2016年04月17日

「失われた名画」の本

mentegna Padua sss.jpg

「失われた名画」を追悼し、写真・記録を保存し、多くの人々の間で共有し、できればある程度復元する
ということは、私の関心事のひとつである。
 そういう意図で、法隆寺金堂壁画ギャラリー
 http://reijiyamashina.sakura.ne.jp/horyujif/horyujij.html
も、設置した。
 ごく最近 出版されたもので、 

「失われた名画」の展覧会 2016/3/24
池上 英洋

という本がある。こういうトピックに特化したものなので、なかなか面白い。
第二次大戦の「連合軍の」爆撃で壊滅した マンテーニャの大作パドヴァのオヴェターリ礼拝堂壁画連作について、残存する破片の色彩からモノクロ写真に彩色したものが挙げられていて、興味深かった。
ネットでもイメージがあるようである。
            https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ovetari,_storie_di_san_giacomo_o.jpg

この大壁画の上にあげた1面は、透視図法 遠近法の範例として、よく教科書にも載っていたものだったが、「連合軍の」爆撃で粉砕されていたとは。たぶん枢軸軍が教会に立てこもったんだろうけれど、「連合軍の」爆撃で壊滅した美術品は多いのに枢軸軍の攻撃で壊滅した例が少ないのは不思議である。レオナルド=ダ=ヴィンチの最後の晩餐も「連合軍の」爆撃であやうく消滅するところだった。

 このイタリア作戦は、当時米軍の幹部であったウェデマイヤー将軍の意見では、全く不要だったものである。イタリアはほっておいて、さっさとノルマンディー上陸作戦をやれば1年以上早く終戦することができたはずだというから、イタリア作戦で死んだ兵士たちも破壊された美術品も浮かばれない。英国のチャーチル首相が強引にイタリア作戦を主張したという。

 よく、ナチスドイツが美術品狩りをやったと指弾されるが、一番破壊したのが連合軍というのは結果としての事実である。ベルリンの大きなフリードリヒスハイン高射砲塔(要塞) が爆発したとき中にあった多量の絵画が焼失した。このカラヴァッジョ「聖マタイと天使」もそのとき焼失したらしい。
caravaggio.jpg

   しかし、それはソビエト連邦軍が占領した4日後であり、ヒットラーは1週間前に自殺しており、要塞の中にナチスドイツ軍がいて抵抗していたわけではないようだ。
 これもまた、連合軍側(ソビエト連邦軍)の責任ではないだろうか。

  この池上 英洋さんは、たくさんの本を出版されている方のようで、少し拙速に書いているようだ。私がみても、少々おかしなところも散見するが、まあ、意欲作なので推薦しておきたい。

 この本を読んでいたら、熊本城の地震被害があったので、縁起が悪い気もするが、美術愛好家としては言及しておきたかった。


posted by 山科玲児 at 09:54| Comment(0) | 日記