2017年03月19日

曜変天目の科学検査もつまづいた


 


2017年03月05日に、
鑑定団「曜変天目」の科学検査
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178994907.html
という話題を書きましたが、

曜変天目茶碗の真贋論争 「奈良大の分析に欠陥」【徳島ニュース】- 徳島新聞社
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/03/2017_14898017677213.html
というニュースが入ってきました。
頭の悪いマスコミとしちゃ、このへんで幕引きしたいところでしょう。

「マンガンが検出されなかった」ということが本当なら、「宋時代の陶磁器ではない」ということが確定した
と判断すべきでしょう。

ただ、この「マンガンが検出されなかった」というところにも問題があって、
「マンガンが検出されなかった」のか「マンガンが検出できなかった」なのか不明瞭なところがあります。
悪魔の証明ではないが「XXがない」ということの証明はなかなか困難です。

環境庁の文書
 金属成分の非破壊多元素同時測定法
(エネルギー分散型蛍光X線分析法)
 https://www.env.go.jp/air/report/h19-03/manual/m05_4.pdf
によると(8P)、この機械ではマンガンとクロムが混同されやすいしマンガンのピークが多量にある鉄のピークと混じりやすいのは事実のようですね。
波長分散型の機械ならもう少し分解能が高いようです。
奈良大学のサイトをみても具体的な機種名が掲載されておりません。
http://www.nara-u.ac.jp/faculty/let/cultural/news/2017/166
 このへん、学生に対しても失礼なのではないでしょうか?
どうも、奈良大学の機械はエネルギー分散型っぽい感じがしますので、あまり細かい分析はできないようにみえます。

  また、そうなると、
「マンガンがない」という結論もまた信用できないのではないかと思います。
これでまたグダグダになりそうなのでいやなんですが、しょうがないのかなあ。。

 
posted by 山科玲児 at 21:00| Comment(0) | 日記

日本国見在書目

日本見在書目 (2).JPG

日本見在書目 (1).jpg

孫猛  日本国見在書目詳考
出版社: 上海古籍出版社
ISBN-10: 978-7532576692
発売日: 2015-09
http://www.ato-shoten.co.jp/newweb/sas/el/10315807.php
http://www.amazon.co.jp/dp/7532576692

 なんか、3册 合計  2459頁!! というとんでもない大きな注釈書です。


 日本国見在書目ってのは、平安時代中期の891年〜894年ごろ藤原佐世が編纂した書籍リスト、漢籍のリストで, おのおのの本の解説はあまりなく、書名と巻数などが少し書いてあるだけのリストです。たぶん宮中の図書室のものなんだろうな。原本だけなら、とても薄いペラペラの1册です。この本は100倍ぐらい膨らませたものですね。インフレーションがすごいなあ。

 当時の日本にあった漢籍でも、現在、世界中に存在しないものが結構ありますので、巻数がわかっただけでも驚きなんですね。また、隋書などとても古い書籍目録には同じ本があったりするので、清代末期に楊守敬が紹介したときは学者間で評判になりました。

楊守敬が紹介したのは、これです。
1884年 古逸叢書
十九、影旧鈔巻子本日本見在書目一巻

イメージには、架蔵のものをあげておきます。
赤い本は、
日本見在書目證注稿 (覆刻日本古典全集) 単行本  ? 2006/11/30
狩谷エキ斎  正宗 敦夫

です。江戸末期の学者:狩谷エキ斎の写本からです。
再刊本はあるようです。
 http://www.amazon.co.jp/dp/4329026201

青い本は、
東北大学附属図書館の司書だった
矢島玄亮 が制作した
日本国見在書目録 集証の未定稿でガリ版本です。
これを、正式刊行したものらしいのが、
日本国見在書目録 集証と研究
矢島玄亮 著
1994/01/01
http://www.kyuko.asia/book/b9159.html

 

posted by 山科玲児 at 09:28| Comment(0) | 日記

84年前からおかしかったノーベル平和賞


  ノーベル平和賞は、選考するのがスウェーデン学士院でなくノルウェーというところが、すでにおかしいのだが、あまりにも政治的に使われすぎている感がある。そのために、どうみてもおかしいだろ、という受賞者が、現在でもときどきでる。科学関係ではまあ、まともなノーベル賞だが、一番うさんくさいのが平和賞、その次が欧米偏重の文学賞、学問自体が未熟なのでやむを得ないとはいえ、問題の多い 経済学賞、だろう。
 その怪しいノーベル平和賞を1933年に受賞した 
ラルフ・ノーマン・エンジェル(Sir Ralph Norman Angell、1872年12月26日 - 1967年10月7日)
という人がいる。

彼の世界的名声は、

第一次世界大戦の数年前に発売されて国際的なベストセラーとなった、
イギリスの経済評論家ノーマン・エンジェルの『大いなる幻想』(1910年)も、
当時の欧米諸国間の貿易と相互投資の急増を描写して、
「経済の相互依存性がこれほど高まった状態で、
諸国が戦争することなど考えられない」と主張した。

であった。
 ところが、1914年に第一次世界大戦が起こり、英国などは第2次世界大戦より多くの戦死者を出す悲惨な戦争になった。
ラルフ・ノーマン・エンジェルの議論は、間違えていたのに、
1931年にはナイトに叙任され、1933年にはノーベル平和賞を受賞した。
 なぜなんだろうか。

 しかも、その後も執拗に
「経済の相互依存性が高いと、戦争になりにくくなる。」という議論が繰り返されてきた。
 それを裏切る証拠には事欠かないのに繰り返されたのである。
  反証の一つとして、パールハーバー前の日米貿易は大変な大きさであり、米国は日本との貿易で莫大な利益を得ていた。日本の石油はほとんど米国から輸入していたし、鉄原料(屑鉄)なども米国から輸入していた。ここまで「経済の相互依存性が高い」のに戦争が起こった。

 戦争ではないが、2016年「英国のEU離脱 国民投票」のときも、「経済の相互依存性が高い」から英国は離脱しないだろう、とマスコミは散々宣伝したものである。

 どんなに反証があっても、マスコミに巣くう連中の頭の中には「経済の相互依存性」が善であるという信仰があるようだ。国際主義者で国家解体を指向していたらしいラルフ・ノーマン・エンジェルを祭り上げたのもそういう人々の思想によるものではなかろうか。ケインズの下記の言葉を再び思い出した。


*******   記   *******

  だが、思想というものは、もしそれが正しいとしたらー自分の書くものが正しいと思わない著者がどこにいようー、時代を超えた力を持つ、と私は、間違いかもしれないが、予言する。
   人々は現在、もっと根本的な診断をいつになく待ち望み、そのようなものがあればすぐさま受け入れてやろうと待ち構え、そしてもっともらしいという程度の診断であっても試しにやってみようとうずうずしている。
 だが、現代のこのようなムードを別としても、経済学者や政治哲学者の思想はそれが正しい場合にも間違っている場合にも一般に考えられているより遥かに強力である。事実世界を支配するものはそれ以外には殆どない。どのような知的影響とも無縁であると信じている実際家たちも過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。

  権力の座にあって、天声を聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透は直ちにではなくある時間を置いた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学及び政治哲学の分野では、25歳ないし30歳以降になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、従がって官僚や政治家やさらに扇動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、善にとっても悪にとっても危険なものは、既得権益ではなくて思想である。」


ソース:: ジョン=メイナード=ケインズの「雇用,利子および貨幣の一般理論」の末尾から


posted by 山科玲児 at 06:31| Comment(0) | 日記