューマンの話でしたね。
http://www.gentosha-comics.net/book/label/cat5/birzc/bc/603175.html

とはいえ「ダヴィンチコード」は、結構長く影響と害毒を流してきたから、こういうのも軽視はできないなあ。

勿論、当時の作曲は剽窃や編曲 切り貼り、偽作出版などが平気で横行していたので、個人の作品というよりもう少し集団的な創作、伝統の中の藝、という側面が強いと思います。

アンナ=マグダレーナは歌手だったから、作曲に協力したこともあっただろうし、現実にバッハの曲の清書譜にはアンナ=マグダレーナの手になったものが多い。

 ただ、後半生のバッハの著しく器楽的な書法からすると、こういう説は到底受けいれられない。
 むしろ別の方向からのアプローチのほうがいいんじゃないの。
 最近よく聴いている ゴールドベルク変奏曲の弦楽編曲からして、バッハの「クラヴィーア練習曲集」(このなかにはゴールドベルク変奏曲もはいっている)のなかには、もっと別の編成(あるいは声楽)の原曲をクラヴィーアに編曲して「練習曲」に使用できるようにしたものが多いのではないか、「練習曲集」という表題は文字通り受け取るべきではないか、という疑念を私は強くもっています。

[補足]また、平均律クラヴィーア曲集にも声楽などからの編曲があるのでは。それはモーツアルトが弦楽四重奏に編曲したことからも示唆されると感じています。


posted by 山科玲児 at 10:09| Comment(0) | 日記