2016年04月26日

西洋美術史入門のつっこみどころ



前も取り上げた
西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書) 新書  2012/2
池上 英洋 (著)
  http://www.amazon.co.jp/dp/4480688765
は、意欲的な本ですが、独断的なとことが散見しますし、イコノグラフィー イコノロジー偏重が気に入らないので、意地悪く突っ込んでみました。

109p (古代ギリシャについて)「彼らは町の広場に集まり直接選挙で重要な決定を下していました。」
  これはアテナイの、それも100年間ぐらいの期間のことじゃないの??
  スパルタも徹底的共産主義・全体主義で、ある意味徹底した非個人性が求められたけれど、民主制といえないことはない。でも貴族の寡頭制の都市、僭主政治の都市、神政政治の町なんかもあったと思うなあ

110p 「ローマ帝国時代の芸術は、ほとんど全て皇帝をパトロンとしたものです。」
  それはないでしょ。そりゃコロッセオなどのローマ市の大規模建設物や皇帝のヴィラなんかは皇帝の出資でしょうけどね。パルミラでもポンペイでも、元老院議員や各地方都市の富豪や有力者によるものが多いでしょ。寄進者の碑文銘文なんかもあるからね。

120p 「モザイクのメリットは、色彩減量を粉にすることなくそのまま用いるので、顔料の粒子も密なため、とにかく発色が強く鮮やかな点です。」
 モザイクというのは暗いところでも反射でよく見えるという効果が大きいと思う。また足で踏みつける床装飾にも使えますしね。丈夫です。

120p 「色彩原料をそのまま用いる方法と、それを細かく砕いて粉にして薄く延ばす他の方法とでは、同じ量の原料で描ける面積にとてつもない差ができます。モザイクではあまりにコストがかかりすぎるのです。」
  あのお、顔料の原料とモザイクの小石とは原料違うでしょ。まさかラピスラズリやアズライトを壁のモザイクに入れたりしないでしょ。家具や装飾品におけるモザイクには正倉院御物みたいに使うことはあると思いますが。また、ガラスなんかはあるかもしれんけど。
   だいたいさ、顔料を粉にして絵を描くのはクロマニヨン人だってやっているし(アルタミラ洞窟)、紀元前のマケドニア王族墓壁画(VERGINA)もある。なんかモザイク⇒フレスコという図式をいいたいのでしょうが、それは無理。

123p 「もっと扱いやすい媒体として木の板ももちいられるようになりました。」「木の板なら容易に手に入るのでテンペラ技法によってかなりコストはおさえられるようになりました。」
  ローマ帝国時代のミイラ肖像画は皆板でしょう。ビザンチン帝国時代の、イコンって板に描くのが普通
だったよね。
  さらにゴシック建築ってさ、ロマネスクと比べても壁面が小さいし、漆喰壁自体があまりないような。
  木材の価格ですが、イタリアの場合は地元に生えてるポプラ使ってたみたいですけど、ベルギー・オランダでは、はるばるバルト三国あたりから輸入していたんだけどね。しかも何十年も乾燥貯蔵したりする、それじゃ安い材料というわけないでしょ。

125p カンヴァス画について「ヴェネチアで始まったのはそこが港町であるため、あたりに船の帆に使う布があふれていたからこそです。」
  ヴェネチアでは、海の湿気が多いのでフレスコ画の損傷が酷いためにモザイクかキャンバス画になったと言われています。実際ヴェネチアにいくらか残るフレスコ画は損傷がひどい状態ですね。

なんかさ、絵画の物質面については池上氏は弱いのかな。



posted by 山科玲児 at 08:33| Comment(0) | 日記