2016年10月24日

出土文献と伝世文献のバランス


 最近、
周―理想化された古代王朝(中公新書)
2016/9/16
佐藤 信弥 (著)
   http://www.amazon.co.jp/dp/412102396X
との関連で、宮ア市定の西周抹殺論について言及したが、
 その全く逆の、
 少数例の出土文献の盲信によって、誤った結論を出した例がある。

馬王堆 帛書  老子 乙本の発見時に 旧来の老子にあった字句の細部「無為にして為さざるなし」をさんざん攻撃した文章が1982年の「馬王堆漢墓」にある。ところが、更に古い老子竹簡が郭店楚墓からでて、それは旧来の伝世本と同じだった。これで、どうともいえなくなった。古い出土文献は尊重するべきだが、あくまで偶然残ったものなので、古いから絶対正しいというような盲信は危険だろう。
まあ、バランスが大事だよなあ。

posted by 山科玲児 at 13:43| Comment(0) | 日記

百枚の定家

百枚の定家.JPG

  
  モデル小説として、速読してたのしみました。
 明らかに実在の業界の有名人(近年  物故された方が多い)をモデルにしている登場人物だな、とありありとわかります。 あの人とかあの人とかね。ただ。もう少しひねったほうがいいのでは?と思うぐらいです。名誉毀損にはならんでしょうがね。 2,3人のモデルを合成したものもあるようですね。 あれはどこの博物館だな、あれはK先生だなとか推定しながら下世話な噂話に花を咲かせて読む本でしょう。そういや源氏物語も一条朝のころのモデル小説だったという説もあるようですね。

  著者は中国書画にはあまり知識がないようですが、本題は藤原定家の百人一首色紙 小倉色紙がテーマだから、かまわないのでしょうね。

 実は、長崎市立図書館の現代小説コーナーの「五百頁を超える小説」特集展示においてあった一冊です。 表紙とキャッチコピーにひかれて借りてきて、とばし読み的に読みました。こういう西本願寺三十六人家集のようなデザインには、私は弱いということでしょうか。ただ、表紙に刷ってある文字は定家風ですね。定家の書で、このタイプの豪華な紙に書いたものはないはずです。重ね刷りなんでしょう。

 1日でとばし読みしましたが、退屈ということもないのは、プロの小説家の筆ですね。
  ただ、小説としての内容は薄く、伏線の解決もあいまいです。しかし、美術館・骨董屋・古筆取引などの描写、小倉色紙という有名な割りには美術品としては白眼視されているアイテムをとりあげたこと、などは面白いところです。

百枚の定家
梓沢 要
新人物往来社 (1998/11)
http://www.amazon.co.jp/dp/4404026838


posted by 山科玲児 at 09:15| Comment(0) | 日記