2016年08月12日

ノーベル文学賞


中国の小説家 莫言 がノーベル文学賞をとったあとの話が東方にのっていたので、
[ノーベル文学賞]というのを思い出した。
 物理学賞 医学生理学賞、化学賞がまともなので、他のノーベル賞まで
おなじくらいまともで、世界の賢人に認められた世界最高のもの、と勘違いしやすい。
 あのノーベル平和賞の惨憺たるありさま、
 ノーベル経済学賞をとった学者が参画したファンドが倒産したという事実
これらを思い出すと、ノーベル賞というだけで平伏する必要はない。
 もともと、文学には言語の壁があるので西洋言語では美しく響く作品でも翻訳したらどうしようもなくなることも多いわけだ。だからノーベル文学賞なんかはスウェーデン学士院の趣味だろうと思っている。

をみると、知らない文学者が多いし、ユルスナールのように入っていて当然と思う人がいない。趣味的選択なんだろうな?と思う所以である。
   ノーベル文学賞作家と知らないで読んでいたのは、シンケヴィッチ とかヘルマン=ヘッセとかである。
芥川賞などと同じく、ノーベル文学賞 作品というので本を売るためCM活動としか思えないところがある。私が、ノーベル文学賞というのでのせられて読んだのは ガルシア=マルケス とゴールディングだったが、どちらも愛読書にはならなかった。翻訳の問題もあったかもしれない。
言語の壁が厚い、東洋の作家にはあまり色目を使わない方がいいのでは?と老婆心ながら思うところである。


posted by 山科玲児 at 19:21| Comment(0) | 日記