2016年10月09日

マスコミのトランプ叩き

直接関係の無い?日本のマスコミがトランプ叩きやっているのは、まことに不思議。

やっぱり、クリントンは中国韓国の味方なんだろうなあ。

そうでなきゃ、あんな無茶な報道管制めいたトランプ叩き、クリントン擁護やるはずはない。

なんか、鳩山由紀夫が総理大臣になった、あのときの選挙のときの息苦しいマスコミ総出のキャンペーンを思い出しました。



posted by 山科玲児 at 15:05| Comment(0) | 日記

ボスとローマの街頭画家


Early DElight HELL detail 2001 cat.JPG

  今回、ボスの作品、特に「快楽の園」を細かく観る機会があった。右翼の地獄の遠景の群衆は特に戦慄的である(イメージ)。ほんとうに簡単な描写なのに、人体の動作や感情が自ずから伝わってくるところがすごい。

  ところで、1980年夏に、ローマを訪ねたとき、ナヴォーナ 広場
で、自作の油絵の小品や、油絵つけた装飾品を土産物みたいに売ってた若い人から、絵を買いました。
 4枚組の絵です。5cmぐらいの小さい絵です。が、なんとなくこういう描き方の伝統を受け継いでいるような気もします。 MAURIZO という名前の画家だそうで、サインも入ってます。
今、生きてるのかなあ??

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ROME MAURIZO2.JPG
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ROME MAURIZO4.JPG
posted by 山科玲児 at 11:47| Comment(0) | 日記

近藤瓶城の出版

続修正倉院  存採叢書ss.jpg


明治時代に、日本の古文書や古書籍を刊行した出版人に

近藤瓶城 という人がいる。

実は、続修正倉院文書 をこの人が活字版和本で
存採叢書の一部として刊行していて、それを貧架に架蔵しているので、

なんとなく関心があったのだが、どういう人だったのか全くわからなかった。
Wikipedia によると
近藤 瓶城(こんどう へいじょう、天保3年2月19日(1832年3月21日) - 明治34年(1901年)7月19日)は幕末・明治時代の日本の漢学者。本姓は安藤。名は宗元。字は君元。通称は圭造、元三郎。別号は省斎。三河国岡崎藩の儒学者。

史籍集覧  や続史籍集覧などの叢書をも、刊行している。

 廃藩置県で、失職した武士のなかで、学校や出版業をやった人がいたみたいだけど、この人もそういう人なのかな。





posted by 山科玲児 at 10:06| Comment(0) | 日記

2016年10月08日

フリーアの宜興陶磁

紫泥清韻ss.jpg



 香港中文大学分文物館で、1997年に開催された、康煕年間の 宜興陶磁の有名作家 陳明遠の図録があります(イメージ)。
 紫泥清韻 陳明遠陶藝研究 Themes and variations : the Zisha pottery of Chen Mingyuan
   今は絶版のようです。
 この展覧会は、当時、知らなかったので行っていないが、惜しいことをした。近年でも、うっかり見逃した展覧は多いのかもしれない。ボス展は2年も前からねらいをつけて何が何でもいこうという構えだったからいけたのだが、他の場合はなかなかそうはいかないもののようです。
 最近、ちょっと発心して、台湾の書店から通販で買ったこの本を、再読していたとき、面白いことをみつけました。
 清末民国始めの絵画書法の大コレクター虚斎と号したホウ元濟(1864?1949)が、1916年にC.L.フリーアに絵を売ったとき、一緒に宜興陶磁器を2個つけたという逸話です。 しかも虚斎名画録(これは有名)じゃなくて虚斎名陶録というのがあって、記載されているのが皆、宜興陶磁だというのだ。 そうするとその陶磁器は、当代きってのコレクターから出たものだということになります。しかも、少なくとも1916年よりは古い。
 その2つが、これ。
なんかさ、これ、時大彬風なんじゃないの? わりとしっかりしたものですけど、時代性はどうなのかな。
陳明遠 の印があるが、もう一つ「陽羨」の印があるみたいです。これはあまり例がない。

水洗
http://www.asia.si.edu/collections/edan/object.php?q=fsg_F1916.577a-b
いくらなんでも、この陳明遠の印はダメでしょう。
つくりも粗雑です。

 こういうのが、清末民国始めの絵画書法の大コレクターのものなのか?
 どうもね、このとき大コレクター虚斎はギャンブルの借金が嵩んで、それを返すために絵を売ったということだそうです。そういう状況のときは、そうひどいと思っているものを売るわけではないんじゃないかな。金にしないといけないからね。
 どうも、当時のコレクター間でも、既に陳明遠については、怪しくなっているのではないのかな。
 また、困ったことに、1920年代30年代でも、当時の名人と呼ばれ、現代では作品が高価に取引される顧景舟などの作家も贋作を作っていたらしい。

 フリーアの2点、どっちも、陳明遠ということだけど、下のイメージの栗のほうが、良いんじゃないの。

栗  宜興 陳明遠.JPG


posted by 山科玲児 at 18:46| Comment(0) | 日記

今日はお祭り

コッコデショ.JPG

今日は、長崎の「おくんち」という祭礼の日です。
イメージのような「コッコデショ」という
出し物がありました。

これは、本来、樺島町の出し物なのですが、6年に一度ぐらいなのに、人気が近年高いので、
上町でも、是非やりたいということで、やることにしたのだそうです。


タグ:長崎
posted by 山科玲児 at 16:31| Comment(0) | 日記

2016年10月07日

トムヤムクン


ガムランディー  トムヤム麺.JPG




 久しぶりに博多 大名のガムランディーで トムヤム麺(イメージ)を食べました。
  やっぱり、重厚で良いスープだよなあ。

 最近は、トムヤムクン風みそ汁

  を食べているので、なんとなくトムヤムクンに対する観念が間違ってきているような感じがします。やっぱり、たまにはまともなタイ料理食べないと、味に対する観念がおかしくなるなあ。


posted by 山科玲児 at 09:04| Comment(0) | 日記

2016年10月06日

ボス展のカタログを読む その18 お金持ちの同居人

Bosch Prado 2016.JPG

 ヒエロニムス=ボスが市の名士になったのは、名士の娘 アレイト(Aleyt Goyaerts van den Meerveen)と結婚したから、ということは、昔からいわれています。
  カタログのプラド美術館の学芸員 Pilar Silva Marotoおばさんの論説
Bosch and His Work  で、「ボスの家族は6世代にあたる画家一族で、ボスは4代目」ということがあったのは、前 注意しておきましたが、親族のこと、同居人のことなど、興味深いことが書いてありました。

  まず、妻アレイトの甥Paulus Wijnants(1470/75 -1543/46)という人が、1492年頃〜1502年頃まで約10年間、ボス夫妻と同居しています。しかもこの人がどういう職業だったのか記録がないんですね。まあ、無名の人の記録がないのは不思議ではないのですが、単なる居候じゃないんですよ。ときにはボスより多くの税金を払っていた高額所得者です。戦時臨時税のときですが、ボスは3ギルダー金貨(=60ストイバー銀貨)を支払い、Paulus Wijnantsは30ストイバー銀貨を払っています。1ギルダーは今の金貨価格換算なら1万6千円ですが、当時の物価との兼ね合いがありますので即断できません。とにかくかなりの金額です。Paulus Wijnantsはアレイトの親族の土地を相続した不在地主だったのかもしれませんし、当時の税金は固定資産税の部分が多かったでしょうから、そういうことだったのかもしれません。しかし、そういう金持ちなら10年も同居せずに、ス・ヘルトーヘンボスの他の住居に住めたでしょう。それが10年も同居してます。なぜなのか? Pilar Silva Marotoが引用するMosmansは「ボスの助手の画家だったのではないか」という推測を書いているそうです。
  この1492年頃〜1502年頃てのはボスの制作活動でも最盛期と思われる時代です。その時期の同居人? 私は、ボスの作品といわれる作品のなかには、このPaulus Wijnantsの作品がかなりあるような気がします。
 このPaulus Wijnants氏は1502年にス・ヘルトーヘンボスの他の住居を購入して転居してます。これはElizabeth Cuypersとの結婚が機会だったのかもしれません。ボスの住居はボス逝去後、未亡人アレイトが住んでいたようです。その後、ボスの家を相続して移転してきたのは、このPaulus Wijnants氏なんですね。
 また、ボスの本家、ファン=アーケン家の家屋は長男のホーセン=ファン=アーケンが相続していて、この人も画家でした。この人の息子であるJan van Akenもやはり画家兼彫刻家でした。このJan van Aken氏は、ボスやPaulus Wijnantsほど収入がなかったようです。1502−3年にJan van Aken氏は⒛ストイバー銀貨を税に払ってますが、ボスは99ストイバー払っている。1512−13年にボスとPaulus Wijnantは14ギルダー(280ストイバー)も払っていますが、Jan van Akenは38ストイバーです。

  ただ、Jan van Aken氏はボスと極めて近いところにあった画家でしたから、彼の作品も伝ボスの作品に紛れ込んでいそうですね。Frederic Elsigはブリュージュにあるヨナ祭壇画、ブリュッセル近郊アンデレヒトにある三賢王礼拝の祭壇画をJanの作品と推測しているそうです。


posted by 山科玲児 at 10:05| Comment(0) | 日記

2016年10月05日

マドリードの古本屋

postcards2.jpg


  マドリードの中心街の古本屋で、こういう絵葉書を買いました。右はタラ サラダ、左はスペイン風オムレツです。なかなか良いイラストだと思うんですよね。
 裏には、料理法 レシピがちゃんと書いてありました。

 マドリードの古本屋(下イメージ)は、
   Libreria San Gines, Calle del Arenal, Madrid
    http://www.cuv3.com/2014/10/06/libreria-san-gines-mas-de-300-anos-en-madrid/
  で、なかなか良い感じのお店でした。
   当然ながら、スペイン語の本が殆どなので、それほど楽しめないのが残念でした。


Libraria ST GENIS.JPG
タグ:マドリード
posted by 山科玲児 at 09:35| Comment(0) | 日記

2016年10月04日

ボス展のカタログを読む その17 リングつきの鎖

bosch cat drawing koreny.JPG

 ウイーンのコレニー博士(Dr. Friz Koreny)の素描の解説のなかに、興味深い一節があった。カタログNo.43 ベルリンの素描(イメージ)の怪物の両足(両手)にまたがってぶら下がっているリングがついている鎖のような装飾品がある。これと、ゲント美術館にある「十字架を運ぶキリスト」の赤い盾(イメージ)にもあるというのだ。これは、ゲントの絵の中央上部にある顔とこの怪物の顔がそっくりだという議論のついでに書いている。
Bosch  gent   christ carring  CHAIN.jpg


  私は、面白いと思い、もっと他にもないかとカタログをひっくり返していたら、もっとそっくりなものがみつかった。ボス作品まちがいのないプラド美術館の「三賢王礼拝 三連祭壇画」の中のあばらやからでてきている王冠を飾ったアンチキリストの両腕の間片腕と冠ケースのようなものを繋いでいる?そっくりなリングをあしらった金鎖がぶら下がっていた(下イメージ)。

 これは、このベルリンの素描の怪物の両足の間の鎖と全く同じである。

Adoration Magis Prado detail.JPG

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九州国立博物館で 京都 高山寺と明恵上人 鳥獣戯画

高山寺 子犬Image6.jpg



九州国立博物館での特別展「京都 高山寺と明恵上人−特別公開 鳥獣戯画」
平成28年10月4日(火)〜11月20日(日)
休館日:10月17日(月)、10月31日(月)、11月14日(月)

の開会式と内覧会にいってきました。

いやあ、内覧会(プレビュー)で、こんなに混んでいるのは初めてでした。

鳥獣戯画の甲巻なんか、全く観ることはできません。
主催者のTVQ九州放送 代表取締役のかたが挨拶されたように、「混雑する展覧会」になるだろうな。

困ったなあ。

鳥獣戯画の丁巻は、小さなモノクロ図版でみていると、単に下手で粗雑なだけ、書きなぐりにしかみえません。ところが、実物は結構、墨色・筆致などの味わいがあり、悪くない感じがありますね。
これは、甲巻乙巻とは違う、、仙崖の禅画のような見方でみると面白い。このころの絵巻物は、つい信貴山縁起絵巻や伴大納言のようなものと比較してしまうから、かえって素直に味わう事が出来ないということになってしまってますね。丙巻の前半にもそういう傾向がありますね。

高山寺にある 動物彫刻というのが、もう一つのみどころです。鹿は、春日の神鹿という縁だったんでしょうが、たまに京都国立博物館に寄託され展示されていたので観たことがあります。 いろんな角度で観賞できたのは、これが初めてです。 愛らしい「子犬」(イメージ)は昔、東京国立博物館で展示されていたことがありました。こんな優れた彫刻が無視されているのは惜しいと思いました。狛犬も4体あって、いずれも面白い。




posted by 山科玲児 at 08:58| Comment(2) | 日記