2017年04月11日

タイ展

太宰府のタイ展にいってきます。


九州国立博物館 特別展「タイ 仏の国の輝き」
  
 会 期:
  平成29年4月11日(火)〜 6月4日(日)
posted by 山科玲児 at 05:43| Comment(0) | 日記

2017年04月10日

西漢 昌邑王墓の論語


去年いろいろニュースが出ていたらしい在位27日で退位したという
昌邑王海昏侯 劉賀墓から「論語」簡がどっさりでたようで、現在存在しない文章もあるようである。
この発掘については、実はOrientationsの最新刊で黄金や青銅器のことを読んで知ったんですが、
西洋人にはあまり文献には興味ないのかな、論語など多くの文献がでているようで、興味深い。
つうか、論語の簡は、定県論語以後はあまり知らなかったので、良いニュースになりそうですね。

 しかし、西漢の 昌邑王って、ムチャクチャ悪口いわれているけど、単に宮廷陰謀に破れただけなんじゃないのかな。 この辺が中国の正史の政治性というか、捏造というかを考慮しないといけないとこなのかな。



posted by 山科玲児 at 11:17| Comment(0) | 日記

墳壇刻石の拓本



友人のそのまた友人が1987年ごろもっていた原拓本の帖(折り本)であり、かなり虫が喰っていました。
 容庚、商承ソなどの見事な小楷の書き込みがいっぱいついていた旧拓でしたが、複製をとらしていただいたものです。そのうちでも曲阜の墳壇刻石は他ではっきりした拓本を観たことが無かったので、あえて紹介してみます。


どうもこの拓本は下記論文で使われたものみたいです(推定)。

居摂墳壇刻石をめぐる若干の問題
萩 信雄
posted by 山科玲児 at 08:16| Comment(0) | 日記

2017年04月09日

スウェーデンでテロ

盗んだトラックを暴走させたテロ

四人死亡、十四人重軽傷

子供達を計画的にねらった卑劣名テロ

容疑者はウズペキスタン出身の39歳

posted by 山科玲児 at 12:20| Comment(0) | 日記

北京 故宮博物院の中核

北支シュウ記 (1).JPG


  どこの美術館でも、貸し会場 ギャラリー的なところをのぞけば普通は中核をなすコレクションがある場合が多い。 例えば、ミラノのブレラはナポレオンが廃絶した北イタリアの教会から集めた美術品をミラノの美大に集めたのが中核になっているし、ペテルスブルグのエルミタージュは、エカテリーナ2世のコレクションが中核だろう。その中核に多くの追加コレクションが加わって巨大な美術館になるのである。

  では、紫禁城こと、北京 故宮博物院の中核:建築や建築付属装飾品以外の絵画や美術品はどこからきたのだろうか? 
 昔から、紫禁城の中身は台北にあり、北京にあるのは建築だけ、抜け殻だけだというような言い方がされていた。その意見には一理はあるが、北京には、蘭亭八柱の三本もあるし、清明上河図巻もある。他にも貴重な絵画墨跡工芸品がある。それらはどこから湧いてきたのか? 台湾へ逃げる蒋介石のスタッフがこのような貴重なものを放置したのだろうか? また、たしかに清末民国時代に民間に流出したものが寄贈没収購入などで戻ってきたものも多いが、それだけでは説明できない。

 私が考えるに、日本軍占領期に北京故宮内にのこっていたコレクションと満州国皇帝溥儀から没収したコレクションの一部、国民党が運びきれずに南京に放置した文物の一部が中核だろう。清明上河図巻は満州国由来である。前者には、楊凝式「神仙起居法」と2012年の東京での北京故宮博物院200選展に出た蔡ジョウの書、呉キョの書などが含まれる。これは、イメージの池田醇一氏の旅行記によって明白にわかる。

 おそらく、蘭亭八柱の三本も日本軍の保護のもと、北京の傀儡政権が保存していたものだろう。これらの唐模本といわれる蘭亭序の三本のことについては、
蘭亭八柱第一第二第三本はどこにあったのか?
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/105519243.html

細かくいうと、根拠・証拠は、、
「昭和16年5月、泰東書道院の機関誌『書道』(第10巻第五号)に、西川寧先生が北京からもたらされた『唐人蘭亭二種』の写真が掲載された」(谷村憙斎、1954)
である。これが、この蘭亭序模写本が日本に紹介された最初の機会だった。
昭和16年というと12月には真珠湾攻撃があった年であり、日本軍が北京を占領してから3年以上経っている。故宮博物院の主要文物は重慶周辺へ避難していたはずである。西川氏はどうやって写真を入手したのだろうか??
 もともと北京に残っていたと考えるのが当然ではないか。

REF 谷村憙斎、蘭亭叙の諸刻本とその系統、定本 書道全集4,河出書房、1954に収録。  
posted by 山科玲児 at 08:55| Comment(0) | 日記

ベルギー奇想の系譜展 続

Tonduls Bosch School.JPG

2017年02月20日に、
ベルギー奇想の系譜展の情報をあげました。
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178833263.html
公式サイトができたようで、兵庫でもちゃんとやるようです。



マドリード、ラザロ=ガルディアーノの「トゥヌグダルスの幻視」は、マドリードで実見しましたが「可愛い」という感じでした(イメージはマドリードで撮った写真)。

今回は、ロップスやデルヴィル、マグリットのほうが、面白いかもしれませんね。
ロップスの娼婦政治家もでますしね。

 
posted by 山科玲児 at 08:01| Comment(0) | 日記

今村復興相はよく我慢した

復興大臣  今村雅弘 氏とフリージャーナリスト 西中誠一郎との応答が復興庁のサイトに乗っています。


なんですか、この執拗な嫌がらせは。

切り上げることが出来なかった今村氏もやりかたが拙いと思いますが、この西中はストーカーみたいですね。

失言ねらいの鉄砲玉なんでしょうが、ほんとに卑しいなあ。。

そりゃ、今村氏が有能であるとか、発言や見識が優れているとかとは、ちっとも考えておりませんが、たとえ相手が無能で政治屋でおかしくても、この記者の嫌がらせはひどすぎるとおもいます。

私なら、もっと早くキレていたでしょうね。今村氏はよく我慢した、と評価したいところです。




posted by 山科玲児 at 07:05| Comment(0) | 日記

2017年04月08日

Wikimediaにある蘭亭


Wikimediaに蘭亭序関係の巻物の全貌がいくらかあるので紹介します。八柱第三(神龍本)はまあ普及していると思いますが、他は珍しい。
 黄絹蘭亭はもと大阪にあったのだが、今は台湾にあり、あまり尊重注目されないので写真も少ない。一応「領字従山本」では唯一の墨蹟本であるのにね。実見した印象は、確かにあまりよくはないけれど、それでも写真がないというのはどんなものでしょうね。
 伝  柳公権   蘭亭詩集てのは、「偽物」とされているものなのだが、じゃ、そもそもどういう由来で誰が何時書いたのか?とかいうことは何も分かっていないといってもいい、「偽物」で放り出してことたれりというのも変なことである。


伝  柳公権   蘭亭詩集  北京故宮
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lanting_-Liu_Gongquan.jpg
posted by 山科玲児 at 10:32| Comment(0) | 日記

2017年04月07日

今上天皇陛下が金羊毛騎士

toison dor.jpgtoison Dor sheep (1).JPG


  スペイン王夫妻が来日されたときの晩餐会の写真で
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170405/k10010938431000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_001
今上天皇陛下がなんか金の帯みたいなものを肩から胸にかけてますね。
これは、金羊毛 騎士団Toison d'ORの徽章で、真ん中に小さな羊が二つ折りになってぶら下がっているはずです(イメージのブルゴーニュ公もかけてますでしょ。本は、1962年7月〜9月でベルギーのブリュージュで開催された金羊毛騎士団展のカタログ)。なお、1811年に描かれた勲章デッサンでは一杯羊がぶらさがっています(下イメージ)。

金羊毛 騎士団 については、
http://reijibook.exblog.jp/1527600
http://plaza.rakuten.co.jp/yamashinareiji/diary/200707050000/
に書きました。
今上の陛下は、皇太子時代1985年に御入団、これについては、ちょっと異和感があります。
皇帝なんだから、団員というのはまずくないかな。
ただ、ナポレオン皇帝も団員だから、まあいいのかな。

toison Dor sheeps.JPG
posted by 山科玲児 at 08:20| Comment(0) | 日記

2017年04月06日

朝鮮半島での戦争は避けられないかもしれない


米本土攻撃、いつでも可能=「警告なしに敵つぶす」と北朝鮮紙
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017040501138&g=prk
>【ソウル時事】北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞(電子版)は5日、北朝鮮の軍事力について「水爆など多様化、軽量化された核兵器と運搬手段」を保有していると強調した。その上で「韓国と太平洋の米軍基地、米本土までも攻撃圏内に入れている」と主張し、常時攻撃が可能な状態だと威嚇した。
 また、金正恩朝鮮労働党委員長を狙った米国の「特殊作戦」が明らかになり、そのための兵力が韓国に展開中だと指摘。この状態が続く限り、「任意の時間に、事前警告なしに敵を無慈悲に踏みつぶす」と言及した。(2017/04/05-18:47)
>

 これが、本当に「労働新聞」(北朝鮮の人民日報)に出たものかどうかは、原文確認ができないので、米国一部勢力のプロパガンタかもしれないという可能性があるが、本当の北朝鮮の公式発表だと仮定しておく。

 そうすると、米軍の北朝鮮軍事拠点攻撃:空爆は避けられないかもしれない。例外は、人民解放軍による北朝鮮制圧と核・ミサイル接収が先に行われた場合だけだ。

 2003年イラク戦争のとき、米国は何を口実に戦端を開いたのか? 私はよく憶えているが、日本の報道機関が報道しているニュースの限りでは「大量破壊兵器の所持」だったはずだ。
  サダム=フセイン大統領のイラク政府は、何度も「そんなものはない」と繰り返し、国連査察も受けた。それなのに、「隠している」「査察を妨害した」と米国は繰り返した。「ないものを証明する」というのは悪魔の証明になりやすく、なかなか難しいものである。
 勿論、湾岸戦争以後の時点で、化学兵器を中心として大量破壊兵器をイラクがどっさりもっていて、それを破棄させられたのは確実である。だから、まだもっているという疑いがあったのだろうが、核兵器、を始め化学兵器、天然痘を始めどっさり大量破壊兵器をもってる米国がよくいうよ。という感じだった。
当時の開戦理由は以下で半分は石油利権のための因縁つけとしかいいようがない。
・イラクは大量破壊兵器の保有を過去公言し、かつ現在もその保有の可能性が世界の安保環境を脅かしている
・独裁者サッダーム・フセインが国内でクルド人を弾圧するなど多くの圧政を行っている
・度重なる国連査察の妨害により、大量破壊兵器の廃棄確認が困難である
・度重なる査察妨害によって、湾岸戦争の停戦決議である国連安保理決議687が破られている
・国際連合安全保障理事会決議1154で「いかなる侵害も、イラクにとって最も重大な結果をもたらすであろう」という、湾岸戦争停戦協定破棄条件の決議、つまり最終警告がされていた。
・決議1441では『最後の機会』が与えられたにもかかわらず、イラク側は査察に積極的な協力をしていない。
・フセインとアルカーイダが協力関係にある可能性がある(明らかな嘘)
 この程度の因縁つけの理由で開戦し、フセインも殺してしまった。挙げ句の果てにISダーイッシュまで生んでしまった。

  一方、北朝鮮は、「おれたちは大量破壊兵器をもってるぞ」と大声で叫んでいるわけだ。
 北朝鮮には大した資源もないし、なんの得にもならないから、今まで放置していたのだが、ここまで脅かされて退くような米国とは、到底おもえないんですけどね。例外は、あのノーベル平和賞もらったオバマ大統領だろうが、今はトランプだ。でも、JFKだろうが、ウイルソンだろうが、フーヴァーであろうが、リンカーンであろうが、こういう挑発には反撃するだろう。

   メイン号事件、トンキン湾事件の先例からいうと、ソウルの米国大使館に北朝鮮?のテロ、でっちあげのテロがあるのでは?  派手な爆破とか。。
  だから、まだ駐韓米国大使は決まっていない。わざわざテロ被害者になりにいく奴はいないから。

  もっとも、ここまであからさまだと、偽旗作戦で被害者ぶりっこをしなくてもいいかもしれない。
  なによりおかしいのは、なぜ北朝鮮がここまで自滅的な発表をしたのか??ということである。全く理解できない。 第二次大戦初期のナチスドイツだって米国の参戦を防ぐために、米国の様々な挑発、いやらしい裏からの攻撃にも耐え抜いたのにね。  習近平なりトランプなりからハルノートが届いたのだろうか?

 

posted by 山科玲児 at 08:38| Comment(0) | 日記