2016年03月15日

唐辛子と歴史認識


 平安時代の生活を研究した本を読んでいたとき、なんとなく違うなあ、と思い、出版年や著者の年齢などをみると、やはり貧農史観というか、かなり古い歴史認識にとらわれているような感じがしたものである。

  なんというかな、現代からいろいろなものを抜き去ってマイナスして平安時代の生活を考えているので、いたって貧しく貧相になってしまう。

  こういうことを考えるとき、私は、唐辛子と四川料理、インド料理のことを考える。唐辛子はいうまでもなくコロンブス(彼はイタリア人)などのスペイン人コンキスタドールたちが中央アメリカからもちこんだものなので、15世紀以前では存在しない。唐辛子のない四川料理やインド料理が考えられるだろうか? 唐辛子を抜き去って、14世紀以前の四川やインド、タイの食生活を想像すると、なんと荒涼としたものではないか。いうまでもなくこれは間違っている。唐辛子がない時代にも山椒や色々なハーブ・スパイスがあり、それらを使っていたんだろうが、唐辛子がより簡単に有効に類似の味がだせるので爆発的に普及したのだろう。いち早く唐辛子が輸入された日本ではあまり唐辛子使用が普及しなかった。これは、もともと類似のものをあまり使っていなかったからである。
  古代ローマの料理書 アピキウースを読むと、現在では絶滅したらしい香辛料?ハーブ  シルフイウムなど、変わった調味料や食材が盛んに使われているが、その分、古代が豊かだったという評を聞いたことがない。

 また、平安時代当時「粥」を食べていたというが、現在日本人が多く食べている「飯」は古い言い方だと「かた粥」である。
  そういう意味では、現在も粥を食べているということでは変わりは無い。「粥」というといかにも貧弱な感じがするのは誤解そのものであろう。これは言葉の意味・定義の変化による誤解である。ちなみに古代ローマ兵の主食は「麦粥」だった。ローマの大饗宴の背後には麦粥があったのだ。もっとも、米のもう一つの食べ方は餅米を蒸すという方法である「おこわ」「もち」である。

 10世紀頃と現代では、医療や自然科学、産業革命で巨大な変革が起こっているわけであるが、一直線で拡大・進歩しているわけではなく、多くのものを失ったり代替えをしたりしながら変化してきたわけである。 黄金時代説のような退化論もどうかと思うが、進化論と退化論の双方にバランスをとった視点が望まれるところである。


posted by 山科玲児 at 06:58| Comment(0) | 日記