2017年12月02日

インドの神殿舞踏

 有線放送で、ときにはインド古典音楽を聴くことがある。パーカッションがあるのものはいうまでもないが、そうでないものでも、やはり、舞踏を前提にした曲なんだろうなあ、と思うことが多い。日本の雅楽と同じで序破急でだんだん速くなっていく曲が普通なんだが、中盤以降では手や指を動かしたくなるような調子の良さがある。

 インドの大衆映画のフィナーレでは、登場人物が全部でて踊り出すというのが定番だそうだが、やはり舞踏をアトリビュートにしているシヴァ神の民なんだろうなあ、、と感じている。

  で、昔、動画でみた、神殿の中でシヴァ神に捧げる舞 を観たいと思ったが、どうも検索できなかった。

 それとは、ちょっと違うが、オリッサ派の舞踏で、神殿の前で演じられた、ヴィシュヌ神の十の化身を表現する神殿舞踏の動画があったので、紹介しておく。

Jai Jagdish Hare -Odissi Dashavatar by Bithika Mistry from Geet Govind of Jaidev

  やはり、多様なムドラーを駆使していて、舞踏と仏像の手印にはなんらかの関係があるのだろうなあ、、と感じた。


posted by 山科玲児 at 09:59| Comment(0) | 2017年日記

御譲位は歴史的伝統

今上天皇陛下の御譲位について、

「天皇陛下は崩御されるまで天皇であるというのが、日本の歴史だ」
という、おそろしいくらい無知蒙昧な意見が識者??にあるということを、漏れきいて驚いた。

 これほど歴史に無知な人間が「識者」面しているとはなさけない。あるいは無知な政治家の発言だったのだろうか。

  まず、南北朝の混乱が終わった第100代 後小松天皇以降今上天皇陛下までの二十六人のうち、十三人が生前に御譲位あそばされている。半数であり、御譲位のほうがむしろ伝統である。江戸幕府の意向などが強い時代を含むからという異論もあるだろう。

 それなら皇室の力が比較的強く、皇室内で権力争いをしていた、飛鳥奈良平安前期:推古天皇から宇多天皇までみてみよう、、二十五人(齋明皇極女帝と孝謙称コ女帝は同一人だから)中、十三人が御譲位あそばされている、半数以上が御譲位を実行されている。

つまり、「譲位こそが伝統」である。

 西欧の王室の伝統を明治期に無批判にとりいれたために「崩御するまで天皇で在り続ける」という固定観念になってしまったのではないか。皇室にも日本の伝統をとりもどさなければならない。

 平安時代の物語など読むと、譲位など日常茶飯、数年で譲位するのが当たり前、という感じである。
  まあ、これはちょっとやりすぎの感はあるが、、

posted by 山科玲児 at 07:03| Comment(0) | 2017年日記