2016年03月14日

継ぎ紙をどうやって剥がしたのか?

貫之 下.JPG




のことを考えていたとき、はっと思い立ったことがある。
昭和4年に、伊勢集と貫之集下 を分割して石山切を作った。現在ほとんどは1頁、または見開き2頁づつの掛け軸になっている。
これは、東京国立博物館にある掛け軸である
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0068551
この場合、片面だけを観賞するわけだから、基本的には紙を表裏に剥いで2枚にして貼り付けるわけである。厚手の和紙の場合は、この両面剥ぎは難しくなく、かつ確立された技術である。しかしですよ。継ぎ紙、まして重ね継ぎの場合どうやって剥いだのだろうか???
上に揚げたのは、石山切  貫之集下の見開きで、4枚の紙を継いでいる。

継いである紙を一度に両面に剥ぐことはできない。色々考えると、どうもいったんバラバラにして剥いで継ぎ直すしかあるまい。そんなことができるんだろうか?特に破り継ぎの場合は破り面の微妙なところが変わってしまうだろうし、重ね継ぎの場合、薄様という薄い紙はどうするんだろう???
 まあ、田中親美が名人と仰がれたのはそういうところをうまくやったからかもしれないね。
しかし、いくら名人でも完全に元に戻すことができたであろうか。

また、表と裏両方を観賞することができるような掛け軸にすることもでき、その場合は問題はない。

そういうことを考えると、石山切になったことで破壊され変貌した部分も相当あったと考えなければいけないだろう。


posted by 山科玲児 at 08:49| Comment(2) | 日記