2017年03月05日

鑑定団「曜変天目」の科学検査

曜変天目  君観台左右帳記.jpg

徳島市男性の「曜変茶碗」 化学顔料ほぼ検出されず   2017/2/28 14:10
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/02/2017_14882573150769.html

詳細な報告を読むことができないので、なんともいえないのですが、なんか、見当違いの意味の無い検査をやってますね。蛍光X線検査でわかるのは釉薬の元素組成です。その天目茶碗だけみていてもわからないのではないの?
偽物の同類と指摘された現代中国のおみやげものと比較してどう違うのか、を検査しなければ意味がまったくないでしょう。ちなみに藤田美術館の曜変天目は蛍光X線検査したことがあるはずなので、その結果と比較する議論をやらないのかな。

  非破壊的に陶磁器の年代を測定する方法は私は知りません。破壊的なのはフレミング法ですね。ほんの少しですが高台の下あたりから破片をとる必要があります。

  それに、百万歩ゆずって12世紀南宋建窯の陶磁器だったとしてもですよ、そういう天目茶碗は「禾目」「油滴」など多数あるわけで、あの斑紋が「曜変天目」だとは到底みえないんですけどね。ちなみに私がまえ言っていた黒釉白斑なら、白の釉薬はアルミを含む藁ですし、唐時代からある釉薬だからこの化学分析とも一致しますけどね。


>奈良大学サイトの情報::
奈良大学 魚島 純一うおしま じゅんいち
研究テーマ・領域文化財保存環境の管理、特に低酸素濃度処理等を中心とした簡便で実用的な文化財加害害虫の管理に取り組む一方で、非破壊分析による銅鐸などの保存科学的調査を行い古代のわざの解明を目指している。

また、
KAKENの資料では
レバノン共和国所在壁画地下墓の保存修復研究(U)2010-04-01 – 2015-03-31
に参加されている方で、文化財修理の専門家のようですね。

   どうも古い陶磁器にこころえのある専門家とはいえない人のようです。 なんか化学成分検査を依頼されてやりました、、という感が強いので、魚島教授には、ちょっと気の毒ですね。

イメージは 君観台左右帳記の曜変天目の記述です。



posted by 山科玲児 at 15:54| Comment(0) | 日記

楷書を「隷書」と称していた


朝侯小子  気.jpg

  楷書と隷書について、事情を更に更にややこしくしているのが、唐時代とそれ以前には「現在の楷書(イメージ右)」を「隷書」という名前でよんでいたらしいということです。他に「正書」「真書」ともよんでましたが、「楷書」って言葉はあまり使われていなかったことなんですね。
  で、「現在の隷書(イメージ左)」は「八分」とよんでいたらしい。
清末の金石学の集大成のような葉昌熾、語石(1910)
の巻8には、「今の所謂楷書は、古人が隷書と謂ったものである」
と書いてあります。

 また、孫過庭書譜箋証 の引用からさらに孫引きですが、、
宋時代の王應麟「玉海」には、「唐以前には、皆、楷書を隷書といった」
明の李卓吾も「今、古法帖の隷書をみると、全て現在で謂う小楷書である」


実際、
唐時代ACE759ごろ(玄宗後半期?)活躍していた張懐カンの「書断」は法書要録、巻七に収録されてます。そこで、各書体を得意としていた有名人をあげているんですが、、

古文、大篆、チュウ文、小篆、八分、隷書。章草、行書、飛白、草書
なんですね。

あれあれ「楷書」がない!!!

  つまり、当時は今の楷書を「隷書」とよんでいたわけです。そうじゃないとかんがえられないでしょ。
だから、古い文献で「王羲之は隷書を得意とした」と書いてあるのを読んで「王羲之の隷書が存在しないのはおかしい」とか議論するのは全く的外れなのです。もう、中国書道史研究をやってる相当真面目な大学教授でさえ、間違ったことを書いてるぐらいこの問題は混乱しております。

「王羲之の隷書」てのは「楽毅論」(下イメージ)のような楷書のことです。

REF.  葉昌熾、語石(1910)(中文)、台湾商務印書館、1976年2版
REF.  張彦遠, 法書要録, 人民美術出版社, 北京, 1984
REF、朱建新(1905-1967)、孫過庭書譜箋証 、上海古籍出版社、1982


楽毅河出P1.JPG
posted by 山科玲児 at 09:11| Comment(0) | 日記

楷書と隷書

朝侯小子 上.jpg朝侯小子  気.jpg




 先週、楷書と隷書のことで、言い争いになったので、この件をちょっと書いておきます。
まあ、書体の名称や実体については、印刷業界やデザイン業界の人や書道関係の人ぐらいしか意識しないのではないかと思います。したがって、学識ある高齢の人でも、書体の名前については無知なことが多いし、わけがわからないことになりやすいものです。

  また、印刷書体としてのゴシックや斜体などはまた別物で業界用語も多いので「ナール」とか、、ますます言葉が通じにくくなります。

ゴシック体.jpg

  まあ、一般の日本人で楷書と隷書の区別がついている人は1%いないのではないか?と思っています。
 上イメージに左は典型的な隷書;朝侯小子残碑(後漢後期 2世紀)、右は楷法の鉄則とさえ賞賛された楷書の典範:九成宮醴泉銘(唐 7世紀)の例を比較させておきます。

 書体について議論するときは言葉ではなく、実物をみながらやらないと無理でしょう。電話で打ち合わせなど無理です。
posted by 山科玲児 at 08:27| Comment(0) | 日記