2018年01月19日

消えたカラバッジオ の評価


カラヴァッジョを検索していたら、偶然ひっかかった話題::

ジョナサン・ハー 著  , 田中 靖 訳 、消えたカラヴァッジョ 2007/12/12  岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b264570.html
というノンフィクション本があるそうだ。

1987年にダブリンのイエズス会で発見され、ダブリン国立ギャラリーにある絵画をテーマにしている。
https://www.nationalgallery.ie/taking-christ-michelangelo-merisi-da-caravaggio

これに関連して2011年に日本のTVプロダクションが関係者に取材した番組があり、NHK  BSで報道されたらしい。
その、
TV取材のプロダクションからの証言ですが、
http://www.tvu.co.jp/program/gokujo_caravaggio/

>[消えたカラヴァッジオ」の作者は、一度もアイルランドに来たこともなく、アイルランドにいた関係者にまったく取材をしないでこの本を(ほぼ想像で)書いていたのだ。

作者とTV関係者  どちらの証言が正しいのかはわからないが、なんかどっちも信頼できないかも、、

ただ、ジョナサン・ハーは、ダヴィンチコードの商業的大成功のあとを追いたい人じゃないか?という疑念がでてきた。

カラヴァッジョ  ファンの人たちには、この本は、どういう評価をされているのか知りたいところではある。



posted by 山科玲児 at 10:41| Comment(2) | 2018年日記

はじめてのルーブル  続3 カラヴァッジオ

はじめてのルーブル.jpg



中野京子  はじめてのルーブル   集英社、2013
http://bunko.shueisha.co.jp/recommend/satsuki_01.html

にたいするつっこみですが、これで最後にしておこうかな。

カラヴァッジオについての記述で、

カラヴァッジオが、20世紀まで、あまり評価されず、1951年のミラノのカラバッジョ展でブレイクして、再評価されたような記述があります。
本当でしょうか? カラヴァッジョは忘れられていたのか?

実は、最近、プラドのラトゥール展(2016年)のカタログ(下イメージ)を読み返していて、この件にひっかかる事実をみつけました。

1817年6月13日のロンドン  クリスティーズでオークションされており、
「カラヴァッジョ」の絵とされていました。
  あれ、カラヴァッジョが無名ならなんで よくわからない絵に名前をあてるのだろう。もっと有名な画家にすればいいじゃないの。。19世紀初期ですから、忘れられてんじゃないの。。


  1795年に教会財産の目録を書いたMassolという人はこれらの絵をカラヴァッジョに近いと書いているようです。
  おかしいですね。18世紀末 フランス革命最中に、田舎の教会関係者にカラヴァッジョはよく知られていたということでしょうか?

 そこで、カラヴァッジョのカタログレゾネがある
Andre Chastel(introduction) and Angela Ottino Della Chiesa,  Tout l'oeuvre peint du Caravage. 1967

 を再度みてみましたら、アンドレ・シャステルの序文では「1951年の再発見」 を特筆大書してました。
ミラノのカラヴァッジョ展てのは、こういうものだったそうです
Mostra del caravaggio e dei caravaggeschi
Palazzo Reale, Milano
Aprile-Giugno, 1951

  一方、Angela Ottino Della Chiesaが丁寧に集めた資料では、それほどでもない。 スタンダールもブルクハルトもモレリも一応、言及はしているようです。

 現在ほどの評価はなかったかもしれませんが、ラトゥールのように忘却されたわけではない、ラファエロやルーベンスやティティアーノのような大画家という評価ではなかったが、それなりに評価されていた、というのが妥当な線だと思います。まあ、1951年の展覧会でブレイクしたというのは確かでしょうが、忘れられていたわけではない。

  第一、カラヴァッジョのサインのある絵は一枚しかないのに、他のサインのない絵が他人の絵にはあまりされていないようです。 これは、それなりに名声が連続していたということではないか?
と推測しています。


LaTour Prado.JPG
posted by 山科玲児 at 09:00| Comment(0) | 2018年日記