2017年06月30日

スカリス下院議員 暗殺未遂



米共和党議員銃撃、容疑者は反トランプ派の男 警察が射殺
6/15(木) 8:55配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170615-00010001-afpbbnewsv-int

議員の病状は、悪化してはいないようで助かるがリハビリが必要のようです。
DAILYMAIL
Steve Scalise now in 'fair condition' hospital says - but he will be in rehab
http://www.dailymail.co.uk/news/article-4626528/Steve-Scalise-fair-condition-hospital-says.html

 どうも、これは深い事件みたいですね。イリノイ州の人間がなんでわざわざ首都ワシントン(Washington D.C.)郊外に位置する同州アレクサンドリア(Alexandria)まで来てですよ、、
 トランプ大統領またはその周辺周辺ではなく、スカリス下院議員を狙わなければならなかったのか? 
 しかも、スカリス議員はイリノイ選出ではなくルイジアナ選出議員です。
 おかしいでしょう?? 


一部の情報では、
  スカリス下院議員Steve Scaliseは、幼児少年少女の誘拐・人身売買・売春(Pedphil pedophilia  child sex Pedophile Ring )について積極的に調査糾弾して、それのための法律を作ろうとしていたからだといわれています。

 ワシントンDC 米国政財界マスコミ界芸能界セレブの最も汚い部分をきれいにしようとしたのでやられたんだという噂です。

  実際、この件でハリウッド俳優が200人以上逮捕されているという情報もあります。真偽は未だ不明ですが。ハリウッドの腐敗もひどいもののようです。

  クリントンのカルテを暴露して変死した人や、民主党幹部の策謀を暴露して深夜にワシントンで殺されたSeth Rich氏など政治的暗殺が米国では多いですね。




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アルチンボルド展 その4 アルチンボルド本

ARCIMBOLDO 2017 ss.jpg

アルチンボルド展

を期に、
アルチンボルド本がどっさりでないかなあ、、と思ったんですが、やはりダメでした。

従来
アルチンボルドを冠した単行本は、
しかなく、しかもこれは「絵」のことはほとんど書いていない。当時の文化史文学史のような本で、絵の鑑賞研究には全く役に立ちません。これ買って失望した人は多かっただろうなあ。


画集でも単独の物は日本語ではなかった。あのトレヴィルでも出てなかったと思います。
そういうことなので、今回の図録はまともな論説としては、日本語では唯一のものですので
中を見ずに買いました。


ところで、今回は便乗出版がやはりあるようです。

しかし、芸術新潮の最新号 やっぱりアルチンボルドだったんですが、今回は不発だな。
ブリューゲルにおける森洋子先生のような人材いないから、文章が面白くない。ボスのときの小林教授のような勇猛果敢な人もいませんから、突っ込む気にもなれません。

便乗出版らしいものは次の本です。

・奇想の宮廷画家 アルチンボルドの世界 (TJMOOK)2017/6/17

大友 義博


・アルチンボルド アートコレクション2017/6/8

リアナ・デ・ジローラミ・チーニー、 笹山 裕子




・西洋絵画の巨匠 アルチンボルド (小学館アーカイヴス 西洋絵画の巨匠)2017/6/28

小学館

ムック


  西洋美術館の売店でもちらちらみましたが、あまり良いものはなかったなあ。ブリューゲルのように昔からなじみのある画家と違って、日本ではまともに書ける人がいないからでしょう。海外の著作を翻訳すればいいといっても編集者翻訳者がわかっていないと何を翻訳していいのかすらわからない、ということになります。


タッシェン本が出ていたのは今回初めて知りました。



・アルチンボルド (ニューベーシック) (タッシェン・ニューベーシック・アート・シリーズ)2001/6/13


ヴェルナー・クリ-ゲスコルテ



  タッシェンの本は昔から、カラー図版が主で論説は穏当というか優等生的というか教科書的というか、学問的野心がまったくないものが多いので、まあ図版集としてはいいのかな。


さしあたり、色会わせは悪いとはいえ、今回のカタログが一番良いと思っております。


 今回のカタログの最後の「参考文献目録」を見ると、どうも定番のカタログレゾネすらないらしい。


 海外でもアルチンボルド研究は未だ 未完成もいいとこ、のように思いました。ふと、思い立って、定評のあるマーリー夫妻の美術事典Dictionary of Art and Artistsを読んだらアルチンボルドについて間違いじゃないか?と思うようなことすら書いてありました。アルチンボルドがまず仕えたのはマキシミリアン帝でルドルフ2世への絵画は少ないのい、ルドルフ2世のことしか書いてない。 やはりまだ未踏峰なんだな、と思うところです。



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2017年06月29日

アルチンボルド展 その3 静物画

Fede Galizia Arcimboldo.JPG
 前、個人蔵のアルチンボルド2点を低く評価いたしましたが、個人蔵でも静物画には傑作が2点も展示されておりました。

  Z.07フェーデ ガリツィア「果物と葉、マルメロ、陶器」(イメージ、カタログの写真が悪すぎて良いイメージがつくれませんでした)が、一流の作品なのに驚きました。ローディコレクション展でみたフェーデ ガリツィアの作品より優れている。こういう絵の場合、陶磁器の描写が優れていたら果物の描写が劣るとか、どこか欠点がみえるものですが、この作品は完璧です。多少修理があるのかもしれないがフォトリアリズムのような感じすらします。あるいは、現代の修理が良すぎて騙されているのかもしれませんがそうとうよい印象でした。この絵は双眼鏡や単眼鏡で細部を拡大して観るとガサガサしててちっとも面白くないのに、普通にみると素晴らしい質感を感じるのですね。まるでファンアイクの絵のような技法を使っております。 この絵が、なんでこの展覧会に入っているのかというとフェーデ ガリツィアを画家としてルドルフ2世に推薦したのはアルチンボルドだったんですね。ここでもアルチンボルドと静物画誕生の関係が露わになっています。この作品プラドで観たファンデアアーメンの一流作品を下に紹介しますが、よく似た感じですね。。

シルヴァーノ=ローディ コレクションで見たのは、カタログNo。11の「白磁の鉢と桃のある静物」です。
Fede Galizia Lodhi.JPG



  また、Z.06 フィジーノ「金属製の皿に載った桃と葡萄の葉」も貴重なものです。上のイメージとは違う絵です。 
  おそらくこの2点は同じ収集家のものなのかな?

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西洋美術館の中国語韓国語ラベルは廃止すべき

西洋美術館.JPG


 アルチンボルド展めあてに西洋美術館に行ったら、アルトンボルド展も常設展も作品ラベルに中国語・韓国語が併記されてました。

 中国語(簡体字)  韓国語による展示物ラベル表示は 日本が中国韓国に植民地統治をして宗主国だったことを誇示するものであり、政治的に危険です。また、中国語韓国語が日本での公用語であると誤解させる危険もあります。  撤去すべきでしょう。

  簡体字では台湾香港の観光客には、むしろよくないわけで、繁体も備えるとなると際限がなくなってしまいます。よかれと思ってやっていることでしょうが、かえって悪くなってしまっています。

  マカオはポルトガル植民地だったので、現在では、ポルトガル人なんて町では見る事もできないくらいほとんどいないのに、未だに美術館のラベルはポルトガル語併記ですし、カタログもポルトガル語が入っております。中国語・韓国語ラベルは、こういう植民地意識残滓だと誤解される危険があります。
 ベルギーはフラマン語(ほぼオランダ語)とフランス語が公用語なので、美術館のラベルは基本フラマン語とフランス語であり、英語表示は少なかったと思います。

  そもそも世界の美術館では展示物のラベルは、公用語表示、または英語併記がある場合くらいが常識です。 ベルギーのブリュージュのメムリンク美術館では一時期ラベルを全て廃止して番号だけにし、音声ガイド・パンフだけにしていたことがありましたが、さすがにこれはやりすぎで、今は普通に戻っているようです。

   欧州の美術館では、中国人米国人など外国人観光客むけには、別に英語中国語スペイン語韓国語アラビア語などのチラシやパンフレットを無料配布するのが普通です。また英語版中国語版などの出版物を売っている事もあります。これは台北国立故宮博物院でもそうですし、欧州のほかの美術館でもみました。ゲントの祭壇画でも六カ国語ぐらいのチラシ・パンフが並べてありました。

 今回、アルチンボルド展リストに中国語、韓国語、スペイン語などのものがなかったことのほうが、むしろ不思議でした。


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2017年06月28日

アルチンボルド展 その2

ARCIMBOLDO 2017 ss.jpg

アルチンボルド展

アルチンボルド展に出た作品の、アルチンボルド、 (伝)アルチンボルド作品のランク分けをやってみましょう。
トップクラスは、やはりウイーンKunsthistoricheの水と冬、リヒテンシュタインの大地、マドリードの春、そしてクレモナの庭師、素描では「紙の自画像」でしょうね。これらは「文句なし!」です。
 面白いのは、基底材が結構ちがうんですね。Kunsthistoricheの水はハンノキalder wood と冬はリンデン(セイヨウシナノキ)、マドリードはオーク材(バルト産?)
  そして、これらは、ルーブルの同図様のものより良いように思います。
  紙の自画像T.02は、紙束を集めて自画像にしたもので、なかなか面白いものです。背景に紙のすきめのような横線があるが、この横線はまわりの枠部分にはない。紙そのものにあったものではなく、意図的に描いたものだろう。これは巧妙なだまし絵です。

その次が、修理が多いために、遜色があるんだろうなあ、、とおもわれるもので、、
 デンバーの夏U.14はかなり補修がひどいようですが、デンバーの秋U.15、は保存がかなり良い。
 ワシントンナショナルギャラリーの四季T.12  は、かなり破損していたのではないでしょうかね。上部の果物はかなり上手いと思うが、下部の麦は全く平板。過剰な修理のために全体に平板な感じになっているんじゃないかと思います。ポプラ材を基底材に使っているということはイタリアでの制作なんですね。

 同様に過剰な修理を感じるのが大阪のソムリエY.08です。特に紙のところ、文字などは真新しい。一方全体の構成や器物についてはオリジナルを残しているようですね。

  アルチンボルドにはスウェーデンに伝わった作品が多数あるのは知っていました。30年戦争で1648年のプラハ包囲のときの略奪品じゃないかと思っていました。 今回みると ウイーンのものとは少し違う系統のようです。
 司書Y.09はキャンバス地であり、アイデアの表出が主で細部の迫真には尽力していないようです。本の質感もあまり考慮されていない。なんとなく量産品っぽい。法律家Y.10は、部分的には精妙だが全体としては大味である。これもキャンバス地、あるいはアルチンボルド工房で多数制作したものか?
  ストックホルムの コック肉Z.04については、銀の蓋をもつ両手だけが異常にリアルで銀器に影まで写っている。肉そのものはわりとあっさりした仕上げで質感に乏しい。

   個人蔵の「大気」No.17 「火」No.18は平板な模写・模倣策であるが、カタログでは結構よくみえるのが不思議である。貸していただいた方へのソンタクであろうか

   ブリュッセルの水V.01、ヒューストンの冬Z.01は、とるにたりない拙い模写なのに、カタログのカラー図版でみると結構よいように見えるのが不思議である。


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タオルの塔

boymans タオルの塔.JPGBoymans タラ夫.JPG

今回のバベルの塔;ボイマンス展でキャッチーだったのは、
売店のタオルの塔と公式マスコット「タラ夫」でした。

あまり面白かったので写真にとってしまいました。

タオルの塔なんて タオルとタワーが近い音でしゃれになっているとこが憎い。

「タラ夫」キャラ作成も含めて、こういうのは日本人のほうが得意なのかなあ。。

 タラ夫」キャラ は、ボイマンス美術館の責任者にみせたら、COOLと褒められたのか笑われたのか、ともかく好印象だったらしい。実際にロッテルダムのボイマンス美術館に行くとわかるのだが、現代彫刻のちょっとグロなものがどっさりある。現代美術の美術館じゃないか?と勘違いしそうなくらい力をいれている。 プラドやルーブルとは全く印象が違う。。だから、私はこういうのはいかにもボイマンスらしいと思っている。



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2017年06月27日

ボイマンス展 「みえなかった」


Boymans Patenir det1.jpg

Boymans Patenir det2.jpg


ボイマンス美術館の パティニールの「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」No.32

はパティニール専門書にものっている有名なものだが、かなり小さいものだ。岩の色合い肌合いの描写に独特のものがあり、前、渋谷でみてがっかりしたウイーンの聖カタリーナの殉教のある風景」よりは良品だと考える。ただ、プラドのカロンのような圧倒的な感動はない。
  ただ、どうやら細密描写すぎているうえに、かなり画面が暗くなっていて細かいところが全くみえない。
上に 本から部分拡大をあげてみたが、全くこういうのはみえなかったなあ。。
 上のが左上のほう、下が上のイメージの中心部を更に拡大したもの、、、ホントにみえなかった。。

IMAGE SOUURCE** Marice Pons, Andre Barret, Patenir ou L'Harmonie du Mond, Eobert Laffont, Paris,1981

同じパティニールの「風景  断片」No.31はかなり痛みがひどいようで表面の痛みがめだち、あまり感心しなかった。パティニールというのはそう間違っていないとは思う。

ブリューゲルの版画も、よい刷りのものが並んでいたが、ひとつひとつ観ていくと疲れはててしまうので途中でドロップアウトした。

 

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2017年06月26日

ボイマンス展

Boymans museum  rotterdam.jpg 

バベルの塔  展:ボイマンス展は、今週で終わりなので、先にコメントしておきたい。
 ボイマンス展示については、思い出というかなつかしい感じ、そうそうこういうコンセプトの美術館だという感じを思い出しながら鑑賞した。もっとも会期末近いので混んでいて、そこまでゆったりとした感傷はもてなかったが基本はそうである。
 ボイマンス は、ロッテルダムの蒐集家のコレクションを基本としているので、王室や教会や都市貴族や国家権力をベースとした収集とは違った性格をもつ(イメージはボイマンス美術館の2000年以前の写真)。
  15、16世紀の無名画家の断片が結構多いのだが、その中に魅力的な佳作が多いので捨てがたいものがある。また  素描もケーニッヒコレクションがまとめて入ったこともあり優秀だし、版画収集も優れている。
 最近は、むしろモダンアートの積極的収集のほうがめだつ美術館である。ロッテルダムという土地柄であろうか。
  当方は、初めてロッテルダムに行ったとき、休館日で門前で引き返す屈辱をなめて、それ以後事前の情報収集を怠らなくなった。
  今回の目玉のブリューゲル「バベルの塔」は2001年にここボイマンスでボス特別展が開催されたとき、なぜか最後のほうに展示されていて、なめるように観た記憶がある。展示位置も低く、顔をつけるようにして観た。ほんとに額に触って観るような環境だった。従って今回はありがたく遠くから再会を果たして遠望し敬礼しただけである。ちなみに最初に鑑賞したのは池袋でボイマンス美術館展があったときで、そのときは少し離れた位置でみたものだ。そのときも日曜でもあまり観客がいなかった。

さて、今回の展示では一番印象的だったのは、そういう旧友というか旧知のものではない。

 やはりスコーレルの学生の肖像No.38 が傑作だと思う。、これは時代を飛び抜けたような新しさと初々しさ、デリケートで上品な色使い、すばらしい衣服の描写、ちょっと変わった手の指の表現には、ジョルジュ ド ラトゥールのような雄弁さがある。

 また眼が左右で違い、微妙な感情を表現しているようにみえる。しばしば塗りつぶされがちな背景のデリケートな色彩が保存されているのは珍しいが、あるいは二十世紀に上塗りをはがしとったのかもしれない。

 幸い高精度の画像がWikimediaあり、しかも色あわせが良いせいか現物の印象とあまり違わないので、推薦したい。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jan_van_Scorel_-_Portrait_of_a_Young_Scholar_-_Google_Art_Project.jpg

 

 メムリンクの馬の絵No.30は、カラー図版でみるとバカみたいな感じをうけるが、実物は馬の要所要所のモデリングが利いていて結構よい。それに周囲の煉瓦のアーチの質感がいかにもブリュージュ風だ。
  ボスと推定されている小さな断片 「老女の頭部」No.45は、この種のものなかでは群を抜いて質が高い。どうも右上に縦の格子窓があるようだ。
 ボスの有名作2点は、またお会いしたという感じである。近年の修理のためか放浪者は少し若返ったような感じだし、聖クリストフォリは褪せたような感じが薄らぎ華やかになっている。
 ボスの素描をもとにしたらしい版画No.52と53は、ロッテルダムでも観たが、やはり彫りや刷りが甘い感じがした。
 三賢王の礼拝No.49 は、メトロポリタンによく似た絵があってそっちのほうが有名だ。昔池袋 西武セゾン美術館でボイマンス美術館展があったとき、この絵はみたことがあって、あまり印象はよくなかったが、今回みるとメトロのものとあまりかわりはない。むしろ酷似していると思った。 作品の価値としては、どっちもどっちで、ボイマンスのほうの年輪年代は1546年以降なのでボスの作品ではないのだが、メトロの作品の忠実なコピーというところだろうか。しかしどちらも、そんなものか?ほんとにボス?  親戚の絵なんじゃないの? というものである。 一応、メトロの絵の基底材の年輪年代は1466以降と古いので合格なのだが、年輪年代が古いからといって同時代の他の画家の作品であるという可能性だってあるわけで、盲信はできない。


ボイマンスの無名画家の作品としては、
No.19 庭園に坐る聖母子の背景がおもしろかった
ポールゲッティのところにある絵「教皇セルギウスの夢」を思わせる迷宮的建築だ。ただ、前景の人物がちょっとね。

葉の刺繍の画家の2作品NO.13と14は、もともと大画面の作品の一部のようである。刺繍のような平板な樹木描写や衣服の描写も、もともと大画面の作品やタペストリー下絵のような作品を専門にした画家だったからではないか。。

また、無名画家のNo.9「斬首のために連れ去られる聖カタリーナ」も断片っぽい絵だが、なんと主人公が背中をみせた後ろ姿である。こういう説話的な画で主人公が後ろ姿で顔をみせないのは甚だ異例だとおもう。
   また、背面に静物画がある「風景の中の聖母子」No.29がある。この背面の静物画がなかなかよく、ブリュッセルのエクスの画家の予言者エレミアの上部にある静物がをおもわせた。
  マドリード ティッセンにあるメムリンク作の肖像画の裏の静物画のように、こういう形での静物画は15世紀からでてくるようである。
 展覧会の最初に展示された彫刻のなかで、妙に四角張った体格というか衣装のものがあってそれがボスとも関係のあるア^ドリアン  ファン ウェッセル系統の作品だったNo.6。この時期の木彫彫刻ではドイツのリーメンシュナイダーばかりが有名であるが、ほかにもとりあげるべき個性があるかもしれない。

posted by 山科玲児 at 21:49| Comment(0) | 日記

アルチンボルド展

アルチンボルド展.JPG

東京上野の西洋美術館で、アルチンボルド展を2度観ました。
アルチンボルド展

今日は、あまり時間がないのでエッセンスだけ書いておきます。

1.真の傑作とすべきものと、工房での量産型のもの、どうしようもない模写、模倣作、修理がひどくてもとの表面が少ない者。などが判然とわかる見事な展覧会でした。
超一級は、Kunsthistoricheの水と冬、リヒテンシュタインの大地、マドリードの春、そしてクレモナの庭師、素描では「紙の自画像」

2.おそろしいことに図録・カタログは色合わせが悪く、ゲサクな作品も一級品も皆同じようにみえます。図録制作者は作品を観ないで制作したらしい。これは寄稿している著者というより技術者の問題ですが、急いでいるということもあったのでしょうが、がっかりしました。実は図録の図版を真面目にみたのは長崎に飛行機がついてからであって、カラー図版をみて眼が潰れるような気がしました。モノクロのほうがよかったかも、、
  アルチンボルドの日本語の本自体、ないに等しいので、貴重な本だと思い、中をみずに買ったのですが、観なくて良かった。買うのを迷ってあとで後悔したかも、、

3.マドリードの「春」をみて、これはヤン=ブリューゲルの花束と技術的には変わらないのではないか?と思い、静物画の誕生という問題を考え直しました。この春は1563年であり、ヤン=ブリューゲルやカラヴァッジョが静物画を開拓した時期の半世紀も前です。つまり静物画の技法自体は半世紀前にできていて、問題は静物画というジャンル画題が「絵画」として認められているかどうかという問題、芸術家側ではなく、注文者側、鑑賞者側の問題であるということです。「静物画」を注文し、売買する人々が一般的になるかどうかという社会的な問題でした。
 そういう点でいうと、カラヴァッジョの「果物籠」をもち、ヤン=ブリューゲルのパトロンであった フェデリコ=ボロメオ枢機卿という人物が「静物画誕生のキーマン」だったのかもしれません。

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2017年06月23日

マニラの共同通信


 フィリピン、ミンダナオ:マラウィ中心の、ISと政府軍の戦争について長崎新聞にようやく記事がでたと思ったら、「戒厳令はいやだからマニラでデモをやってます」という記事で呆れました。マニラの共同通信記者 岩崎拓郎の署名記事でした。

29日、マニラで行われた戒厳令に反対するデモ行進(共同)
 マニラで戒厳令反対のデモ行進 「負の歴史繰り返すな」と気勢
http://www.47news.jp/news/2017/05/post_20170529184808.html
https://this.kiji.is/241860184599314440?c=39546741839462401
をもとにしたものなんだろうけど、見当違いも甚だしい。

 おまけに「マラウィ」という単語も文中にはなく地図のキャプションにあるだけ。

・敵味方300人以上が死亡する惨事になっている
・マラウィ市のIS地区から逃げ出すマラウィ市民が銃撃惨殺されたこと、
・外国人が多数ミンダナオのISいる侵略者であること、
などを無視する酷い記事でした。

posted by 山科玲児 at 04:39| Comment(1) | 日記