2016年06月14日

エスコリアル 行 5月31日

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 プラドのボス展の前にエスコリアルに行こうと思ったのは、初日朝の「要人の挨拶」とか「マスコミのフラッシュ」とか、いろいろ煩わしいことがあるかもしれないという懸念と、ボスやパティニールの愛好家でありながら冷厳な権力者であったフェリペ2世という理解しにくい人格に少しでも触れてみたいと思ったからである。それに修理を終えたロヒール ファンデアワイデンの巨大な磔刑図 があるはずである。

  ホテルのフロントのアンジェラさんから助言を受けてソル駅から電車にのっていくことにした。
 8:32発。そのとき実は電車を間違えて、前に座った男性に訊いて助かった。シャマルタン駅で降りてすぐ次に来たエスコリアルいきに乗ることができた。危なかった。
電車の窓からみる、マドリード近郊の光景は不思議なもので、樹木と地面の感じでは果樹園が連続しているようにみえる。針葉樹が全くない。丸い感じの樹木ばかりである。また日本ではざらにあるビニール温室がなく、畝をきった畑も全くない。よくよくみるとあの原っぱがたぶん畑なんだろう、と思うような感じである。
  エスコリアルの駅のタクシーはえらく高く7ユーロ請求したが、急いでいたのでしょうがない。そばのバスにしておけばよかった。
  ここは、日本でいえば宮内庁管理の施設である。
  グループの尻にコバンサメよろしくくっついていったが、なんとグループが入る口と個人とは違い、かなり離れていて時間を大損してしまった。

  外観は刑務所・監獄のような無骨なもので どうも印象がよくない。
  写真撮影禁止なので、内部の画像はない。

  コースがいくつか決まっていてその順序で見学しなければいけないので、霊廟はとばして フィリペ二世の寝室だけみるわけにはいかない。これは迷わなくて済むので楽だが、霊廟を無理にでも通らさせられるのが問題だ。
 霊廟は石棺の間をぬっていくような陰気なもので、死者たちには悪いのだがとにかくバイパス と 通りすぎた。ただ、ディジョンのクリプトのような湿っぽさはなく乾いている。深奥部の更に地下におりていくところに、黒や緑の大理石造りの豪華な墓所がある、そこのカール五世、フェリペ二世の棺には敬意を払った。

 ここの通路には 異常に狭い石の通路があって、こういう通路で大きなものを運び入れることができたのだろうか?と思った。
  こういう狭い石の通路は、ベルギーのブリュージュの中世の鐘楼兼用の役所建築(Belfort Hall)やイタリアの館(シエナの旧大司教館)にもあるが、ブリュージュなどでは、こういう刑務所感というのはなく、もっと古風なゴチック風の文化の香りがある。

 噂に聞いていたとおり、フェリペ二世の寝室(亡くなったところ)は至って小さなところで、アントワープでみたルーベンスのベッドのような寸ずまりのベッドと三希堂より小さな隣室の書斎があるだけである。腰の高さまでタイルが貼ってある愛らしい部屋で多数のオランダ風の窓から緑豊かな光景をみることができる。 あまりパティニール風ではないが、丸い樹木ばかりというのが、ボッスやパティニールに少しは近いのかもしれない。権力者というのは、こういう狭い部屋に閉じこもってみたくなるものかもしれない。

 ここまで狭いと臨終に立ち会ったのはごく少数の人にならざるを得ない。司祭と医者、ごく近い家族のみ、帝王の臨終としては、なんか違うような気もするが、人間としてはそれでよいのだろう。
 ただ、エスコリアルに来てフェリペ二世のセンスを理解しようというもくろみもあったのだが、ますますわからなくなった。フェリペ2世の肖像もなんか怒っているような威嚇的な顔ばかりで、たいてい鎧に身を固めた威嚇的なものである。もう少し別の顔がないのだろうか? よい評伝がないのだろうか。ツヴァイクみたいな。

 驚いたのがボッスの快楽の園の左翼「イブの創造」の縮小コピーが寝室のすぐわきに外むきにかけてあったというより取り付けてある。これはたぶんボイマンスで観たものだと思ったら、後で調べたら違っていた。原作より少し小ぶりの板に模写してある。 後述のように別室で、ボッスとカルバリオ展示をやっているので、プラドには協力していないのか、と意外に思った。王室とプラドの間で美術品の所有争いのようなことがあったという噂もきいているので、そういうことが影響しているのかもしれない。エスコリアルに来てよかったと思ったものだ。
 他にもパティニールの聖クリストフォルスなど小型の絵画が多数かかっていたがそれほど優秀なものではない。当時から入れ替わりもあるだろうし、なんともいえない。

  なお、古い日本の雑誌記事ではモノクロ写真のせいもありエスコリアルは荒野のなかに建っているような印象がある。しかし、このあたりは緑豊かな地帯がマドリードまで続いていて全く風評被害だと思った。

 ここの豪華な図書室の書棚では、図書館の本が全て逆にさしてあり、金が押してある頁の口のほうがみえるようになっていて、その金地に黒で題名がかいてある。すべての本がそうなので、これは驚いた。
  中国の古書のこぐち書きのようなものだが、この習慣が意外に広く行われたものなら、古い時代の書斎の光景をかんがえなおさないといけない。


ボスの 特集展示をやっていたので、さっそく観賞した。
  http://www.patrimonionacional.es/escorial2016/#
  (この中で「十字架を運ぶキリスト」の絵はプラドの特別展に貸し出されていて、展示されていない。何かの間違いと考えられる。)

 エスコリアルの「乾草車」が中心である。私がいた間 客は私だけ。だれもみておらず、一人で十分観ることができた。監視人はかなり不審に思ったであろう。
 あとで経験したことだが、プラドのボス展は早くも混みまくっているので、この差にはまいった。エスコリアルへの来館者はグループ、学生子供グループなど中心に多いので、千客万来なのだが、このコーナーには誰も来ないのだ。
 色彩はカール リンフェルトがいうようにプラドのものよりずっと美しく保存もよい。 特に地獄の塔の階段を登る怪物の輝く青い色は本当によい。ただ、背景や細部には行き届かないところが多く、外側の「放浪者」はあまりに拙いので(プラドのものより拙い、ボイマンスの足下にも及ばない)、二点とも没後のレプリカだが、こちらのほうがやや劣るというところだろう。
ほかはタペストリーが多い。
快楽の園のタペストリーは、よくできているほうだが、
絵がブリューゲルの版画のように左右反転している。ただ、左翼は創造、右翼は地獄という順序は変わらない。
 これらのタペストリーはボイマンスで2001年に観た覚えがある。

 展示ポスターでは EL BOSCO y CALVARIOだから、修理を終えたロヒール ファンデアワイデンの 十字架図が展示しているはずだが見当たらない。
 実は、同じ部屋をしきってボスの展示とロヒール展示をわけてあり、私は見逃してしまって廊下にでて再度 監視の人にカルバリオといいつのって「あっち」と指し示され、ようやくロヒールをみることができた。巧妙な修理のためか、その日の午後に比較のため鑑賞したプラドの有名な作品群と比べてあまり遜色はないようにみえる。それに大きさが3mもある巨大さであり、初期ネーデルランド絵画のなかでは一画面としては最大クラスである。細密画のような小さな佳作が多いこの分野ではまれにみる傑作といっていいのではないか。イエスの足の傷からでた血は特に生々しくゼリーのように盛り上がり、十字架をたどって地面まで一条の筋となって流れている。こうしてみると背景といい、聖母とヨハネの銀のような白い衣といい、ジョンソンコレクションのものとよく似ている。

別室の絵画ギャラリーにエルグレコの聖マウリッツの殉教があったが、大したことはない。逸話によって過大評価されているのだろう。

マドリードで痛かった眼がエスコリアルに来たら回復した。どうも花粉症のような大気汚染アレルギーのようだ。

 帰りは標識に従って徒歩で駅までいったが、下り道とはいえ二〇分以上とかなり時間がかかる。はじめは変な住宅を撮影したりして落ち着いて歩いているが、途中でこの道でいいのかという不信感がでてくる。ボッス五〇〇年の旗があちこちにつけてあるのでそれをたどってまっすぐ下った。そうこうするうちに駅からやってくる観光客もいたのでなんとなく安心した。
12:13の列車になんとか間に合った。
なお、マドリード近郊では厳密に定時運行はなく日本のバスなみにずれるが、ここはターミナルなので定時のようだ。
これらで、思ったのはエスコリアルって法隆寺に似てるなあということである。どちらも駅からかなり距離があるが歩いていけないほどではない。疲れるのでタクシーを使いやすいところも共通だ。ただ、駅−>エスコリアル修道院は上り坂なのであまりおすすめしないが。そして法隆寺なりエスコリアル修道院以外にみどころがない。法隆寺ならまだ周囲に中宮寺や法輪寺や法起寺や古墳もあるけれど、エスコリアルは本当にそれしかない。他にあるという意見もあるが却下したい。

 実のところ、エスコリアルは直前までバスツアーで行きたいと思っていた。ところが、バスツアーだと「死者の谷」という戦没者墓地がセットになっているのがいやで一人でいくことにしたのである。こういう1つしか観るところが無く、しかも広大複雑なエスコリアルなので、安全性費用的時間的にはバスツアーのほうがよかったと思う。エスコリアル単独ツアーを企画して欲しかったなあ、と思っている。

  ただ、ツアーだとロヒールやボスの展示をすっ飛ばされたかもしれないから、まあよかったのかもしれない。


posted by 山科玲児 at 06:08| Comment(0) | 日記