2018年01月26日

元号


  チラ見した動画で、竹田恒泰氏が、次の年号になりそうな候補をあげていた、過去500年に候補にあがって採用されていなかったものから、MTSHなどの頭文字略号と重複せず無闇に煩瑣な漢字でもないものから選んだそうだ。

  安延  文長  永明  延化  建安  弘永 文承 安長 弘徳 文弘  安化 永光  建和

  チラ見して、あれおかしいな、と思ったものだ。
   チャイナの歴代王朝で使った年号が入っているじゃないの??  竹田さんは、中国史にはあまり詳しくないんだなあ。三国志に関心のある人なら知らないものはない年号の「建安」が入っている。「永明」も古写経では有名だしね。
   おまけに、この年号「建安」は、曹操が主催した時代で、その最後にケン帝は曹丕(魏の文帝)に譲位し漢王朝が滅亡した。皇室にとっては極めて不吉な年号であろう。

  次に  南北朝時代  南斉の「永明」。これは南斉の武帝の年号だが、武帝の政治自体は良かったとはいえ、後継者選びに失敗し、そのあとの南斉はメチャメチャになり、次に遠い親戚の蕭衍が梁を建国して一応太平になったんだから、あまり感心しないなあ。

   この2つはすぐわかったが、念のため東方年表  をもってきて調べてみたら。
「建和」も既に使っていた。
建和  後漢  桓帝初期3年ほど使用、 五胡十六国の南涼で1年ほど使った
これも、前の「建安」ほど悪くはないけど、あまり感心しない。

   まあ、文弘  あたりがいいんじゃないの、文化文政時代は一応繁栄したんだし。ただ、明治の少し前「文久」は暗殺年といわれたほど血なまぐさい時期だったけど、それほど有名じゃないしね。

   安なんとかというのは、安政時代の評判が悪すぎて(大地震・大獄などなど)しばらくは使えないだろう。
   寛の字は使えないのかな?寛平なんて評判良いしね、


posted by 山科玲児 at 08:12| Comment(0) | 2018年日記