2016年10月16日

長崎:古代ギリシャ展の掘り出し物

長崎県美術館 古代ギリシャ展ss.jpg


東京国立博物館で開催されていた、 古代ギリシャ展が長崎に巡回してきました。次は神戸に巡回するそうです。
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1787#top

古代ギリシャ ─ 時空を超えた旅 ─(2016年10月14日(金)〜12月11日(日)長崎県美術館 )
http://www.nagasaki-museum.jp/exhibition/archives/439
です。共通な特設サイトは、


さっそく行ってみましたが、掘り出し物がありました。
2004年にエーゲ海のKythnos島近海で偶然みつかり引き揚げられた青銅像です。展示の終わり近くの部屋にありました。500mの深さから回収ということになっています。この深さでは潜水夫では無理ですから、深海漁の網にひっかかったとか、潜航艇を使ったとか、なんか事情があったのでしょう。

ほぼ等身の若者の像で、首などが欠けていますが、将にギリシャ古典期、あるいはそれより少し後の時代のオリジナルで、素晴らしい作品です。
 bronze man  cyklades Kythnos  ephorate antiquieties Athen
  https://gunosy.com/articles/RIWM6
これを、ガラスなし、裸で至近でみれるのですから、有り難い。ちょっと危険な気もしましたね。マナーを守りましょう。

ところが、音声ガイドにも入っていないようなので、どうも企画側があまり重要視していないようですね。
なさけないことです。有名であるかどうかしか関心がないんだろうな。

 これを機会に2000年ごろに書いた文章を、再度掘り出してきました。そう間違ったことも書いていなかったようです。
 どうも、古代ギリシャ彫刻は、ランク的には、 象牙+黄金+木材が最高ランク、次が青銅、そして欧米人がルネサンス以来讃仰してきた大理石像はその次のランクじゃないかと思いました。

 *** 旧稿 ***
ギリシャ彫刻というと、白い大理石に見事な衣の線と肉体の線を表したものをイメージします。ミロのヴィーナス:ルーブル美術館がその代表でしょう。彫刻の素晴らしさでは、大英博物館の彫像群(エルギン・マーブル)が更に上をいきます。  こちらはアテナイのパルテノン神殿から剥したものですから。パロス島などのエーゲ海の島から採掘される大理石が特に珍重されたようです。

  古代ギリシャのアポロンの聖地:デルファイの博物

の図録を見て、大理石中心の見方をふと疑いたくなりました。象牙製で黄金・銀で飾った等身大の彫像頭部が2体カラーで紹介されていたからです。博物館のサイトでも紹介されています( 2016年現在、 http://ancient-greece.org/museum/muse-delphi.html。色が青く変色していますが、どうもまともな出土品のようです。男性頭部はアポロン、女性頭部はアルテミスと考えられています。
ローマ時代(紀元後2世紀)の旅行者パウサニアスの記録では、古代ギリシャ最高の芸術家フィディアス(紀元前5世紀)がオリンポス神殿に造った高さ12m余のゼウス坐像は、木と黄金と象牙製で、変形を防ぐため頻繁に油をかけていたそうです。このゼウス像は世界七不思議のひとつとされるように、あまりにも空想的な記述に思えたので、真に受けていなかったのです。しかし、現実に黄金と象牙の等身大の彫像を見ると、どうも本当らしい。従来のギリシャの出土品では、極小さな象牙装飾品しか見ていなかったので、信じられなかったのです。

  また、アテナイのパルテノン神殿の中心にあった、同じフィデアス作の高12mのアテナ立像(B.C 438))も同じく黄金と象牙と木で造られたものでした。巨匠フィデアスの最も有名だったこの2つの作品は、いずれも大理石ではなかったらしいのです。
  しかし、象牙と黄金という組み合わせは金で彩どった大理石とよく似た色の配合だと思います。このアイボリーホワイトとゴールドという、アンピール様式(ナポレオン帝政時代)のような組み合わせが古代ギリシャ最盛期ペリクレス時代に流行したらしいと推測したくなります。
   また、南イタリアのリアーチェ沖海底から引き揚げられた等身以上の見事な青銅の戦士像2体、ギリシャのアルテミシオン沖から引き揚げられた青銅ポセイドン像(アテナイの国立博物館)を考えると、大型の青銅像も盛んに造られていたことがわかります。

  以上のことから、古代ギリシャの高級な彫刻は大理石が主流ではなかったのではないか?と考えだしました。黄金・象牙・青銅はそれ自身が財宝・資源なので、戦争や宗教弾圧では真っ先に略奪され、破壊され、溶解されたでしょう。残った大理石像の断片で、ルネサンス以降の人々が古代ギリシャを偲んだために、大理石中心のイメージができたのではないのでしょうか?
***旧稿  終わり ***

posted by 山科玲児 at 08:40| Comment(2) | 日記