2016年06月25日

マドリード ラルディでのディナー

LHARDY (2).JPG

スペインの扉

の管理人:土屋寛子様のご推薦をいただいた、マドリードの老舗レストラン ラルディ で5月30日にディナーしたが、なかなか得がたい経験だった。

こういう格のあるレストランの場合は、ホテルから予約してもらったほうが良いのでフロントのセシリアさんに予約を頼んだ。

  8時半予約のLHARDYにいく、なんかアリストクラティックな100年の老舗というので、ダークスーツ上下にリボンカフスのワイシャツという服装でいった。ネクタイは暑かったので遠慮した。

 さて、店の外貌は、なんか普通の商店みたいだ(下イメージ)。一階は優美なつくりだが、お総菜や菓子などを売っている商店っぽい。

 大時代的な服装でやけに胴回りの大きい番人が一人いるのが気にかかるぐらい。店の人にレストランを予約しているいのだが? と訊いたら、その番人に回されて奧から2Fに案内される。その階段から、もう完全に別世界で、シャーロックホームズの映画にでてくる19世紀のクラブを思わせた。
 まあ、真っ白なテーブルクロス、豪華なシャンデリア、重々しいマネージャーという設定だが、こちらも東京のアピシウスなどに行った経験もあるので気押されるわけにはいかない。

 ぬけぬけと案内されたテーブルにつきメニューを精査する。
 まず、ドライシェリーを頼む。こういう高級店しかもスペインや英国なら これが作法としては悪くない。シャンパンより上品である。
 そのあとは、お薦めからアスパラガスとホタテの料理、鹿のローストを頼んだ。
 当然、スターターでコロッケやオリーブはでてきたが、さすがに一番の美味。
 アスパラガスにはフワフワと泡だったソースがかかっていてこれが良かった。
 リオハのハーフボトルを薦められたので、それをとる。
 鹿のローストはかなり大きな塊なのに、隅々まで味があってしかも堅くないというところに技を感じた。
 最後に名物らしい「サプライズ スフレ」を頼んだがこれもアイスクリームを使った焼き物という、現在ではやや古くさいが一応名人芸のスフレである。

 ただ、あとでもらったパンフなどみると、こういう正統的フランス料理ではなく、マドリード風の煮物のようなものを頼んだほうがよかったかもしれない。そこは失敗かな。
 いずれにしても、大過なく楽しく美味しくマドリード有数のサロンで食事ができた。
 最後に店の歴史を書いた小冊子までもらって握手までしたから、それなりにまあまあ歓迎されたほうなんだろう。
  中国人らしい数人がのぞきに来てすぐ退散したのが変だったが、あれはなんだったんだろうか??

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タグ:マドリード
posted by 山科玲児 at 08:38| Comment(0) | 日記

凸凹コンビ


 長崎歴史博物館で7月2日から、全国巡回のエヴァンゲリオン展 が開催されるので、ポスターやチラシがでています。これで、なんとなく思ったのは、サイトでもみることができますが、

エヴァンゲリオン展
http://www.asahi.com/event/evangelion/

 絵になっている主人公達が皆やせてることですね。

 ドンキホーテとサンチョパンザのような凸凹コンビじゃないんですね。

 マドリード王宮でドンキホーテ タペストリーをどっさり(10枚以上)みたので、あれ、ドンキホーテとサンチョパンザ, ハムレットとホレイショーとかいうのは、日本のアニメでは定番じゃないんだな?とも思いました。たださ、日本でも結構凸凹コンビはあると思います。東海道中膝栗毛の弥次喜多2人組とか、銀河英雄伝説でもラインハルトとヤン=ウェンリーというのは凸凹かな。

 一方、ニューヨークのフリックコレクションでも、去年ドンキホーテ タペストリーを展示したそうです。
  18世紀の仏画家による「ドン・キホーテ」タペストリー、米NYで展覧会
     http://www.afpbb.com/articles/-/3040577?pid=15377760
ただ、このニューヨークのものはかなり大人しいですね。なんかつまらないな。

マドリードのほうは、王宮コレクションで18世紀のものらしいんですが、結構マンガ的でダイナミックで面白い物です。王宮コレクションなのにね。 これを挿絵にした豪華本もありそうですね。
 http://www.patrimonionacional.es/noticias/detalle/8706




posted by 山科玲児 at 07:47| Comment(2) | 日記

2016年06月24日

英国 EU離脱か?それとも?


 英国独立党のナイジェル・ファラージ も、「残留が辛勝するかも」って弱気な観測を出してたので、

まあ、残留かな?と思っていたんですが、

現在では5分5分 みたいですね。

BBCの 開票  生放送

 驚いたのは。City of London まさにロンドンのシティでの投票結果で26%強の人が離脱に投票していることだ。無論70%以上が残留支持なのだが、金融の牙城であるシティなら、もっと残留が高くてもよいはずだ。格差や移民の問題がシティすら直撃してるのかな???
[追加]
バーミンガムが僅差1%ぐらいだが、離脱派が多い結果になった。英国2,3位の都市の結果は重い。
ファラージは「ファンタスティック」とツイートしている。 彼にすら予測できなかったということで、歴史が雪崩を打って動いているようだ。






posted by 山科玲児 at 10:37| Comment(2) | 日記

2016年06月23日

ティッセン=ボルネミッサ美術館

Thyssen.JPG
6月3日
マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館は 2005年以来、2回目の訪問だが、SOL広場からタクシーにした。疲れてるなあ。

 2回目だが、膨大なコレクションなので、前回は途中で退散した。今回は、パセオデアルテという3館に入れるチケットを買っていたので、それを使う。 ここで重要なことなのだが、プラドで交換したパセオデ アルテPASEO DE ARTEチケットはプラドが終わっても捨ててはいけない。ティッセンでも必要になるのである。ネット印刷した控えから再度ティッセンで交換するのではなくプラドで交換したときティッセンのものを含めたチケットと交換する。そうすると、最初にティッセンにいった場合はどうなるのかとか色々疑問はでてくる。

 今回、困ったのはやはり体力が尽き果てて、途中でリタイヤしようとしたとき、出口があまりみつからないことである。しょうがないので、つとめて全部すっとばして、現代はブラックやモンドリアンぐらいしかみないでなんとか出口にたどりついた。あのような一直線構造は、膨大な展示数のあるティッセンでは無理ですよ。その点プラドは出口が多く、すぐでられる。ただ、再入館できないだけだ。常設だけみたいから、というのは通じません。どちらも同じ切符なのだから。

ティッセンでは、やはり 前と同じく  ペトルス クリストスの神秘的な枯れ木の聖母、
   http://reijiyamashina.sblo.jp/article/174809557.html
ジャックダレの基準作(アラス祭壇画の一面)、
  http://www.museothyssen.org/thyssen/ficha_obra/1098
ファン アイクの受胎告知、
デューラーの博士の中のキリストなどをみた。
  関連記事−>http://reijiyamashina.sblo.jp/article/165528701.html
ファン アイクの受胎告知
   http://www.museothyssen.org/thyssen/ficha_obra/462
  は、だまし絵的な部分が非常に多い。背後に反射する磨かれた石版を置いているかのような反射イメージ画像でみると斑岩っぽい額縁にみえるものも全てだまし絵で創作物である。

 今回、異風だったのは、コスメ トーラのタペストリー、
  http://www.museothyssen.org/en/thyssen/ficha_obra/17
しかしこんなえぐい絵をタペストリーにまでするという神経がわからない。タペストリー技法の感じはエスコリアルのボッスのとにているからブリュッセルでの制作だろうか??

  前にもメモしていたかもしれないが、JAN DE BEERの受胎告知がマントを翻してふわっと降下してくる大天使ガブリエルが独創的である。
http://www.museothyssen.org/thyssen/ficha_obra/1019
ボッテチェルリのあれ(Uffizi 壁画を剥がした物で2度来日している)を連想した。

  またジュアン フランダースの女性肖像は、どうみても中国人か韓国人にみえる。
http://www.museothyssen.org/en/thyssen/ficha_obra/323
いったいこれはどういうことだろうか
ルネッサンスかバロック時代に韓国人が描かれたという話
を読んだことがあるので、そういう例外的な珍しいものの絵画なのだろうか

Juan Flanders Thyssen.jpg


  また、アンドレア  ロッビアなどのあの白と青の陶磁彫刻もあった。

  カナレット風のヴェネティア風景画が多数かけてあるコーナーがある。ところが大部分はカナレットではなく別人である。当時、カナレット風の絵を描く人が多数いたという証拠になると思った。

  この美術館は膨大なコレクションなので、サイトをみると展示していない絵も相当多いようであある。
時々替えているのかどうかはよくわからない。ジュアン フランダースの女性像は2005年には観なかったようだから、多少入れ替えやってるのだろう。



 
posted by 山科玲児 at 10:17| Comment(2) | 日記

WINDOWS10からもとのOSへ戻す

遂に消費者庁まで動き出した、WINDOWS10強制アップグレード問題ですが、

うっかりWindows10になってしまった場合、戻す方法が、
消費者庁のリンクを辿った
マイクロソフトのサイトに表示されています。

なぜか、マイクロソフトのサイトから直接みつけにくいようになっているんですね。性悪だな。

PCカルマというサイトでも紹介されていました。
他のサイトなどもみましたが、独立サイトなら、ここが一番よさそうです。

PCカルマ

このサイトの一番人気が、この「windows10から戻す」
頁なんだから、いかにこの横暴なマイクロソフトのやりかたが非難され嫌われているかわかります。


 
posted by 山科玲児 at 08:59| Comment(0) | 日記

2016年06月22日

ボス展に65,000人


2016年6月7日に
若冲展化する プラドのボス展
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/175593628.html
を書きましたが、
スペインの現地報道では、
5月31日オープン〜6月15日まで、約15日間で65,000人 入場したようです。

65,000人ねえ。。

 ちなみに、プラドのボス展やってる会場は、若冲展やった上野の都立美術館会場より、面積的には狭いと思いますよ。

 若冲展の場合は、4月22日〜5月2日 11日間で10万人でしたが、あれは詰め込み方が無茶だったようですね。入ってもみえないことが多く。例の「止まらないでください」という何のために入場したのかわからない詐欺的なアナウンスを係員がやるというやつでしょ。

 プラドの場合は、ちゃんと入場制限して、会場内に最低限度の観賞環境を確保してやっていて、これです。その結果として場外の列がかなり長くなるんじゃないかな。また、時間予約者以外の観賞はほぼ不可能になるんじゃないかしら。今後7月、8月、マドリードの酷暑で美術館外で列ぶというのはそうとうつらいと思います。病人がでるんじゃないかな。ちなみに8時9時ごろまで日が落ちないので暑い。

 ボス展目的以外でプラド美術館を訪れる人は団体ツアーに入るか、9月後半以降にするかしたほうがいいんじゃないかなあ、と思った次第です。

 
posted by 山科玲児 at 08:58| Comment(0) | 日記

2016年06月21日

ボス展のカタログを読む

Bosch Prado 2016.JPG

 ボス展の英文カタログに帰国以来親しんでいるが、論説だけで150pもあるA4より少し大きい大冊で、英文であることもあり、読破したとは云えない状況だ。

 しかし、少し読んだだけでも、新しい情報を色々えることができた。俯瞰的にボスの情報を得たのは2001年のロッテルダム ボイマンス美術館におけるボス展のカタログ+研究論文集 以来であるから、結構ブランクがあったということだろう。

 最初に収穫があった点は、プラドの三賢王礼拝の祭壇画 の寄進者があきらかになり、しかも年代が1490年代前半らしいことである。これで、乾草車などとの関係がますますわからなくなってしまった。ただし、某教授がいっている「収税請負人、収税吏」というのは誤り。大物の織物商でアントワープ市の財務担当を1期やっている人(これは収税吏とはいえないだろう。)。

 次に、「快楽の園」の下書きが赤外線レフレクトグラフィーで明示されたのだが、驚くほど粗略なもので、こういう下書きから、あの精巧で魅惑的な画面が描けるのかと不審に思ったぐらいである。ブリューゲルの下書きとも、ロヒールの下書きとも全く違う。別の伝統を感じた。

 次に、1498年にサラゴッサで亡くなってトレドのサンイザベルに埋葬された  アラゴン王女イサベルの遺産にボスの絵が何点も入っていたという古文書の紹介があった。ボスの活動の最盛期に、 既にスペインでは王族貴顕の愛好者がいたのだ。  アルバ公のネーデルランド征服とフェリペ2世の愛好によってスペインに流入したのではなく、もっと前から関係が深かったのだ。

 次に、ウイーンの最後の審判 の 外側の聖人が 聖バーボではなく、聖ヒッポリートであり、注文主はブルゴーニュ宮廷人 ヒッポリート ド  ベルソス Hippoilytes  de Berthoz (-1503) その祈願者の像が中央画面の左下にあって塗りつぶされていること、外側の紋章盾の空白も塗りつぶされていて、その紋章がその人であること、がX線でわかり、2004年に指摘されていること
  このHippoilytes  de Berthozの息子は1505年に、ハプスブルクのフィリップ美公にボスの聖アントニウスの誘惑を売っている記録(312リーブル) もある。ひょっとしたら、これがリスボンの絵かもしれない。

  リスボンの聖アントニウスの誘惑 は19世紀後半(1870年代)にスペインから入ったもので、もともとリスボンにあったものではないらしいこと、、

  取り急ぎ、2,3書いておくが、これらだけでも従来の本を書き換えないといけないような話題であると思う。


posted by 山科玲児 at 07:49| Comment(0) | 日記

2016年06月20日

絵画の使い回し?

UNKNOWN flamand ancien Lazaro Galdiano.JPG


 マドリードのラザロ=ガルディアーノ美術館にイメージの絵画(油彩板絵)がある。
15世紀の無名画家の作品だということである。


   この絵を観たとき、すぐ連想したのは、ベルギーの古都・観光都市  ブリュージュの救世主大聖堂にある絵画とそっくりだということである。

ただ、右下の祈願者が、ラザロ=ガルディアーノのほうは女性で、ブリュージュのほうは、男性である。縦横の比や祈願者の位置などが多少違うがおそろしく似ている。

Christ on the Cross with Mary as Intercessor and a Donor Brugge Salvator.jpg
   だいたいブリュージュの絵も
      聖母子への祈り: 初期フランドル絵画の祈祷者像
            http://www.amazon.co.jp/dp/4336058326
によれば、ロベール=カンパンのコピーだということであるが、それもあまり信用できない。
  ロベール=カンパンの画風とはかなり違うし、原画がないのにどうしてコピーだとわかるのか??
  1922年の本では、ヒューベルト ファンアイク だと推定されてました。
 Fierens-Gevaert,  La Peinture a Bruges, G.VAN OEST et Cie,Editeurs, Bruxelles et Paris, 1922

   この2つが贋作偽作ではなく、15.6世紀のものだと信用して考えると、どうも一つの絵画図像を使い回して、複数の祈願者、パトロンの需要に応えた好例だということではないか?

posted by 山科玲児 at 09:01| Comment(0) | 日記

2016年06月19日

トレド行 その2

toledo 3.JPG

6月2日
 夜明けが意外に遅く、六時になってもまだ暗い。よる10時ごろまで明るいところを考えると、どうもよるが短いだけではなく時差に問題があるのではないかと思っている。サマータイム採用のせいかと思う。
 昨夜 カメラの電池が切れてしまい予備電池をマドリードに忘れてきていたので、今日の写真は、ケータイでの写真になってしまったのが残念だ。
 夜明け後にみづくろいして、ちょっと普通いかなさそうな散歩コースを歩いてみた。サンジュスト、インファンテ、サンイザベルなどのあまり観光拠点がない地区を選んだ。 そこらは3叉路や見通しの悪い路地の連続で思わず身震いしたくなるような独特の雰囲気がある(上のイメージ)。確かにブリュージュにも似ているが、ブリュージュはまっ平らである。トレドは起伏が多く坂道になるのでよけいに見通しが悪く刺激的だ。あまり危険や邪悪な気は感じないが、不思議な世界だった。
  実は、ヒエロニムス=ボスの作品は一時、ここトレドに多量に集積されていたらしい。「快楽の園」自身アルバ公が没収したあとは、たぶんここトレドに何十年もあったはず。このサンイサベルに葬られたスペイン王女もまたボス作品のコレクターだったいうことをカタログで読んで、後でだが、奇妙な縁に粛然とした。やっぱりトレド行きには必然性があったのだ。

 このあたりは安宿も多いようだが、サンイサベルの近くに、とても気のよさそうなおやじが古風な建物でやっているホテルがある。スペイン語しか通じないのが欠点だが、旅行スペイン語程度を学んでも泊まってみたいと思わせる宿であり、カルロスVの親父の不機嫌さとは対照的であった。
 Tripadviserのコメントだと英語が通じるといっているが、親父にはほとんど通じない。たぶんスタッフに堪能な人がいるのだろうけど、嘘っぽいコメントは感心しないなあ。

ホテルへもどって、
 トレドのカルロスVの朝食は豪華な食堂であったが平凡。こんな食堂があるのなら、もっと使ったほうがもうかるだろうにと思ったものだ。
 博物館などの施設は10時からなので、まずモーリス=バレスもいっていたサンマルタン橋まで歩いていって、橋をわたってみようと思った。橋とはいっても豪華な城門がある文化財でありローマ橋だといわれている。昨日観光用乗り物でトレドの外側からこの橋をみていたので今度は、内側からみようというわけだ。帰りは定番のグレコのサイトや、アラブ的な建築のサンたマリア ブランカにいけばよいと、おもった。
 まず スペイン王肝いりの修道院の豪華な建築を外からみて、サンマルタン橋にいったつもりだったが、なぜか西ゴートにさかのぼるという古い別のCambron門のほうにきてしまった。考え直して、サンマルタン橋にいったのだが、掃除のおばさんたちの話では現在は通過できないとのこと。しかし、脇からみても絶景なので十分満足した。
 そのあと、サンタマリアブランカにいったが、まだあいてない、門に乞食のおじさんがいてなんかいっていたがききとれぬ。 しょうがないので、サントトメにいった。ここサントトメはエルグレコの「オルガス伯の埋葬」で有名で、どうも19世紀、モーリス=バレスのころから、観光地で、住持というか坊さんが金切り声をあげて説明したりしてうるさかったらしい。
 私がいったときも、まあなんというか団体がおしかけていて、しかもちょうど私のまわりが韓国人の団体で韓国人ガイドがうるさく説明していて話にならない。そもそもここはオルガス伯のお墓でその上に大きな絵があるのであるが、誰一人死者に敬意を表す人はいない。一応拝観して退散した。プラドでいろいろ観た結果、エルグレコもムリーリョもサイズ的に大きい絵ほど傑作だと思っているが、この「オルガス伯の埋葬」も破格に大きな絵である。

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  うんざりして、グレコの家にもいかず、サンタマリア ブランカにもどったら、あいていた。なんとなく嬉しくなって、キリストの小さな画像をおくなど古典的な「教会の前の乞食」をやってるおじさんについコインを恵んでしまった。神のお恵みをとかいってくださったようなので、こちらもDEO GRATIASと答えて相互とも貸し借りなし。まあいいんじゃないの・ このサンタマリアブランカは、正確にいえば聖堂ではなく遺跡である。 おそらく倒壊状態に近い建築を丁寧に復元補修したもので、住持住僧もいないようだし、祭壇もない。
 しかし、なんとも静寂で静謐なアラブ風の空間を作っているのでおちつけた(イメージ)。私がいた間、観光客らしき人はほかに1人の女性のみ。それも、なんか心得がありそうな人だった。



Toledo ST Cruz.JPGToledo  st cruz mozaique.JPG

  ここで満足したので、定番のサンタクルズ美術館にいこうとした。ところが、入り口になかなかたどりつけない。ここまで有名なくせにたどり着きにくい観光スポットもめずらしい。ようやくたどりついたら、なんとギャラリーが開いていない。番人は、あっちの扉へいけと指し示すのでいったら、中世の修道院のクロイスターを再現した建物(上左)でとても美しくくつろげるところだった。古めかしいイスも点在してすわっていいようだ。ここでしばし過ごした。このクロイスターはスペインの修道院の遺跡を移築したもののようだが、壁際にいろいろな石造物が展示されている。ミラノのアンブロジオ バジリカの回廊を思い出した。また
ある壁にはトレド近郊の河沿い遺跡からでた3世紀の愛らしい大きなローマ時代の モザイク(上右)が移されていた。このモザイクは色も美しくなかなかみあきなかった。近現代美術の小企画展示をやっていたが、トイレの横に古い聖カテリナの大きな像があったりして、トレドだなあ、と思った。
  まあ、午後にはあいてるかもしれないと思って ホテルのほうへいく。途中にホテル近くのCARLOSV親父推薦のトレド名産の金銀象嵌 ダマスキーノの店にいく。カフスボタンをマドリードに忘れてきていたので、これも天意かとカフスを買おうと思ったからだ。たぶんこれが本をのぞいて自分のために買う唯一のおみやげになりそうだったから。店の女性はカルロスVの紹介ときいたらまじめに対応してくれ、ハンドメイドとマシンメイドの区別もはっきりさせて、こちらはハンドメイドで35、こちらはマシンメイドで13というように親切に対応しくれた。店の人の意見もきいて購入。ホテルへいってチェックアウト。貴方が推薦した店で買ったカフスだと袖をみせると不機嫌な親父がはじめて笑顔をみせた。
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 昼食(スペインではメインの食事)を昨夜ビールを飲んだ 店でやろうと思っていったら、1時〜だという。しょうがないのでそこらの路地をぶらついた。綺麗なパティオが奧に見える家(イメージ)があって、みていたら主婦らしいおばさんがでてきたので、お庭がとても美しいですね、と褒めたらうれしそうな顔をしていた。

 昼食は、定食をとったが、選択したつもりが観光客という配慮でだろうが少しずついろんな物を盛り合わせてでてきたので、かえってよかった。ただ、チーズのディップ、海鮮コロッケ、豆の煮物は良かったが、メインの肉と鱈は、それほどでもなかったので、ちょっと残念。ここはビールが得意のようなので濃いビールをドリンクにした。

 さて、サンタクルズ美術館に戻ると、やっぱり開いていない。やっぱりダメかと思ったら、バックパックめいたおじさんが来ていて抗議している、かなり粘っているのでどうなるかな、とも思ったが待つのもやなので、またあのクロイスターズにいって寛いでいたら、大きな声で係員の人が怒鳴る声がきこえ、無理に追い払ったらしい。なんかなあ、、 そのうち、大きな絵を美術館から運び出していたりしたので、ああ、これが閉鎖の原因か? なんか貸し出しやメンテが急に必要になったんだな、運が悪かった、と思ったものだ。
 なんか、プラド美術館が、5月30日に急にラトゥール展を閉鎖にしたように、泥縄で急に閉館にしちゃったんだな。トレドって半日観光日帰り観光の人が多いから、ここでエルグレコ観たいという人には最悪だから、怒るのも無理はない。 実は当方はグレコにはあまり執着はなかったので怒らなかっただけである。 ちゃんとギャラリーの前に大きな掲示「Today CLOSED」とか出せば、それだけでも抗議する人が半分以下になるけどねえ、なんでしないのかなあ。

  どうも、スペインの美術館では、この種の泥縄の急な閉鎖というのがあるので、どうしてもみたい絵があれば、日を替えて2回みるように保険をかけておいたほうがいいようだ。
  まあ、ピサグラ門を観に駅のほうに歩いていくことにした。途中お土産物やがあったけれど、スーツケースに貼るトレドの紋章のシールを探したが意外にない。あった店はシエスタなのか閉めていた。ピサグラ門はなかなか良かった。もう暑いのでタクシー拾って駅までいった。駅では日本人旅行者も待ってました。
   この駅のつくりは、いわゆるアラブ風でなかなか面白い。

 さて、マドリードのアトーチャ駅にたどり着いたのは良いが、タクシー乗り場がどうしてもみつけられなかった。困って,IMFORMATIONに訊いてもまったく要領をえない。地図が必要ですね。しょうがないので、近郊線を使ってSOL駅までいくことにしてアトーチャ駅を「脱出」した。
 トレド旅行には、このAVANT列車が楽なんですけど、アトーチャ駅案内をガイドにつけないといけないな。バス旅行の場合は、トレド旅行への出発バスターミナルはかなり端っこの駅になるので、いやだなと思ってアトーチャ駅にすると、この問題がある。スペイン政府観光局・トレド市観光局に提案してみたいな。

 (しかし、わからないものはわからん)

グレコ―トレドの秘密  1996/1
モーリス バレス (著),    Maurice Barr`es (原著),    吉川 一義 (翻訳)

posted by 山科玲児 at 16:54| Comment(0) | 日記

トレド行  その1

toledo cathedral el  transparente.jpg
6月1日15時ごろ
タクシーでアトーチャ駅へいった。
このアトーチャ駅が、まるで迷宮でさっぱりわからない。エスコリアルやアランフェスへいく近郊線ともっと遠くへいく長距離線はわかりやすいのだが、全くわからない。トレドという中間ぐらいへいく列車のホームは何度もきいたあげくようやくみつけた。まるで売店の間を通っていくようなめだたない入り口だった。
スペインは観光に力をいれているのだから、もう少しこういうとこまともにやってね。
ところで、アトーチャ駅には、翌日もう一度泣かされることになる。

 トレドについた後、駅で明日の16:18発のマドリード行き切符を買っておきました。もう歩きたくないので、タクシーでホテルカルロスVへいった。チェクインして驚いたのは、呼び物のテラスのバールはなし、立派な食堂は朝食にしか使っていないということだ。宿の親父は不機嫌だったので、どうも印象がよくない。 それでも一応推薦レストランをきいた。


  一応、まず大聖堂にいったのだが、そうするとサンタクルズ美術館にまにあわなくなってしまって、これは後から考えたら失敗だった。
 この大聖堂、周囲に全く広場がなく、街の中に埋もれている。つまり大聖堂の入り口前にすらあまり空間がない。 まあ、パリやミラノなどの聖堂でも中世はたぶんこんな風で、その後、都市計画で整理して現在在に至っているんだろうが、それでもこれだけ中世風をそのまま保存しているところは珍しい。

 モーリス バレスが、どこをのぞいてもおもしろいものがあると批評している大聖堂であるが、確かに広大であり面白い。合唱席の背後の超マニエリスム的な彫刻は奇想としては、確かにものすごいもので、
山尾悠子のある作品はこの彫刻の図版に想を得たものではないか(上イメージ)?


  また、天井に下をのぞき込む聖人を描くというのはイタリア絵画にはままあるが、ここでは本当に丸窓を空けてその周囲にのぞき込む聖像丸彫り彫刻を配している。さらにその上に天上のだましえ的天井画を描くという念のいったものがあって呆れてしまった(下イメージ)

Toledo Catedral ceil.JPGToledo Catedral  ceil detail.jpg





こういう仕掛け的なものは、なかなか面白い。
また、スペインのオルガンのお約束ながら、派手にトランペット管が飛び出ていてよかったので撮影した。

  パラドールからの景色に近いものを安易に楽しめる観光バス、それもチンチン電車のような格好をした小型のかわいらしい観光バスがトレドにはある。機能的には、上が屋根なしになっている観光バスと類似しているが、なかなかいい。なぜかというと、バイクや車なしに、展望台やパラドールの近くまで安易にいくことは、健脚の人はともかくとして、特に暑い日差しの中ではかなり難しいので、このツールを使わない手はないのだ。観光地では観光客らしくしなければならない。SOKOTRAINという呼び名だったこともあるようだが、今はToledo Trainvisionと呼んでいるようだ。
Toledo Trainvision  Turismo Familiar Toledo
http://www.toledo-turismo.com/turismofamiliar/os_hace/zocotren/

Toledo train.JPG


 このバスの切符を買う売り場がソコドベール広場にあって、これがまた機関車のような形をしていて良い。発車時刻になると列ができるが、一人の場合は、むしろ列の後ろのほうがいいかもしれない。というのもトレドの景色がよくみえるのは、進行方向へむいて右側の席である。一方、乗り込むときは右側から乗り込むので早く乗ると左側に詰めざるをえないので右側に座れないのだ。そういう点では私は幸運だった。

  記念撮影などもやって、観光客やったあと、ホテルへいったんもどり、Sellis通りの先、聖ニコラ広場(事実上広場ではなく空き地ともいえない)の推薦されたレストランAVADIAに夜食を食べにいった。もう9時ぐらいだがまだまだ明るい。
 カウンターでビールを飲んでピンチョスをつまむ。
 そのあと、ホテルへもどって バスを使って 睡眠。
  その前に暗いうちにホテルの窓から撮ると、まるで西洋時代劇みたいな写真が撮れた。
Toledo ホテルの窓から.JPG


REF.
グレコ―トレドの秘密  1996/1
モーリス バレス (著),    Maurice Barr`es (原著),    吉川 一義 (翻訳)
posted by 山科玲児 at 09:52| Comment(0) | 日記