2018年01月19日

はじめてのルーブル  続3 カラヴァッジオ

はじめてのルーブル.jpg



中野京子  はじめてのルーブル   集英社、2013
http://bunko.shueisha.co.jp/recommend/satsuki_01.html

にたいするつっこみですが、これで最後にしておこうかな。

カラヴァッジオについての記述で、

カラヴァッジオが、20世紀まで、あまり評価されず、1951年のミラノのカラバッジョ展でブレイクして、再評価されたような記述があります。
本当でしょうか? カラヴァッジョは忘れられていたのか?

実は、最近、プラドのラトゥール展(2016年)のカタログ(下イメージ)を読み返していて、この件にひっかかる事実をみつけました。

1817年6月13日のロンドン  クリスティーズでオークションされており、
「カラヴァッジョ」の絵とされていました。
  あれ、カラヴァッジョが無名ならなんで よくわからない絵に名前をあてるのだろう。もっと有名な画家にすればいいじゃないの。。19世紀初期ですから、忘れられてんじゃないの。。


  1795年に教会財産の目録を書いたMassolという人はこれらの絵をカラヴァッジョに近いと書いているようです。
  おかしいですね。18世紀末 フランス革命最中に、田舎の教会関係者にカラヴァッジョはよく知られていたということでしょうか?

 そこで、カラヴァッジョのカタログレゾネがある
Andre Chastel(introduction) and Angela Ottino Della Chiesa,  Tout l'oeuvre peint du Caravage. 1967

 を再度みてみましたら、アンドレ・シャステルの序文では「1951年の再発見」 を特筆大書してました。
ミラノのカラヴァッジョ展てのは、こういうものだったそうです
Mostra del caravaggio e dei caravaggeschi
Palazzo Reale, Milano
Aprile-Giugno, 1951

  一方、Angela Ottino Della Chiesaが丁寧に集めた資料では、それほどでもない。 スタンダールもブルクハルトもモレリも一応、言及はしているようです。

 現在ほどの評価はなかったかもしれませんが、ラトゥールのように忘却されたわけではない、ラファエロやルーベンスやティティアーノのような大画家という評価ではなかったが、それなりに評価されていた、というのが妥当な線だと思います。まあ、1951年の展覧会でブレイクしたというのは確かでしょうが、忘れられていたわけではない。

  第一、カラヴァッジョのサインのある絵は一枚しかないのに、他のサインのない絵が他人の絵にはあまりされていないようです。 これは、それなりに名声が連続していたということではないか?
と推測しています。


LaTour Prado.JPG
posted by 山科玲児 at 09:00| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月18日

ゴヤの「巨人」

Goya 巨人.jpg


  フランシスコ・ゴヤについては、関心が薄かったのでチェックしていなかったのだが、
   2008年に、あの「巨人」(イメージ)がゴヤの作品ではない、という報道がでてたようだ。
   「裸体のマハ」なんかと同じく代表作とされている作品なので、美術ジャーナリズムでは話題になったという。
 それも、作品を所蔵しているプラド美術館自身からの発表だったので、大きい。
 外部の大学教授なんかがそういう説を出しても、所蔵している美術館は擁護する、というのが、普通の動きだからだ。

消息通らしい人のブログ記事がある

プラド美術館のサイトでは、一応、画家名はゴヤになっているのだが、
英文を読むと、疑問があるという説が解説文の冒頭に書いてあって、これはかなり本気なんだな、、という感じです。

   なんか、レンブラント・プロジェクトで「黄金の兜の男」(ベルリン絵画館)が失格になって以来のニュースのように思えたので、だいぶ旧聞になるが、あげておきたい。
   しかし、顔料やキャンバス、技法は、ゴヤの弟子や協力者の作品なら同じになると思うよ。こういうので真贋の区別ができるのは後世の贋作か、他の土地や流派の作品を間違えた場合だろう。



posted by 山科玲児 at 08:52| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月17日

ルーベンスとマネ

Manet Fishing MET detail.jpg



絵画をいかに味わうか
ヴィクトル・I.ストイキツァ 著
岡田温司 監訳
http://www.heibonsha.co.jp/book/b157446.html

 は、それほど面白い本ともいえないんだが、
この本で読んで、ちょっと気になったことを、書いておきます。

私が知らなかっただけで、よくしられていることかもしれません。

フランス近代の画家:
マネの 魚釣り  メトロポリタン美術館
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436951
の右下にマネ夫妻の自画像があって、それが17世紀の大画家ルーベンス夫妻のコスプレ(イメージ)だという話だ。
なんかなあ、、マネのルーベンスへの憧憬が現れているようで、面白い。
 この作品はマネ自身の個展にも出た作品であり、履歴も確かで本物であることは疑いない。

  更に面白いのが、マネの妻の名前がシュザンヌであることで、これは、ルーベンスの妻 シュザンヌ・フールマンと同じだ。ここまでマネしなくてもいいのにね。
妻シュザンヌはオランダ人です。これもまたルーベンス指向かしらん。。
Suzanne Leenhoff
https://en.wikipedia.org/wiki/Suzanne_Manet

 エドゥアール・マネ(1832年1月23日-1883年4月30日)は、
印象派の画家。フランス近代絵画展にでる大画家とされることが多いけれども、
作品自体をみると、印象派というより、スペインのフランシスコ・ゴヤの肖像画のような感じのものが多いと思う。マネ・モネと併称されているとはいえ、マネの位置づけは、ちょっと微妙です。

posted by 山科玲児 at 09:28| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月16日

2つのパッサカリア


  最近、17世紀の2つの音楽に注目しました。
  一つはジロラモ・フレスコバルディの パッサカリアのよる100のパルティータ
  もう一つは、イグナーツ・ビーバーの パッサカリア
です。
  
  実は、フレスコバルディの優れたCDないかとさがしていたら、これをみつけました。
  CDの表紙がストラスブールにあるセバスチャン  ストコップの優秀な静物画でしたので好意をもちました。で、その人の演奏の動画をみつけていたら、
フレスコバルディのパッサカリアによる100のパルティータの素晴らしい演奏をみつけました。
   Yoann Moulin - Cento partite sopra Passacagli
     https://www.youtube.com/watch?v=qiDverVuLKk
ヴァージナルという四角な箱のようなクラブサン・チェンバロでの演奏です
  ゆったりとした演奏ですがあきらかにうまい、万雷の拍手も、むべなるかな。すぐにCDを注文することにしました。動画はいつ消えるかはわかりませんしね。
  いくつかの動画と比較しても上手いし、あのアレッサンドリーニのCDにもこの曲は、収録されているのですが、Yoann Moulinのほうが良いと思います。

   Yoann Moulin: この人は注目ですね。
この曲は、コンサートでは結構とりあげられる機会が多いもののようです 意外でしたが演奏効果があるのかな。


   ついでに、偶然みつけたのが、ハインリヒ・イグナーツ・ビーバーの パッサカリアです。
  これは、ロザリオのソナタという連作の一曲なのですが、優れた曲なので単独で演奏されることも多いようです。 昔から有名だったはずですが、20世紀後期の演奏はどうも、あまりよくなく粗暴な感じがしてこの曲の良さをだしていなかったように思います。ここ20年ぐらいでようやくこの曲にふさわしい演奏がでてきた感じがします。

英国のレイチェル・ポッジャーの演奏を紹介しておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=H3jIX45bQDk
 Youtubeには、他の演奏もあるようですね。


 この二曲、どちらも17世紀の曲だということです。17世紀の音楽は、どうも、従来やや影が薄かったのではないかと思います。17世紀初期のモンテヴェルディの偉観、末期のコレルリ初め、盛期バロックの偉観の間に挟まった時代のものです。今後名曲の発掘が期待されます。
  絵画では、混沌とした16世紀の作品に、その傾向があるような感じがしてます。



posted by 山科玲児 at 10:36| Comment(0) | 2018年日記

アルテピナコテークの冊子



中野さんの、ブリューゲルの人気についての謬論を、ネットでみつけたミュンヘン アルテピナコテークの日本語解説小冊子でもみました。

Die Alte Pinakothek Munchen, Japanische Ausgabe
>ブリューゲルの作品は何世紀もの間、ルーベンスを含む多くの人々に絶賛されてきた。

これはなんとなく古い出版のようにも思います。
ミュンヘンのものや、同様の誤解を生むような欧米の記述が原因のようですね。
優れた美術館の日本語解説でも、誤りはあるものだと思いました、

そういや、パリのロッシュフォール通りにあるモロー美術館の日本語サイトが、過去にぼろぼろだったことがありましたね

   しかし、この冊子にはアルテピナコテーク所蔵のルーベンス作品の由来について、貴重な記述がありました。
Die Alte Pinakothek Munchen, Japanische Ausgabe>
1698年、マックス・エマヌエルは九万フローリンでネーデルラントの美術商 ギスベルト・ファン・コーレンから101点の絵画を購入した。ファン・コーレンがフールマン家ーフールマンはルーベンスの後妻エレーヌの姓ーとの関係を通じて、ルーベンスが私的に所有していた絵画を入手できたというのはありうることである。それらは,ルーベンスがけっして売ろうとせず、邸宅にいつも保管していたもので、エレーヌの4点の肖像画が含まれていた。家族を表したこれらの絵画は、ルーベンスの生涯の私的な部分を描いた他の絵画と並ぶすぐれたものである。

  そうか、ルーベンスの妻の実家から、まとめて買ったのか。それじゃすごいわけだよな。
  


posted by 山科玲児 at 08:38| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月15日

はじめてのルーブル  続2

はじめてのルーブル.jpg

中野京子  はじめてのルーブル   集英社、2013
http://bunko.shueisha.co.jp/recommend/satsuki_01.html
で、ひっかかったところを更に追加しておきます。

17章
レオナルド  ダヴィンチの話  巌窟の聖母の件::
17章>
最初に描いた作品は依頼者が受け取りを拒否したため、巡り巡ってルーブルに収まった。
  岩窟の聖母のトラブルは、関係文書そのものまたはその写しが残っているので、この記述が誤りであることが明らかです
* 修道会が受け取り拒否 **
したわけではありません。
  経費がかかりすぎてしまって赤字になってしまったのでレオナルド側は、追加支払いをするように要求し交渉したんですが、それがミラノ公爵イル・モーロへの訴えになり何十年もかかった訴訟になってしまいました。ミラノ公爵がやったのかレオナルドがやったのか知りませんが絵はフランス王のもとにわたってしまいました。これがルーブルのヴァージョンです。結局レオナルドはもう一枚絵を描いて納品することで決着しました。これがロンドンのヴァージョンです。こちらは弟子のブレディス兄弟が主に制作し、レオナルドは仕上げや指導などに関与しただけだと思われます。


12章
   ファンアイクの「ロランの聖母子」がオータンの教会にあって、一般信徒がこれを礼拝することを強制されたように書いてますけれど、勘違いじゃないかな。 60cmという大きさからいって、主祭壇の真ん中にあったわけではなく、もとはロラン家の邸宅にあり、のちにオータン大聖堂のロラン家の礼拝堂に飾ってあったのでしょう。礼拝堂というのは独立した建物ではなく、大聖堂の壁に作られた大きな壁がんニッチのような建築構造物 :扉のない小部屋のようなところで有力者一族の墓でもあり、そこで祈祷をするところでもある。一般信徒はむしろ入ることができないところです。これは、西欧の古い大きなカトリック教会を訪ねればいやというほどあります。
  まさか、中野先生がこういう教会に入ったことがないということはありえないでしょうから、勘違いじゃないかな。


posted by 山科玲児 at 06:08| Comment(2) | 2018年日記

2018年01月14日

私的宗教画リスト 下

Latour Nativity Renne.jpg 



フーケ 天使にかこまれる聖母子  アントワープ王立美術館


  ううん、これはちょっと宗教画としてはあまりにも「とんで」いますが、どこに置きようもないけれど、落とすには惜しいので採用。



ヘールトヘン=トート=シントヤンス 聖誕

神秘の夜のクリスマス

ヒエロニムス・ボス  十字架を運ぶキリスト  ゲント美術館


 画家の帰属について最近異論がでているようだが、仮に追従者作品になったとしても、傑作には違いない。というより16世紀の「十字架を運ぶキリスト」の絵でこれより優れたものがあるだろうか? どの画家にアトリビュートしても代表作になるだろう。


ヒエロニムス・ボス  聖アントニウスの誘惑  プラド美術館


リスボンの聖アントニウスの誘惑は傑作だが、宗教画というより象徴・寓意画のようにみえるので、こちらを選ぶ。



ヘラルト・ダヴィッド ミルク粥の聖母子、ブリュッセルの王立美術館


  これだけ親しみやすい聖母子像があるでしょうか、、


ミヘール・コクシーMichiel Coxie (1499 - 1592)  聖家族 クロレミュンスター修道院、オーストリア

修復動画https://www.youtube.com/watch?v=vpWTJLj0zho


驚くほど優雅な作品です。パルミジャニーノ以上かもしれないなあ。

クロレミュンスター修道院ってのは、オーストリアハプスブルク家の人々の隠退所みたいな機能ももってました。



デューラー  四人の使徒 1526年、アルテ・ピナコテーク ミュンヘン


これを肖像画にいれてる人(某)がいるけど、どっちかというと擬人像じゃないかなあ。理念を人間像の形に具体化したもんじゃないだろうか? そりゃモデルはいると思うけれどデューラーの意図はそれと違うでしょう?? それに普通四人並べるとき中世以来の伝統ならマルコ・マタイ・ルカ・ヨハネでしょう。これはヨハネ・ペテロ・マルコ・パウロで全然違う。



デューラー  祈る手の習作 アルベルティーナ  ウイーン



コリン  コテール  聖ミカエル ブリュッセルの王立美術館


 ロヒール命な倣古的な作品ですが、成功していると思います。ボーヌ祭壇画は保存が悪いからなあ。。


クウェンティン  マーチエス 玉座の聖母子 ブリュッセルの王立美術館


 これも1世紀前のフレマール派を慕った倣古的な作品ですが聖母の堂々たるガウンの体躯描写がすごいので。。また、幼児キリストの好奇心あふれるまなざしがなんか妙にモダンです


ピーテル・ブリューゲル(父)  聖母の死  グリザイユ  英国バンベリー・アプトンハウス:ナショナルトラスト


ブリューゲルの絵のなかで、これほど真摯な信仰告白があるだろうか



ルイス・デ・モラーレス(1515-1586) 聖母子  エルミタージュ、ペテルスブルク



いかにも、スペイン女性らしい顔のようにみえるのだが、単なる先入観かもしれない。


グリューネワルト  イーゼンハイム祭壇画、ウンターリンデン美術館、コルマール



観たいような観たくないような。。。


ティントレット  最後の晩餐  サンタ マジョーレ教会  ヴェネチア


エルグレコの先輩というか、不思議な作品だなあ、と思います。とくに、透明な天使たちの描写が惹かれます。

エルグレコ  受胎告知  プラド美術館

  ビルバオに、ほぼ同じ絵がありますが、プラドのほうがいいかな?  熾烈な霊的火花を感じます。まさに反宗教改革の力かな。 小型のレプリカがティッセン・ボルミネッサ美術館にあります。 どうもエル・グレコは、こういう小さなレプリカを自宅において記録にしていたらしい。描いた絵を皆素描で記録して、のちに出版したクロード・ロランを思い起こしました。



       腕が印象的でした。




ムリーリョ  無原罪のおやどり  エルミタージュ美術館、ペテ1ルスブルク


1996年 エルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画:東武美術館で鑑賞

   ペテルブルクには2点  同題の大型のムリーリョ画があります。でも、この、18世紀に英国のウォルポール伯爵Robert Walpore(初代首相)が所蔵したことがあるこの作品The Walpole Immaculate Conceptionのほうが、良いと思っています。




  なんというか、絵画の中で永遠化された人間達、という感じがする傑作です。そういう意味では肖像画と宗教画の際どい交錯という感じもします。



    昔、 これのベルリンヴァージョンを白黒写真を観ていっぺんにファンになりました。ルーベンスとは全く逆の発想ですね。


            (イメージはこれです)


       日本にあるのが、もったいないくらいの良い作品ですね。


 なんか観た覚えがあるのですが、、たぶん何度か開催されたエルミタージュ展で、、


フィリップ・ド・シャンパーニュ、ヴァニタス(頭蓋骨のある静物)


   こういう気味の悪いものも、キリスト教の瞑想のためのツールなわけです。マグダラのマリアが頭蓋骨を前に瞑想している絵はしばしば観るところです。 金剛杵が真言密教の仏教美術なら、こういう絵もやはりキリスト教美術の一つだと思います。シャンパーニュの絵にはジャンセン主義の影響が強いので苦行の強調と関連しているのでしょうか?



カスパール・ダヴィッド・フリードリッヒ  山上の十字架、 ドレスデン,国立近現代絵画館


オディオン  ルドン  聖ジャンヌ=ダルク  ヴァチカン美術館


  ルドンの作品では、ヴァチカンに入っていることもあるけど、一番  宗教画らしい。




なんか、近代の聖書のイメージ、天使イメージなどは、このジョン・マーチンの絵にかなり影響されてるんじゃないか?と思っています。




  キリスト教というより、もっと危ない、オカルトに足を突っ込んだ画家の作品。

これをあの雅な古都・観光都市のブルージュの、それもファンアイクなどの名画が並ぶグロニンヘン美術館の展示の最後で観たのは衝撃でした。




     画家が、自分が贋作したことを証明するために獄中で証拠制作したという、 非常に皮肉な作品です。ある不気味さと個性を感じる奇妙な宗教画ですね。


・サルヴァドール=ダリ、十字架の聖ヨハネのキリスト(1951)、ケヴィン=グローブ美術館、 グラスゴー


いうまでもないことですが、「十字架のヨハネ」というスペイン人のカトリックの幻視者・聖人が感得したキリスト磔刑のイメージです。間違えている人もいたので。



posted by 山科玲児 at 10:05| Comment(0) | 2018年日記

私的宗教画リスト 上

St Ursula shrine.jpg


 20171228日に、 未完成稿を書きましたが、一応これで完稿とします。


テーマで見る世界の名画全十巻の第四巻
http://gakugei.shueisha.co.jp/artgallery/
https://www.shueisha.co.jp/artgallery/vol04.html
宗教画
に触発されて、私的セレクションしてみます。7点ぐらいしか重複しておりません。

   西洋絵画で、キリスト教絵画というふうに限定されたものだと解釈するのが普通だろうから、それを前提とします。 宗教絵画でも美術的に稚拙で美術的価値のないものは、絵馬とか御札とかいくらでもあるのだから、そういうものは除きます。 また美術的価値が高い傑作でも宗教的思想的訴えや感情が薄いものは除きます。



全部実見したものにしたかったのですが、やはり捨てがたいものもあるので

実見していない作品もいれました。それはをつけておきます。


で、リストです。



アンドレイ  ルブリョフ 至聖三者のイコン トレチャコフ美術館、モスクワ 


ランブール兄弟  いとも豪華な時祷書、コンデ美術館、シャンテイー
 聖母戴冠


堕天使の墜落


ローアンの時祷書、パリ国立図書館

 死者と神



フラ・アンジェリコ  受胎告知(大、壁画) サンマルコ修道院、フィレンチェ、  フレスコ


ヒューベルトとヤンファンアイク兄弟:: ゲント祭壇画



・ロヒール 十字架降下  プラド美術館



ペトルス・クリストス、 枯木の聖母子、  ティッセン ボルネミサ美術館、  マドリード

ほんとに小さな絵ですが、神秘的です。



マサッチオ 償いの金 ブランカッチ礼拝堂  フィレンチェ



フラフィリッポ リッピ バルトリーニ トンド(聖母子と聖アンナ) ピッティ


ボッテチェルリ  マニフィカートの聖母  ウフィッティ


豪華絢爛な最盛期の作品ですね。


ボッテチェルリ 《神秘の降誕》ボッティチェリ,サンドロ ロンドン  ナショナルギャラリー


ボッテチェルリの苦悩がある解決を求めたようなメッセージ性がある絵画



メムリンク  ヨハネ祭壇画 中央画面、メムリンク美術館、ブリュージュ


メムリンク  乙女たちを保護する聖ウルスラ(イメージ)、メムリンク美術館、ブリュージュ


カルロ  クリベッリ モンテフィオーレ祭壇画(ブリュッセル、ロンドン、モンテフィオーレデルアッソに分蔵)

  


ペルジーノ  聖母被昇天  サンティッシマ・アヌンツィアータ教会 フィレンチェ


  3m以上という、とにかく大きく甘美な作品です。実は画家の真蹟かどうかはちょっと怪しいらしいけれど、いかにもペルジーノらしい。


ヴェロッキオとレオナルド  キリストの洗礼 ウフィッチ  フィレンチェ


なんか、このテーマの典型の絵になっているような気がします。


レオナルド  ダヴィンチ 聖アンナのいる聖家族 カルトーネ  ロンドン  ナショナルギャラリー


ルーブルにある油絵の完成作よりもこちらのほうに魅力を感じました。


ミケランジェロ  アダムの創造 システィナ、ローマ

  まあ、これは。典型を作ったものですし。


ラファエロ  美しい女庭師 ルーブル


  理想型ですね。文句なし。

マンテーニャ,  聖エウフィミア、カピディモンデ美術館、ナポリ


個人的に凜としたこれが好きなので



ジョヴァンニ・ベッリーニ、  牧場の聖母子、  ナソナルギャラリー  ロンドン


ミラノのブレラにある作品も良いのですが、こちらの方が保存がよいのか補修が良いのか綺麗にみえます。

ポントルモ カポーニ礼拝堂壁画 サンタ  フェリチタ  フィレンチェ

https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Descent_from_the_Cross_by_Pontormo


https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Santa_felicita,_annunciazione_di_pontormo.JPG


最初に感動したイタリア ルネサンス絵画がこれでした。京都でみました。


(文字数制限のため、、下に続く)


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posted by 山科玲児 at 09:49| Comment(0) | 2018年日記

スマルト

元 青花 魚藻壷  安宅 detail.jpg


昨日(2018年1月13日)書いた
「悪女グリート」のなかの、
「青でスマルトを使っていたので、褪色した」という件で、コバルトで発色した青ガラスが褪色するもんだろうか?という疑問があり、またスマルトは明代景徳鎮青花陶磁器とも関係があるので、色々調べてみました。
  まず、「絵画鑑識事典」(REf1)によると、スマルトの褪色は、いつも起こるのでは無く、特定の状況下で起こるもので、「青色の病変」というものらしい。天然ウルトラマリン、アズライト、スマルトなど青色顔料を使ったとき、たまに起こるものらしい。どうも顔料そのものの褪色ではなく、周囲の乾性油の部分で変成がおこり細かいひびなどで屈折や光の透過が変わるためのようだ。なんで「青」だけに起こるのか?よくわからない。あるいは、青の顔料は粒が大きいせいかもしれません。

 このスマルト  絵画材料事典(ref2)では、1540年ごろの発明ということになっていて、ホルバイン(1498年?ー1543年)の使用例があるので実際はもっと早く1500年ごろから使用されたのか?という記載もされている。ブリューゲル(1525? -1569)は十分使用できたと思います。
 ブリューゲルの孫世代のルーベンスは相当たくさん使用しているようですが、褪色していないものも多いので、油絵の技術(使用した油などの違い)や保存環境にもよるのかもしれません。

 米国 リングリング美術館の「ソドムを去るロトとその家族」
 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Flight_of_Lot_and_His_Family_from-Sodom_by_Peter_Paul_Rubens,1613-15._Oil_on_canvas.From_the_Ringling_Museum.jpg
の輝かしい青はスマルトなんだそうです(ref4)

  スマルトという名前は、中国古陶磁では、意外によく知られております。蘇麻離青という中国名まであって明らかにイスラム圏からの輸入品であり、日本で言う染め付け、中国でいう青花の発色剤として、とくに元時代・明時代前半などで多く使われたとされております。
  大阪市立東洋陶磁美術館にある、元染め付けの壺の部分をイメージにしてみました(当方の撮影写真)。
 その後、中国国内産の呉須が多く使われるようになって輸入品でもあり、あまり使われなくなったようです(ref3)。
 14世紀ぐらいから輸入されてたみたいだから、西洋でも、もっと早くから画材として使用されていたんじゃないか?とも思いますが、もともとは青いガラスなんで細かく砕くと色が薄くなってしまうところが難だったのかもしれません。
ref.1  クヌース・ニコラウス,黒田夫妻訳,絵画鑑識事典2nd ed., 1990, 美術出版社
ref2. ラザフォード・J. ゲッテンス, ジョージ・L. スタウト,  絵画材料事典 ,  翻訳 森田恒之,  美術出版社, 1999
ref3. 内藤 匡, 改訂 古陶磁の科学, 二玄社, 東京, 1986
ref4 下山 進,  文化財の非破壊分析から得られる情報を活かす.  文化財情報研究 
posted by 山科玲児 at 08:19| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月13日

ブリューゲルの修復



アントワープのマイヤーファンデアベルヒ美術館の看板


が修復中のようです。

    とすると、ウイーンには貸し出さないな。

修復作業の件をマイヤーファンデアベルヒ美術館のClaire Baisier 館長
.が解説している動画がありました。

修復作業に関係する調査で次のことがわかったそうです。

・Prof Martens によると、題名  DULが書いてあったので、DULL Griet という題名は当初かららしい。

・青顔料としてスマルト(花群青)を使ってあったので、現在は青が褪色してしまっている。これを
戻すことができたら、相当 現在とは 変わった画面になるでしょう。


posted by 山科玲児 at 20:12| Comment(0) | 2018年日記