2018年01月03日

伊勢神宮の古写真


伊勢神宮 ss.jpg



 この伊勢神宮 内宮写真は、
  明治22年(1889年) 10月2日 第56回式年遷宮 後の写真と解説がついているのですが、
  あるいは、
  明治42年(1909年) 10月2日 第57回式年遷宮 のものか、という疑義もあります。
  
 いずれにせよ、こういうアングルでのパノラマ写真的な古写真は少ないようで、ネットでも
 未だみつけていないので紹介しておきます。
  おそらく撮影制限などで、なかなかこういう撮影ができないのかもしれません。

   これを観ると、つくづく、奈良時代以前飛鳥時代弥生時代の宮殿建築は、こういう感じだったんだろうなあ、,と感じるところがあります。中国大陸風の建築が仏教寺院などに使われても、湿気の多い日本では住みにくい外国風建築だったらしく、富豪豪族貴族皇族など、中国風建築で住居を作ることが簡単にできる人々も、日常の住まいは高床式のより日本的な家屋に住んでいたようです。 奈良時代以後、そうとうあとまでは、そうだったのではないか?と、私は思っています。それは、文化的好みだけではなく、実用性利便性環境衛生などの問題からそうだったんだろう、と思っています。

   イメージソース:: 東洋美術 特輯第1号 先史古代    飛鳥園、奈良 、1930, November
posted by 山科玲児 at 10:04| Comment(0) | 2018年日記

縄文土器

縄文土器 小林  日本の美術6 s.jpg



2011年に、
縄文土器の衣替え
というのを書いた。

その種本は、イメージの  小林達雄  縄文土器  日本の美術No.145
至文堂 制作年昭和53年(1978)
である。表紙は縄文後期の精巧な土器で青梅教育委員会管理なんだそうだ。

この本、年代については、その後大きく変わっているだろうが、出土状況なんかは事実なのでかわりようがないから、使える本だと思っている。
縄文土器がこわれてもいない完品も含めて一度に多量に廃棄されているという現象を指摘して「衣替え」と称していた。最近、私は、これは死者の使っていたものを「忌」んで皆 まとめて埋蔵したのではなかろうか、というような考えをもっている。

  こういう「けがれ」「忌み」のタブーのようなものは、イザナギノミコト以来、現在まで受け継がれているものではなかろうか。

posted by 山科玲児 at 09:14| Comment(0) | 2018年日記