2017年02月24日

クローツ家の米国移住

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  この絵の解説に付属したクローツ家の米国移住の話があまりに興味深かったので、抜粋翻訳してみました。()内は当方の注釈です。

  全文は英語で読んでくださいね。ルスが舞台俳優としてドイツで活躍し、結婚披露はミュンヘンの舞台でやったという話、ニューヨークのクローツ邸には指揮者ショルティも来たという話なども書いてあります。


  第2次大戦が終わってまもなく、ヒューゴー クローツLeopold Hugo Paul Klotz(1909 - 1993)と新花嫁 前ライデル女男爵ルスRuth Baroness von Riedel はニューヨークへ新居を探す旅にでました。ヒューゴーはメクレンブルク(当時はソ連占領地)にネオゴシックの邸宅をもつベルリンの名家の唯一のあととり息子です。当時のドイツの政治的状況から逃げるために、ヒューゴーの家族はベルリンのティーガルテン近くの別宅にあった美術コレクションを梱包しPONTRESINA(スイス  サンモリッツ付近の村 リゾート地)に移送させていました。
  中略
  ヒューゴーはウオールストリートで株式ブローカーとして働くのに通勤しないといけないので、最初マンハッタンの近くで家をさがしました。
 ニューヨークの山側郊外にあるCatskillsのそば MonroeにあるBonniebrook Farmにある美しいがあまり実用的でない古い屋敷をみつけました。そこをヒューゴーの両親がベルリンから運んだ宝物で満たしたのです。
  両親もまたドイツを離れHotel Pierre(五番街のそばの高級ホテル)に住みました。安全上、高価なレンブラントの「エウロパの略奪」はメトロポリタン美術館に長期寄託されておりました。ヒューゴーの死後、ポールゲッティ美術館に売却されました。
 当時、クラナーハの聖バルバラは、ドイツの値段が付けられない宝物と同様に行方不明でした。ヒューゴーとルスが偶然、ニューヨーク警察署長マンフレッド=シュライバーManfred Shreiberとともにランチをとるまでこのクラナーハの行方はミステリーでした。会話が行方不明の美術品のことになったとき、シュライバー署長は、その絵は、ヒットラーの銀行家(クリスティーズの記録ではゲーリングらしい)が岩塩抗周辺に隠した、よくわからない美術品群のなかにあるかもしれない、と示唆しました。
ルスはそれを取り戻すことを決心し、研究調査を開始し、ついに回収することができました。ヒューゴーはこの絵を妻に与えて「ルスのクラナーハ」と呼びました。

つっこみどころ満載です。
??いきなりニューヨークにいってドイツ人がウオールストリートで株式ブローカーになれる??
??スイスへ運んだのはなぜ??
??ニューヨーク警察署長がなんで知ってるんだろう??

posted by 山科玲児 at 06:57| Comment(0) | 日記

正反対

DER SPIEGELNo62017Feb04.JPG


かなり遅れた話題になりましたが、

図書館の海外雑誌コーナーで、

ドイツの雑誌シュピーゲルの表紙をみて、うんざりしましたので、表紙の写真をケータイで撮りました(イメージ)
DER SPIEGEL 2017 feb04
トランプ大統領の風刺画らしいのですが、

パリでのテロに関わった  仏蘭西雑誌 シャルリーエブドのマホメット風刺画より ひどい出来ですね。

  まず、自由の女神を斬首しているトランプというのが、おかしいというか正反対です。トランプは言いたい放題言ってるわけで、くだらない「言葉狩り」をやめよう、「メリークリスマスといえる社会にしよう」とやってるわけでしょう。これは、言論の自由を回復しようという主張なのだから、まさに「自由の女神」の使徒といっていいでしょう。斬首どころか「礼拝者」ですね。

 「言葉狩り」で「言論の自由」を弾圧しているのはマスコミのほうです。無制限な自由は、公共の福祉のための制限を受けるわけですが、マスコミの福祉のための制限/弾圧だもんな。


  


 
posted by 山科玲児 at 06:38| Comment(11) | 日記