2018年01月07日

レトルト パスタソース


たらこ  パスタソース  s.jpg


マ・マー
あえるだけパスタソース 逸品
たらこ 生風味

これ、結構良かったと思います。
追加で買いました。

posted by 山科玲児 at 09:33| Comment(0) | 2018年日記

大倉集古館展


九州国立博物館で、
http://www.kyuhaku.jp/

今年秋  10月2日〜12月9日まで、
大倉集古館の特別展 出張展  を予定しているようです。

大倉集古館
http://www.shukokan.org/
のサイトみると、、
>>大倉集古館は施設改修工事のため、2014年4月1日から2019年初までの予定で休館してしております。

ということで、貸し出しが容易になっているのでしょう。

九州国立博物館からの年賀状で知りました。まだ、公式サイトでは開示されていない最新情報です。
大倉集古館は、日本の私立博物館では、1,2を争うぐらい古いとこですから、結構面白いものが、あまり公開されないで眠っていることがあるんですよね。


例えば、今、東京国立博物館に寄託されてる。

紀元前の中国製
1mぐらいもある大きな漆器の容器
伝中国河南省輝県出土 戦国時代・前5〜前3世紀
なんてものがあります。これは大きい。。
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4234

これは出展するかわかりませんが、1例です。

こういうことは、やはり古い歴史のある根津や白鶴、東京国立博物館にもいえることです。
正木美術館は、もっと変わってますけどね。

 昔、大倉集古館を訪ねたことはありますが、展示スペースが広くないので、全貌はわからない感じでした。 大阪の藤田美術館と同様に、他の大きな美術館での特別展のほうが、よくわかるという状態だと思いますので、こういう展覧会はとても貴重でしょう。




posted by 山科玲児 at 05:39| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月06日

ボス展のカタログを読む 23  S.P.Q.R.


SPQR Bosch Valencia.JPG

これは、読む、というよりカラー写真の利用です。作品解説にはこのことは書いてありませんでした。

2016年09月20日
ボス展のカタログを読む その14 ドンナ メンシャ
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/176941419.html
で言及したヴァレンシア美術館にあるボス派の絵は非常に保存が良く来歴も確かなものですが、ボス逝去後の模倣的な作品で、ボスの作品ではありません。

この絵の中央画面右下の男の袖に  S.P.Q.R. と書いてあって(イメージ)、どうも気になっていたんですが、ローマ市民という意味のようです。

SPQRとは、ラテン語で「Senatus Populusque Romanus」(セナートゥス・ポプルスクェ・ローマーヌス)の略語である。
その意味は「元老院とローマの人民(市民)」、
https://ja.wikipedia.org/wiki/SPQR
なんだそうです。

この文字は、細いので古い粗い写真ではわからないので、最近の悪戯か写真製版のときのミスかとも思ったのですが、少なくとも2001年ロッテルダム  ボイマンスでの展示カタログにはあるようです。
プラドのボス展では実物をみたはずなんですが、あまり好きな作品でもないので、そのときはそれほど精細に観なかったので記憶に留めてはおりません。

 この作品、周囲のグリザイユの天使と悪魔の戦いが佳作ですので、プラドでは、そういうところだけ観たような気がします。幅4m、高さ1.7m近くという結構サイズが大きな作品なので、そういうとこだけみても結構見応えがあります。ちなみにロッテルダム展では、ろくに観もしませんでした。





posted by 山科玲児 at 10:28| Comment(2) | 2018年日記

スペインの煮込み

丸山久美 スペイン煮込み.jpg


  マドリードを旅行したとき、意外に煮込み料理が多いことにきがつきました。

  上の本を借りてきて、色々作ってみましたが、良い料理が多いですね。

 昨晩は、年末から余った食材が多かったのでタラを買ってきて、「米とタラとほうれん草の煮込み」
を作りましたが、マズマズでした。 この本買ってみようかな。


心も体も温まる スペインのスープと煮込みレシピ 単行本  – 2012/11/17
丸山 久美   (著)






posted by 山科玲児 at 09:40| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月05日

ブリュージュの最期の審判



昨日書いた、
ブリュージュの「最期の審判」
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Last_Judgment_(Bosch_triptych,_Bruges)
99x117,5cm
バルティックオーク材に油絵
は過去、なんども鑑賞したので、その記録の一部をおいておきます。
  まあ、ブリュージュにいったら、一応必ず観てるはずだし、もっと何回もみてるはずですが、ちゃんと記録したのは少なかったかもしれません。

    ブリュージュ(ブリュッゲ)の市立美術館(グロニンヘン美術館)にあるボスとされる、やや小型の三連祭壇画「最後の審判」は何度も観たが、最初にみたときは真っ黒でガラスの反射もあったせいか何が描いてあるのかほとんど分からなかった。

2001年にロッテルダムの特別展に出たときはかなり洗浄したのかかなりよくみえるようになっていた。
そのときの感想は、

   ブリュージュの[最後の審判]は20年前にグロニング美術館でみたものとは違うようだ、色彩が鮮やかで美しい。しかし、線や描写図象自体はそれほどよくなく、残念である。保存のよい、文字通り、ボス在世時のアトリエ作だろうか??この外側のグリザイユは「内部よりずっと水準が高い」ということになっているが、何が描いてあるのかどうしてもつかめなかった。あまりに痛み、薄れている。


2005年にブリュッセルのBOZARTの特別展示でみたときは、こういう感想を持った。

        伝ボスの「最後の審判」もきていた。なかなかきれいな作品で、みどころも多いが惜しいかな中心部分のキリスト、天使などが弱いとおもう。ただ、これは、繪のサイズを考慮する必要があるだろう。快楽の園のような大きな繪のモチーフを小さな祭壇画につめこむとかなり無理がでてくるということもあると思う。大きな祭壇画をもとに、「類似のものを」という個人の需要に対してアトリエで制作されたものではないか?


   2016年にマドリード プラド美術館のの特別展に出たときは、相当綺麗になっていた。プラド美術館の学芸員 Pilar Silva Marotoおばさんの論説によると、北ブラバントでの特別展に出す前にかなり修復したようである。
   今ウイーンにある「最期の審判」も、どうやらブリュージュにいた高官の注文によったもので、当然、当時はブリュージュにあったものらしい。

その根拠は、、
2016年09月03日 ボス展のカタログを読む その8 ウィーン 最期の審判
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/176728051.html

    しかし、現在ではブリュージュにはボスやボス派系統の絵画はほとんどない。かろうして、これがあるだけである。


posted by 山科玲児 at 06:45| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月04日

ボス展のカタログを読む 22 ヴェネチアにあった


savoldo  total SS.jpg

savoldo brugge grillo detail.jpg

savoldo Brugge detail5.jpg

savoldo  brugge detail2.jpg



ブリュージュ(ブリュッゲ)の市立美術館(グロニンヘン美術館)にある
ボスとされる、中型の三連祭壇画「最後の審判」
は1520年ごろにヴェネチアにあったようだ。ボス逝去後5年にもならないころである。
これは、相当確実に言うことができるようだ。

 プラドのカタログの個別作品解説でベルギー  ブリュージュの博物館総監督 Till Holger Borchertが書いていた(ref)。
 どういうことかというと、1520-1540年ごろヴェネチアで活動した画家

Giovanni Girolamo Savoldo(Brescia, 1480 circa – post 1548)
の絵  
 聖アントニウスの苦難Torment of St Anthony (c. 1515-1520),
が, カリフォルニアのサンディエゴの美術館にある
 Timken Museum of Art, San Diego, CA, USA
http://www.timkenmuseum.org/collection/torment-of-st-anthony/

その絵の細部にでてくる複数の怪物が、ブリュージュの最期の審判そっくりなのである。どうみても借用だ。

イメージに比較をしておいたし、聖アントニウスの苦難のどの部分かを図示しておいた。
左がSAVOLDO, 右がボスである。

    そうすると、1520年ごろヴェネチアにあったということが、かなり確かに言うことができるし、作品制作年代の下限は1520年になる。一方、年輪年代学による推定では1478年ごろの伐採材であるそうだ(P. Klein 2001年ロッテルダムのボイマンス展の際刊行の論文集による)。そうなると、1490-1520の間に制作年代は限ることができ、16世紀に多いのボス派の模倣作とは違って、ボスの周囲での制作であることは確実なのではなかろうか?

  ただ、これがボスの真蹟かどうかについては、古くから議論疑義はある。BRCP総カタログは麗々しく「本物」にリストしたが、所蔵するブリュージュのTill Holger Borchert先生自身が抑え気味の記述に終始している。プラドのカタログということもあるのかもしれないが、立派だ。所蔵している機関の担当者は概して「我が仏尊し」で自分のところの作品を過大評価しがちなものである。Till Holger Borchert氏は苦み走ったあまり愛想のない人のようだが、尊敬したくなった。

 当方の考えは、ボスの甥Paulus Wijnantsとの共同制作じゃないかと思っている。なぜか外側をボスが描き、内側はボスのアイディアで甥が主に描いたのではないか??
  ボスやボス派の作品には5W1Hがはっきりしないものが多く、ボスの作品なのかどうかすらも問題だが、工房作としてもいつどこでどのように作られ伝世されたものかさっぱりわからないものが多い。

 そういう意味では、こういうしっかりした里程標が21世紀になってすこしづつでていることはありがたい。

    しかし、これを指摘した論文は、なんと1974年40年以上も前のものであって、私も、全く知らなかった。
米国クリーブランド大学の人の論文だ。
Michael A. Jacobsen, ≪Savoldo and Northern Art≫, The Art Bulletin, LVI, 1974, p. 530-534
埋もれている業績は、多いものだと思う。

REF. Prado, Bosch (english  ver), 2016,  318-321p.,     作品no.42 の解説
posted by 山科玲児 at 08:18| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月03日

伊勢神宮の古写真


伊勢神宮 ss.jpg



 この伊勢神宮 内宮写真は、
  明治22年(1889年) 10月2日 第56回式年遷宮 後の写真と解説がついているのですが、
  あるいは、
  明治42年(1909年) 10月2日 第57回式年遷宮 のものか、という疑義もあります。
  
 いずれにせよ、こういうアングルでのパノラマ写真的な古写真は少ないようで、ネットでも
 未だみつけていないので紹介しておきます。
  おそらく撮影制限などで、なかなかこういう撮影ができないのかもしれません。

   これを観ると、つくづく、奈良時代以前飛鳥時代弥生時代の宮殿建築は、こういう感じだったんだろうなあ、,と感じるところがあります。中国大陸風の建築が仏教寺院などに使われても、湿気の多い日本では住みにくい外国風建築だったらしく、富豪豪族貴族皇族など、中国風建築で住居を作ることが簡単にできる人々も、日常の住まいは高床式のより日本的な家屋に住んでいたようです。 奈良時代以後、そうとうあとまでは、そうだったのではないか?と、私は思っています。それは、文化的好みだけではなく、実用性利便性環境衛生などの問題からそうだったんだろう、と思っています。

   イメージソース:: 東洋美術 特輯第1号 先史古代    飛鳥園、奈良 、1930, November
posted by 山科玲児 at 10:04| Comment(0) | 2018年日記

縄文土器

縄文土器 小林  日本の美術6 s.jpg



2011年に、
縄文土器の衣替え
というのを書いた。

その種本は、イメージの  小林達雄  縄文土器  日本の美術No.145
至文堂 制作年昭和53年(1978)
である。表紙は縄文後期の精巧な土器で青梅教育委員会管理なんだそうだ。

この本、年代については、その後大きく変わっているだろうが、出土状況なんかは事実なのでかわりようがないから、使える本だと思っている。
縄文土器がこわれてもいない完品も含めて一度に多量に廃棄されているという現象を指摘して「衣替え」と称していた。最近、私は、これは死者の使っていたものを「忌」んで皆 まとめて埋蔵したのではなかろうか、というような考えをもっている。

  こういう「けがれ」「忌み」のタブーのようなものは、イザナギノミコト以来、現在まで受け継がれているものではなかろうか。

posted by 山科玲児 at 09:14| Comment(0) | 2018年日記

2018年01月02日

ゲティ美術館が買った ヴァトー



2017年7月20日だから、旧聞であるが、、
ミケランジェロやパルミジャニーノ、ヴァトーらの傑作、ゲティ美術館が入手| MUSEY MAG[ミュージーマグ]
https://www.musey.net/mag/289
  というニュースがあった。そのなかでは、
ヴァトーの「驚き」が、ほぼ150年行方不明だったものだということで、めでたい気がする。

ただ、この記事には誤りがある。

誤>行方不明とされていた間は、英国バッキンガム宮殿の王立コレクションにあったコピーでしか知られておらず、しかも白黒の版画であった。

正>行方不明とされていた間は、英国バッキンガム宮殿の王立コレクションにあったコピーと、白黒の版画でしか知られていなかったが、別の絵の存在だけは知られていた。

根拠は、下記のゲティ美術館のプレスリリース  並びに、Rosenberg, Pierre & Ettore Camesasca, Tout l'oeuvre Peint de Watteau,  Flammarion, Paris (1970)
を参照しました。

「白黒の版画」はこれのようである。Biblioteque Nationale所蔵
http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b8431215b

 まあ、別ヴァージョンの絵があると知っていても写真もなく実物をみてもいなければ、劣悪なコピーなのかもしれないし、主題だけが同じ全く別の絵なのかもしれないわけで、それが本物あるいは最良ヴァージョンだとは、到底言えない。まあ、その時点その段階では、行方不明としか言いようがない。
  小さな絵ではあるが、ヴァトーの絵は、思ったより小さい絵が多い。ルーブルで複数のヴァトー作品を観たとき、え!こんなに小さいの、、と思ったものである。フラゴナールやルーベンスの絵のような大きなものは、あまりないようである。どうもベルリン シャルロッテンブルグ宮にある「ジュルサンの看板」が一番大きいようだ。
  この「驚き」、2008年に、クリスティーズでオークションされたときは、12,361,000ポンド::二十五億円ぐらい(為替相場によって違う)。そのときのクリティーズのスポークスマンは、
“It was found during a routine valuation in the corner of a small sitting room in an English country house. It is slightly larger than a sheet of A4 paper,” (英国のカントリーハウスでの、ルーチン業務として、美術品の価格評価をしていたとき、発見されました。A4より少し大きいだけの絵でした。(拙訳))
  こういう「掘り出し」てたまにはあるもんなんだなあ、、それこそ驚きです。普通は、信じられない。 なにかの引っかけ、騙すための「埋け込み」じゃないかと疑うよね。
そして、

2014年12月17日
ワトーの模写って多いんだね
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/106880574.html

で、指摘したようにコピーが多い人気作家だったようだから、今回の「驚き」もコピーの一つではないか?という疑念はある。また、残っている作品も多いし、もっと優れた/大きな作品もあるので、そう騒ぐほどの作品かな?とも思っている。ちなみに、私は英国のダリッチの「舞踏会の楽しみ」が好きです。
Dulwich  Les Plaisir  du Bal

 英国の個人コレクションから買ったと、この記事などで書いているけれど、これはコレクターというよりディラー・あるいは投資会社じゃないかと思う。2008年に落札したものを2017年に譲渡しているわけですし。。

カリフォルニアのゲティ美術館のプレスリリース
GETTY MUSEUM ANNOUNCES LANDMARK ACQUISITION
http://news.getty.edu/content/1208/images/Press%20Release%20-%20July%20Acquisition%20(drawings%20%20painting)%20FINAL.pdf
posted by 山科玲児 at 09:37| Comment(0) | 2018年日記

洗濯物の部屋干し

扇面法華経  日本の写経d.jpg

冬には洗濯物があまり乾かないので、除湿器で乾燥させています。
イメージは、12世紀末期の「扇面古写経(扇面法華経冊子(せんめんほけきょうさっし))」下絵の一部(四天王寺蔵)ですが、外干ししてますね。平安時代当時の洗濯の光景をかいまみることができる貴重な絵です。Image Source 日本の写経:京都書院

一方、欧米では外に干すのを禁止している都市・地域もあるようです。 どうも、これはもともと部屋干しが原則だったので、あまり抵抗がなかった、南方から来た外国人が外干しするのがいやだ、というようなことかもしれません。

映画:真珠の耳飾りの少女 で一番印象的だったのは、外干しした洗濯物が雪で凍り付いてバリバリになっているものを慌てて取り込むシーンでした。そうかオランダの冬じゃそうなるんだな。

よく考えたら、カラフトぐらいの緯度のアルプス以北だと冬は真っ暗な夜が長すぎて昼がほとんどないだろうから、洗濯物は外で干しても意味がないことも多いのでしょう。パリはユジノサハリンスクよりずっと北です。北欧なんか夏は白夜があるということは冬は1日中真っ暗ということでしょう。

そうなると、1年の1/3ぐらいは使えない外干し場は意味がないのかもしれません。
また、日本よりも西欧は明らかに乾燥しているようで、ホテルの部屋で下着を洗っても結構乾きます。
そういう点では部屋干しむきなのでしょう。もっと乾燥しているイランなどでは、洗った洗濯物を部屋に積んでおいとくだけでカラカラに乾いてしまうという話を聞いたことがあります。




posted by 山科玲児 at 08:02| Comment(0) | 2018年日記