2018年02月06日

国宝 「智永 真草千字文」の由来:聞き書き


太宰府の九州国立博物館:特別展『王羲之と日本の書』
http://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s50.html
に、3月13日〜4月8日まで公開される
国宝 「智永 真草千字文」の由来について、
書苑 3巻1号,真草千字文特集,三省堂,1939 から石田凌風氏の記述を再録してみたいと思います。
現代仮名遣い、漢字にしてます。

こういう聞き書きは、忘れ去られ易いものですから。
ただ、他の説や伝聞があるかもしれません。
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  如意翁が此の二体千字文を獲られた次第を、翁と交わった木村擇堂に聴くと、こうである。

  あるとき一人の巡礼が三条小橋の釘抜屋へ泊まって病臥した。そして宿の主人に、儒者で医者を兼ねている人に診察して貰いたいと頼んだので、主人は江馬天江を推薦した。翁は谷如意、神山鳳陽などと共に京都の詩人として一家をなしていたが、家業の医術にはあまり熱心ではなかった。しかし変わった依頼であったので、ともかく往診することにした。
  患者は相当重態であった。「先生、私はとても本復は出来まいと思います。先生に対して何の御礼も出来ませんが、この本は私が年来大切にしていたものですが、之を差し上げますから、どうか之で万事御処置を願います。」と云って差し出したのが此の二体千文であった。
  天江翁は巡礼の治療に当たり、宿料から死後の世話迄も一切引き受けざるを得なかった。
  天江翁が書の好きな如意翁に此の千文を示した処が、如意翁一見驚喜して、「是非我輩に譲ってくれ」と云うので佩文韻府一部と交換が成立したということである。
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posted by 山科玲児 at 11:00| Comment(0) | 2018年日記

マンチェスター市立美術館は百年前の日本にまで退行


マンチェスター市立美術館がウォーターハウスの《ヒュラスとニンフたち》を撤去。非難が殺到|美術手帖
   https://bijutsutecho.com/news/11562/


なんか、これ、中国人または中国系英国人のレポートなんですが、、、

 百年以上前の日本で、黒田清輝と裸体画問題が起こったのは遠い昔のことだと思っておりましたが、英国の美術館が、政治的クレーマーに動かされてここまで退行するとは、驚きました。

 ちなみに、この絵は日本で公開されたこともあると思います。観た覚えありますから。
posted by 山科玲児 at 10:06| Comment(0) | 2018年日記