2017年06月11日

ブリューゲルと細密画【増補】

Farnese Hours folio 104verso.jpgFarnese Hours folio 105rect.jpg

【増補】モルガン図書館サイトで閲覧して、増補しました。

ブリューゲルとローマの画家  クロヴィオとの関係を探っていたら、妙なサイトをみつけ、不思議なものをみつけた。
El olivo en flor Clovio

それが、上記のイメージである。装飾写本の中の挿絵で各絵の幅8−9cmぐらい、2枚続きの見開き20cm(間隙含む)ぐらいの小さなものである。

これは、風景のなかのバベルの塔だよね。

  頁全体は、、高さ17cm 幅11cm、見開きで22cm
  第104葉裏+第105葉表(104v, 105r)

Farnese Hours0.jpg

さらに、第107葉表(107rect)は、全部がもろバベルの塔の絵だ。

Farnese Hours folio 107rect.jpg


 この写本は1546年にローマでクロヴィオが完成したことになっている。このクロヴィオは、ローマにきたピーターブリューゲルを歓迎し共同制作までやっている人だ。ただ、この1546年時点では、ブリューゲルは、ベルギーにいてまだイタリアに来ていない。とすると、ブリューゲルのバベルの塔の図像はクロヴィオから得たものなんだろうか? ただ、現存のブリューゲルの版画 素描、油彩、テンペラの中で、イタリア旅行直後のバベルの塔作品はないのが、少し不審な点である。

  実のところ、最初の横長の絵をみて、クロヴィオ作の装飾写本に入っているのをみて、ブリューゲルが共同制作したものか?  と想像したのだが、年代が合わない。しかし、どうみてもフランドル風:パティニール風の絵でブリューゲルの初期といわれる「種まく人のいる風景」(米国  サンディエゴ)やいろいろいわれる「イカルスの墜落のある風景」(ブラッセル)などとも良く似ている。ただ、2番目の大きなバベルの塔はフランドルというよりはイタリア風味に寄っている。 

  そうすると、クロヴィオの工房には、ブリューゲル以前にフランドル人の細密画家がいて、それがいなくなったので、なおさらブリューゲルが歓迎されたのだろうか?? 年代さえあえばブリューゲルに押しつけたいところである。装飾写本は何十年もかかって何人もの画家によって受け継がれ制作されることも多いので、そういう抜け道もあるかもしれない。

 この装飾写本には、まだたくさんの初期ブリューゲル風の絵が入っている。1例を挙げると次のようなものである。

Farnese Hours folio 66verso.jpg


 この装飾写本は、ニューヨークのモルガン図書館にある ファルネーゼ時祷書である。装飾写本としては結構有名なものである。装飾写本 時祷書の代表的なものを集めた図録
     J. Harthan, Books  of Hours  and their Owners, 1977, Thumes  and Hudson
にものっているが、こういうフランドル風風景画が入っていたとは驚きだ。

 年代があうもので、昔から有名なのは、やはりクロヴィオが制作した豪華な装飾祈祷書写本で
ニューヨーク 公共図書館にある。
 Towneley Lectionary New  York Public Museum, Ms. 81  Fol 23
   http://exhibitions.nypl.org/threefaiths/node/41?nref=42&key=2
   この写本は高さ50cmと結構大きな本だが、この中の最期の審判の大きな1頁全面挿絵の下に小さな「嵐のなかの船団」が描いてある。これは1550年代の作品らしいので、ブリューゲルの協力か??と昔からいわれているものである。現在は否定する声が多いようだが理由はわからない。

  これらの装飾写本とブリューゲルとの関係は、
トルネイが1965年に、ブリューゲルのイタリア旅行時代の細密画を発見したと、英国発行のバーリントンマガジンで論文発表していたもののようである。

Charles de Tolnay. “Newly Discovered Miniatures by Pieter Bruegel the Elder.” Burlington Magazine  107 (1965), pp. 110-14

   このころ、トルネイはアメリカに移民していたので、ニューヨークの写本にはアクセスしやすかったのだろう。それにしても、昔の学者が、やってしまっていることは結構多いわけで、先をこされた感はある。だから、研究史ってのはチェックしておかないとね。嫉妬はともかく、トルネイのこの発見はもう一度蒸し返して新しい視点から検討してもいいのではないか??と思う。

 ボイマンスのバベルの塔は、極端なくらいの細密画である。このような指向性は、もともとブリューゲルが装飾写本画家 細密画家として出発したからではなかろうか? ファンアイクもそうだったようだ。 その逆に、大きな絵を描いた人が後年に細密画家的になるというのはちょっと考えられないからである。


 

posted by 山科玲児 at 11:40| Comment(0) | 日記

クラナーハ模写だった



bosch Last judgement Vienna2.jpg

 昨年の2つのボス展にちなんで、ボス作品のアニメーション化や二次創作はかなり行われていたようだが、
 Hieronymus Bosch - The Last Judgment, c. 1500-05 (Animated) - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=W4_2eoUmcOQ
 は、もとにした絵がウイーンにある有名な絵じゃなくて、ベルリンにあるクラーナハ模写だった。

  アダムとイブや天使の顔や髪型が全然違うので直ぐ分かる。
イメージは左がウイーン、右がクラナーハ模写とされるベルリン

   Last Judgement Berlin
    Paradise Lost
    http://lucascranach.org/DE_smbGG_563c
 なんで、間違ったのかなあ?? それとも、なんらかの別の意図があるのだろうか。

posted by 山科玲児 at 08:15| Comment(0) | 日記