2017年09月19日

香港の游相蘭亭

游 御府領字従山  蘭亭.jpg


南宋末期 理宗時代の宰相
游似が収集したという百種の蘭亭序拓本は、

游相蘭亭 と呼ばれて尊重されているが、
現在、一番たくさんそれが残っているのが

香港  中文大学文物館である。

もと、利氏北山堂が寄贈したもので、10点もある。
そのなかで、代表的なのが、イメージの御府領字從山本蘭亭序だろう。
東京国立博物館、王羲之展で公開されたので、日本でも観た人は多いだろう。
妙に新しい青めの墨の感じだった。あまり傷んでいない。

一、甲之二 御府領字從山本蘭亭序
二、甲之四 中山王氏家蔵本蘭亭序
三、甲之五 御府本蘭亭序
四、甲之八 括蒼劉本蘭亭序
五、乙之一 雙鉤部分字本蘭亭序
六、乙之五 錢塘許氏本蘭亭序
七、丙之八 會稽本蘭亭序
八、庚之三 莫知所出本蘭亭序
九、□之四 湯舎人本蘭亭序
十、臨川本蘭亭序

どうも、これらはまとまって伝世したもので、1点づつ買い集めたものではないようだ。

清初の孫承沢の庚子ショウ夏記という記録に「胡菊潭(胡世安)のところに2,30本の游相本を観た。御府領字從山本が一番良かったので模写翻刻した」ということが書いてあるので、この胡世安コレクションの名残だろう。御府領字從山本には胡世安の蔵書印も押してある。

まとまって伝わるというのは、大災害があると、いっぺんに無くなってしまうという欠点があるが、安全なら、バラバラに伝わるより多数のものが何百年も保存されやすい。


posted by 山科玲児 at 09:57| Comment(0) | 2017年日記

楽浪石碑 

楽浪 平山君碑.JPG

 ヤフオクで、楽浪の石碑拓本が、高い値段で落札されたようである。
  https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/s545928919
 この石碑が発見された当時の写真があるのでイメージで紹介する(著作権はいうまでもなくきれてます)

1913年に、今西龍博士が、
平安南道龍岡郡 「於乙洞古城」の東北500mのところで発見した。
「当時は小道路の左方耕地に少し仰向けに左方に傾いて立っていた」 
  新版 書道全集(1965)では、ちょっと出土地名に異同がある。「平安南道龍岡郡海雲面城[山見]里」、その地名自身が戦前の簡単な地図ではみつけられなかったので、1930年版のほうをあげる。どちらも「於乙洞古城」の東北500mという点は同じである。

ここは、平壌と黄海の間にあたるところで、今は朝鮮民主主義人民共和国の一部だから、
現在、どうなっているかわからない。朝鮮民主主義人民共和国では、
楽浪否定論ってのもあげられて、日本国内でも賛同するおかしな学者がいた。
都合の悪いこの碑は抹殺されたかもしれない。

好太王碑文改竄説、蘭亭偽作説など、こういう政治的歴史捏造が戦後結構行われ、日本の「進歩的文化人」が賛同したのは、まことに恥ずかしいことだ。

年代については、肝心のところが摩滅して欠けているが
後漢  光和元年(ACE178)というのが妥当のようだ。


ソース::
旧版『書道全集』(平凡社)第二巻 1930
新版『書道全集』(平凡社)第二巻 1965

タグ:石碑 楽浪
posted by 山科玲児 at 08:13| Comment(0) | 2017年日記