2016年09月29日

木版画と拓本

金石索 石索三.jpg

東方書店の宣伝紙「東方」の最新号428号に
  中国古版画散策 第21回 瀧本弘之
という記事があり、
「金石索」をとりあげている。
 道光年間に刊行された、木版画による金石図録で、画像石拓本を木版画で再現している(上イメージ)

 瀧本氏は、その「再現」の味わいについて、なかなか穿った、味わいのある評価をしている。
「但しそこには乾骼梠繧ノ編纂された四庫全書の精神が良くも悪くも反映されている。」拓本と比べると
「原作の図像の荒削りなところや不揃いなものが刈り込まれ、もとの金石の味わいがより典雅な方向に向けられているようだ。つまり当時の文化人の好みが自然に滲み出ているのである。」
というのは、誠に好ましい批評だと思う。
 更にいうと、こういう「金石索」図像の味わいは、日本の漢学者にも好まれたらしく、よく挿絵や表紙に採用されている。
 国会図書館デジタルコレクションでも閲覧できるようです。


 ところが、ちょっと気になったのは、瀧本氏が「拓本」として採用している図版である。これは、原拓の拓本ではないかもしれない。原拓の写真(下イメージ)と比べると、背後の縦筋がないし、殆ど見えないはずの始皇帝の袖の筋がみえたり、かなり変である。 これでは、「拓本」と比較しているとはいえない。ひょっとしたら石版図録の漢画集からとったものではないだろうか?

 これは、現シカゴ大学教授の巫鴻氏の著書「武梁祠」(2006、三聯書店)によるものという。
 巫鴻氏は、図像学的研究(イコノロジー それが何を描いているのかを研究する)を詳細に解説するのが主眼であるから、原資料が原拓だろうが重刻であろうが、描きおこしであろうが、かまわないのかもしれないが、他の人が拓本の資料として採用するのには注意が必要だと思った。

武氏拓本.JPG
posted by 山科玲児 at 09:22| Comment(0) | 日記

ちょっと失礼だろ


東方書店の宣伝紙「東方」の最新号に、
悩まない心をつくる人生講義―タオイスムの教えを現代に活かす 2016/3/7
チーグアン・ジャオ (著),    町田晶 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/dp/4861852153
の書評を、日本女子大学の某教授が書いていた。

老子を米国人むけに講義した本の内容、書評の内容は、別に問わないが、
評者が、著者「趙啓光」氏のことを「本書表紙にチーグアン・ジャオとあるので、本稿ではチー氏と呼ぶことにする。」というのは、ちょっと失礼ではなかろうか。

普通ならジャオ氏だろ、そりゃマジャール人とか、ピカソの本名とか、いろいろ姓名がわかりにくい外国人の名前は少なくないが、この場合はチャイナの人であることは明らかなんだから、よほど無知な人でなければジャオ氏か趙氏というだろう。

この評者は、年齢も高く学会でも高名な方のようだから、あるいはチーグアン・ジャオ氏を個人的に知っていて、あだ名的に使っているのかもしれないが、これは一般に流布する文章で、個人メールでも手紙でもない。


posted by 山科玲児 at 08:38| Comment(2) | 日記

ボス展のカタログを読む その16 工房作の定義

Bosch Prado 2016.JPG


プラド美術館の学芸員 Pilar Silva Marotoおばさんの論説
Bosch and His Workのうちカタログページ46pに、「工房作(WORKSHOP OF BOSCH)」という言葉がBRCPで乱用されていると嘆いておられます。

BRCPカタログでは、1510年から1520年ごろとされる作品で、「工房作(WORKSHOP OF BOSCH)」にしているものがあり、1516年以後の作品を「工房作(WORKSHOP OF BOSCH)」にするのは、
「画家が墓の中から蘇って制作しているかのようだ」

と皮肉っています。いうまでもなく、この言葉の背景にはキリストの墓からの復活や、最期の審判のときの死者の復活を背景にしています。
つまり、用語の定義 使用法が厳密でないと「真贋論争」とかいってもむなしいだけで、意味の無いものになるということです。

Silva Marotoの議論を当方が整理・敷衍したのが以下のような分類です。

*ボス生前の、画家が全部もしくは主要な部分の制作をしたオリジナル
 (小生:二人以上の画家の共同制作というのもあるかもしれません。例えばQ.マーテイエスとパテニールの共同制作やルーベンスとヤン=ブリューゲルの共同制作は有名です。また、ゲントの祭壇画は二人の画家が引き継いでます。ボスが未完成で残したものを弟子が完成させたものや、あとで大幅に弟子もしくは他の画家が描きなおしたもの(St Wilgefoltis Triptiqueの両翼がかなり怪しい)をどう扱うか?という問題は留保します)

*ボスの直接の指導のもとに協力者や弟子が制作した工房作「工房作(WORKSHOP OF BOSCH)」

*ボス生前・死後を問わず、弟子や協力者が独立して制作した「弟子の作品」(pupils)

*ボス生前・死後を問わず、ボスと面識もない別の画家がボスの画風に倣って描いた「模倣作(after Bosch)」「ボス派の作品」followers of Bosch /Boschian

 を、分けて考えないといけないということです。勿論、判別することが難しいケースが多いでしょうが、最初からグチャグチャにしていてはどうしようもない。


posted by 山科玲児 at 06:41| Comment(0) | 日記