2017年12月31日

ヴァトーの素描

Watteau Huyghe Rijks ss.jpg


ワトー(アントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau 1684-1721)の作品は、ロココの典型だとされて、なんか優雅なだけで精神性がないような、妙な軽視がされてるような感じがします。


私は英国のダリッチの「舞踏会の楽しみ」の実物を見たとき感心してファンになりました。

Dulwich  Les Plaisir  du Bal

ロンドンのウォレス・コレクション、ルーブルのワトーなども観ましたが、油絵ではダリッチ
のものが好きですね。

西洋美術館の元館長:山田さんにいわせればワトーの絵は傷みやすいそうなので、そういうことが関係してるのかな。

最近、Huygeの本をまたひっくりかえしてたら、素描も素晴らしいなあ、とおもいました。
イメージはアムステルダムのライクスにある素描の細部ですが、そうとう良いものだと思います。

Watteau Rijksmuseum
Two Studies of a Woman Seated on the Ground
RP-T-1953-181
Jean Antoine Watteau
1709 - 1721
Material
paper, chalk
Measurements
h 202 mm × w 339 mm

posted by 山科玲児 at 11:58| Comment(0) | 日記

美術展の記録を探す


  10年以上前に行った美術展の場合、どこの美術館でみたのかさえ
、あやしくなってしまうことがある。 東京で観たという記憶があっても、池袋なのか新宿なのか上野なのか?  あやしくなってしまっている。

カタログを買っていればともかく、全部は買わないし、絵葉書でも、巡回展の場合は、年や美術館名が書いていないことが多い。

 この問題に対処するために、

 最近、良いデータベースをみつけた。

国立新美術館が公開している
日本の美術展覧会記録1945-2005

である。これはかなり使えますよ。



タグ:美術展
posted by 山科玲児 at 09:28| Comment(0) | 日記

エルミタージュのムリーリョ

Hermitage Murillo 1996 東武  ss.jpg


宗教画のリストを出したときに、エルミタージュのムリーリョの画像を間違えてしまった
1996年に、いまはなき池袋:東武美術館で開催された
「エルミタージュ美術館 16-19世紀スペイン絵」で
実見した「無原罪のおやどり」(イメージは、そのとき買った大判額絵)のほうを挙げるべきだったのだが、
もう一点ある別の「無原罪のおやどり」にリンクを貼っていた。遡って訂正した。

   しかし、同じ位の大きさとできの、ムリーリョ「無原罪のおやどり」を2点ももっているとは、さすがにエルミタージュである。ちなみに、Wikimediaでは、イメージの方の絵は「聖母被昇天」となっているが、エルミタージュの公式サイトは「無原罪のおやどり」としているので、そちらが正しいと思われる。これは、イメージの絵が球体を踏まえていて、三日月を踏まえる「無原罪のおやどり」と異なっていることから異説がでたのだろうが、やはり「無原罪のおやどり」で良いとされているようだ。イメージの絵は、ウォルポールの「無原罪のおやどり」Walpole immaculate conceptionとされていて、もとは英国貴族のウォルポールSir Robert Walpoleのコレクションだった。このSir Robert Walpoleは、あのゴシック小説作家 Horace Walpole の祖先である。

  私としては、2点のうち、イメージにあげたほうWalpole immaculate conceptionが優れていると思う。
  ちなみに、プラドでムリーリョの絵を多数観たとき思ったのは、大きい絵ほど出来が良い傾向があるということだ。大きいほど画料が高いという原因もあるのだろうか。

  どうも、ムリーリョの絵画のカタログレゾネや本は、、意外なほど少ないようだ。
例によって、Rizzoli Flammarionには一応あるようである。
**2点の画像::




posted by 山科玲児 at 05:00| Comment(0) | 日記

2017年12月30日

ブリューゲル展 どうですかねえ


ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展
        公式サイト http://babel2017.jp/
 で賑わった 東京都美術館ですが、

来年1月早々、
ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜
http://www.tobikan.jp/exhibition/2017_bruegel.html
というのを開催するそうです。1月23日〜4月1日
 どうも、ラインナップに、これという目玉・傑作がないので、パスかなあ、と感じております。
 そういう意味では、
神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展
  2018.1.6. SAT. - 3.11. SUN.
   Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
  2018.3.21. WED. - 5.27. SUN.
    佐川美術館(滋賀県守山市水保町北川2891)
のほうが、あの有名なアルチンボルド作品を鑑賞するという愉しみがありますので、まだ外れがないように思います。
   私は福岡で鑑賞しましたが、地味ですがそう悪くない展覧会でした。ボイマンスのような凄みはありませんでしたが。

  さて、「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」展の展示作品ですが、、
 ヤン・ファン・ケッセルの大理石板に油彩で描いた昆虫というのが、そうとう珍しいとは思いますが、必見というわけではない。
  チラシに出てるヤン・ブリューゲルの花瓶の花は同類を多数観ましたが、なかなかこれはというものはないもののようです。本物間違いないとおもわれるアンブロジアーナのものですら、まあこんなものか?という感じですからね。
  実物は観ていませんが、ベルガモのアカデミア・カララ美術館のヤン・ブリューゲルの花は、実は真蹟ではないかもしれない(「?」がついてる疑問作)とされているものですが、カラー画像を見る限り相当良いようです。もっとも、このカララの作品は、あるいはダヴィッド=セーヘルスなどのヤンの弟子筋の作品なので、かえって素晴らしいという逆説的な作品なのかもしれません。 
この件については、ミラノのアンブロジアーナを訪ねたとき、こういうメモを書きました。
さて、ここのヤン=ブリューゲルは、画家に直接注文したフェデリコ・ボロメオ枢機卿自身のコレクションであり、しかも最近クリーニングしているので、これほど確かなものはない。2点の花瓶にさした花束を観た結果、やはり、ダニエル セーへルスのほうが遙かに上手いと想う。ヤンには花の瑞々しさ、水っぽさが欠けている。一方、葉の描写には後世にまけない見事な描写が伺われる。陶器の描写、貝の描写は優れているがガラス瓶の描写はそれほどでもない。以上を総合すると、水の光沢、透明なものの描写に関する革新がヤン以後に行われたということができる。

   この「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」展、特設サイトがよくできていて、全貌に近いものを観ることができるので、いかなくてもこんなところかなあ、という感じはします。ただ、当然、これに掲載されていないものはわからないわけで、それ以外に良いものがあるのかもしれません。どうもボローニャで開催展示されたものとほぼ同じ企画展のようなので、そうすると、グリマーの割と良い風景画は、この展覧会に入っているはずです。開催されたらリストは公開されるかもしれません。


  こういう、プライベート コレクション(個人蔵)中心で集めた特別展というのは、なかなか良質な絵画を集めることは難しいもののようです。1995年にいまはなき池袋:東武美術館で開催された
「ブリューゲルの世界 コペ・コレクションと世界の11美術館から」
という特別展もコペ・コレクションは、どうみても鑑賞に耐えず、

≪絞首台のうえのかささぎ≫
ダルムシュタット、ヘッセン州立美術館

が1点、もの凄く素晴らしかったので、こればかり観てました。
それ以外は、素描が2点良かっただけです。

  ただ、最近 観た経験や、プラドがナセイロ・コレクションを一括購入したり、西洋美術館がローディ・コレクションの優れた静物画(楽器画)を購入したりしていることから推察して、静物画にはまだ個人や画商コレクションに優れたものがあるようです。 そういう部分では期待できるかもしれません。



posted by 山科玲児 at 09:17| Comment(0) | 日記

2017年12月29日

カナレットと天幕

Giovanni_Antonio_Canal,_il_Canaletto_-_The_Feast_Day_of_St_Roch_-_WGA03905[1].jpg    Toledo  Calle Comercio.JPG

  大物のテーマの記事ばかり、連発したので、ちょっと小ネタを。

  カナレットの
「サン・ロッコ聖堂とサン・ロッコ同信会館を訪れるヴェネツィア ドーチェ (Corteo dogale alla chiesa di San Rocco)」1735年頃  ロンドン・ナショナル・ギャラリー」
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/canaletto-venice-the-feast-day-of-saint-roch
を観ていたとき、行列の上に天幕が日よけ?に張ってあることにきがつきました。
これって、2016年にスペインのトレドを訪ねたときに、商店街の通りの上に延々と張ってあった天幕そっくりですね。右イメージはCalle  Comercioの上の紋章付き天幕。。

トレドでは、雨のときどうなるのかなあ、とか思いながら見上げていたものです。


posted by 山科玲児 at 18:24| Comment(0) | 日記

2017年12月28日

私的宗教画リスト 未完成稿



テーマで見る世界の名画 全十巻の第四巻
http://gakugei.shueisha.co.jp/artgallery/
https://www.shueisha.co.jp/artgallery/vol04.html
宗教画
に触発されて、私的セレクションしてみます。7点ぐらいしか重複しておりません。
30数点程度で、まだ、完成稿じゃないんですが 一応アップしてみます。

西洋絵画で、キリスト教絵画というふうに限定されたものだと解釈するのが普通だろうから、それを前提とします。
セレクトするのは、キリスト教的題材であれば宗教絵画といえるだろうか?また宗教絵画でも美術的に稚拙で美術的価値のないものは、絵馬とか御札とかいくらでもあるのだから、そういうものは除きます。
また美術的価値が高い傑作でも宗教的思想的訴えや感情が薄いものはいかがなものか、と思います。

例えば、
は、傑作ではあるでしょうが、どうも宗教絵画にはいれたくない。

一方、図像としては部分的でも、
カスパールダヴィッドフリードリッヒ  山上の十字架
アルブレヒト・デューラー  祈る手の習作
は、優れたキリスト教絵画だろうと思います。

アンドレイ  ルブリョフ 至聖三者のイコン トレチャコフ美術館、モスクワ
 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Angelsatmamre-trinity-rublev-1410.jpg

ランブール兄弟  いとも豪華な時祷書、コンデ美術館、シャンテイー
 聖母戴冠
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Folio_60v_-_The_Coronation_of_the_Virgin.jpg


ローアンの時祷書、パリ国立図書館
フラ  アンジェリコ  受胎告知(大、壁画) サンマルコ修道院、フィレンチェ、  フレスコ

ヒューベルトとヤンファンアイク兄弟:: ゲント祭壇画

ロヒール 十字架降下  プラド美術館


ボッテチェルリ  マニフィカートの聖母  ウフィッティ
ボッテチェルリ 《神秘の降誕》ボッティチェリ,サンドロ  ロンドン  ナショナルギャラリー

メムリンク  ヨハネ祭壇画 中央画面、メムリンク美術館、ブリュージュ
メムリンク  乙女たちを保護する聖ウルスラ、メムリンク美術館、ブリュージュ

カルロ  クリベッリ モンテフィオーレ祭壇画(ブリュッセル、ロンドン、モンテフィオーレデルアッソに分蔵)

ポントルモ カポーニ礼拝堂壁画 サンタ  フェリチタ  フィレンチェ


ヘールトヘン=トート=シントヤンス 聖誕  London NationalGallery
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/g/geertgen/nativity.html


ボス  十字架を運ぶキリスト  ゲント美術館
 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jheronimus_Bosch_or_follower_001.jpg
 画家の帰属について最近異論がでているようだが、仮に伝になったとしても、傑作には違いない。

ボス  聖アントニウスの誘惑  プラド美術館
 リスボンの聖アントニウスの誘惑は傑作だが、宗教画というより象徴・寓意画のようにみえる。

ダヴィッド ミルク粥の聖母子、ブリュッセルの王立美術館

デューラー  祈る手の習作 アルベルティーナ  ウイーン
http://sammlungenonline.albertina.at/?query=Inventarnummer=[3113]&showtype=record

ピーテル・ブリューゲル(父)  聖母の死  グリザイユ  英国バンベリー・アプトンハウス:ナショナルトラスト

グリューネワルト  イーゼンハイム祭壇画、ウンターリンデン美術館、コルマール

カラヴァッジョ  聖ヒエロニムス  ボルケーゼ美術館
カラヴァッジョ  ロレートの聖母子  アゴスティーノ聖堂、ローマ

サラチェーニの下宿人  聖ペテロの否定、  アイルランド国立美術館、ダブリン


エルグレコ  受胎告知  プラド美術館
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/la-anunciacion/26bfae24-de87-47cd-9b7b-d15bd9fbb664
  ビルバオとか同じ絵がありますが、プラドのほうがいいかな?

ルーベンス  十字架降下  聖母教会、アントワープ

ラトウール  聖セバスチャンを悼む聖女イレーヌたち ルーブル、パリ

ラトウール  聖誕  レンヌ市立美術館

カルロ ドルチ  悲しみの聖母 (1655頃) 西洋美術館、東京
http://collection.nmwa.go.jp/P.1998-0002.html


ジョン=マーチン  失楽園  メゾチント


サルヴァドール=ダリ、十字架の聖ヨハネのキリスト(1951)、ケヴィン=グローブ美術館、 グラスゴー
https://en.wikipedia.org/wiki/Christ_of_Saint_John_of_the_Cross


posted by 山科玲児 at 11:04| Comment(0) | 日記

風景画と自然

三巻 風景画.JPG


  ARTGALLERY アートギャラリー テーマで見る世界の名画 3巻 風景画
https://www.shueisha.co.jp/artgallery/vol03.html
の解説には、画家の自然観を描くのが風景画というような解説があるが、まことに奇妙なことだと思う。
>79p「自然景観をなによりも優位に置き、それで自立した絵として成立している、あるいは、自然に対する画家の思想や共感が込められて、描かれた自然がそれを伝えてくれる。そのたぐいの絵を本巻では風景画と呼ぶことにする」
>

たとえば これに収録掲載されている
シャガールの「窓から見たパリ」グッゲンハイム美術館
https://www.guggenheim.org/artwork/793
に、どんな自然があるというのだろうか。
   つまり自然ではなく人工物だらけの風景画がありえるとしたら、画家の自然観を表したものというのは、風景画の極一部でしかないということがわかるだろう。

 昨日あげたカナレットの
「サン・ロッコ聖堂とサン・ロッコ同信会館を訪れるヴェネツィア ドーチェ (Corteo dogale alla chiesa di San Rocco)」1735年頃  ロンドン・ナショナル・ギャラリー」
https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/canaletto-venice-the-feast-day-of-saint-roch
などでは、自然にあたるのは、空と光だけである。フェルメールの「デルフト眺望」でも自然というべきは空だけであろう。河は運河または護岸した河であるから大きく人工の要素が入っている。

 おそらく、著者は
フィンセント ファン ゴッホの「星月夜」MOMA、ニューヨーク
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Van_Gogh_-_Starry_Night_-_Google_Art_Project.jpg
やセザンヌのサンヴィクトワール山

などだけを風景画だとしたいのであろう。
著者がフランス近現代画の専門家であるという背景からくるものであろうか
  逆の方向では、劇場舞台のかきわり画や建築の内部を描いた絵は、室内画や風俗画と風景画の微妙な境界線にあるように思う。
  
 では、なにをもって風景画とすべきか?と考えてみると「環境」が主題になった絵ではないだろうか?
 「物体」が主題になれば静物画、人物が主題になれば「肖像画」「人物画」 物語・神話伝説歴史が主題になれば「物語画」「神話画」「歴史画」なのだから。


posted by 山科玲児 at 09:27| Comment(0) | 日記

2017年12月27日

カナレットと風景画の意味

ARTGALLERY アートギャラリー テーマで見る世界の名画 3巻 風景画
の解説を読んで、どうも承服し難いものだったので、
  カナレットのモノグラフ 
   カナレット 新装版 <アート・ライブラリー>シリーズ
    クリストファー・ベイカー 著 越川倫明/新田建史 訳
      発行年:2011年11月
   ISBN:978-4-89013-665-0
  http://www.nishimurashoten.co.jp/book/archives/3128
を読んでみた。その中には、優れた見解があった。

 「カナレットが創造した景観は、本当は実景として見ることのできないものであるにもかかわらず、その絵画的説得力によって、疑いもなく現実の再現だと思わせる力をもっている。」

 これは我々人間が「風景」をどのように感覚・感得しているかという視覚心理学的な問題・認知科学的問題にも関係してくるのだが、全くそのとおりだと思う。
実際、イメージの
「サン・ロッコ聖堂とサン・ロッコ同信会館を訪れるヴェネツィア ドーチェ (Corteo dogale alla chiesa di San Rocco)1735年頃
147×199cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー」
は、当時カメラがあったとしても、こういう写真を撮ることはできない。
右イメージの航空写真をみるように、この行列があった広場?カンポは狭すぎて、全体を撮ろうと下がると後ろの建物の壁にぶつかってしまう。この絵は素描や記憶をもとにアトリエの中で再構成されたものであり、現場では絶対にみることはできないものである。カナレットの作品は素描も含め多かれ少なかれ、こういう再構成の産物であり、それによってこそ「絵画的説得力」をもっているのである。
 日本でよくいう「絵のようにきれいな景色」というのには、深い意味があるのではなかろうか? つまりそういう景色は希にしかなく、絵は現実の再現ではなく、画家によって再構成された美であるということである。

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2017年12月26日

カナレットとクリヴェッリ

Canaletto_e_bottega,_prospettiva_con_portico,_1765,_01[1].jpgCrivelli,_Carlo_-The_annunciation[1].jpg


最近 18世紀の画家カナレットのモノグラフを読んでいて、色々考えるところがあった。

まず1765年にカナレットがヴェネチアのアカデミーに会員になりたいと提出した作品(左イメージ)は、遠近法を強調した技巧的なものだが、

なんか3世紀近く前のやはりヴェネチア出身の画家、カルロ・クリヴェッリの作品(1486 右イメージ)を思い起こさせる構成である。2Fのベランダから布が垂れているところなどそっくりである。

こういうのはヴェネチアの伝統なんだろうか。。。


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コシード


ひよこ豆の水煮買ってきて、コシード紛いの煮物を作ってみたが、

どうもよくなかった。

コシードというのはマドリード付近、カスチリアなどでの肉 ソーセージ ひよこ豆などのの煮物で、

名物料理のようだ。食べてみたかったけど2,3人前というところが多かったようなので、食べ損ねた。

無理しても食べたほうがよかったかな。

マドリードのコシードを専門に比較批評したサイトまでスペインにはあるようである。
Cocido Madrid - En busca del mejor cocido madrileño

posted by 山科玲児 at 10:23| Comment(0) | 日記