2018年06月30日

秘儀荘壁画の修復

pompei villa misteri.JPG


ポンペイの古代ローマ壁画  秘儀荘壁画は、2015年3月に修理完成

公開したそうです。

(イタリア語ですが、修理の前後比較画像があるので、、)

きれいになっていますが、なんかノッペリした感じもありますね。

Wikimediaの画像はほとんど修理前のものでしょう。。

ミケランジェロ シスチナ壁画修理の結果も賛否両論でしたが、年月が経っておちついたのか、目が慣れてきたのか、議論はなくなりました。

これについても、賛否の議論はあるでしょうね。

修理以前の厳かな感じは実は汚れやヒビ・剥落のせいだったのか??いや修理のときよけいなことをしたのか?
とか、、議論があるかもしれません。。

ところで、これの陶板での迫真の再現レプリカが鳴門の
大塚国際美術館につくってあるんですが、とてもよくできていると思います。
ただ、こちらは修理前のレプリカなんですよね。なんか複雑な感じもします。


イメージは
Vintage POMPEI 1967 Souvenir Postcard Booklet Set of 20 Kodak Ektachrome Photos
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posted by 山科玲児 at 09:35| Comment(0) | 日記

2018年06月29日

テーマで見る世界の名画 第9巻『神話と物語』



ハーゲンに忠告するドナウのニンフたち.JPG



ARTGALLERY アートギャラリー テーマで見る世界の名画 全 10巻 - 集英社
の第9巻『神話と物語』を読みました。

  なんか、前半、似たような群像構図の絵が多かったように思います。好きな絵画・良い絵画を出すのでなくて、有名な神話エピソードを全部あげようとして、そういう傾向になっているんじゃないかと邪推してます。有名なエピソードでも良い絵がないものもあるから、無理しなくてもいいのにな、と思ったものでした。また、ヴィーナスの巻やヌードの巻と重複すると不味いということもあるでしょうね。

  記憶に残ったのは、ピエロ・ダ・コシモの「蜂蜜の発見」が  ウォーチェスター美術館にあるということですかね。 ロンドン・ナショナルギャラリーかな?と思っていたので意外でした。ウォーチェスターというから英国かな?と思ったら、今日調べたら 米国東海岸マサチューセッツ州のウォーチェスターでした。
http://www.worcesterart.org/collection/European/1937.76.html  (ウォーチェスター美術館のサイト)
このウォーチェスター美術館 いろいろ突っ込みどころがあるので、またとりあげるかもしれません。

  もうひとつ、印象に残ったのは、マントヴァのジュリオ・ロマーノの「巨人たちの戦い」です。それも悪い方に。 こうして良いカラーでみるとあまりたいしたことないな。 実物は大きいので感嘆するのかもしれませんが、この本で見る限り、なんかカリカチュア風です。 澁澤龍彦氏も「(モノクロ)図版でみていたほうがよかった」という意味深のコメントしてました。「巨人たちの戦い」(ギガントマキア)では、ベルリンのペルガモン美術館のほうが良いようですね。ペルガモンのほうは彫刻で絵画ではありませんが、、ジュリオ・ロマーノ自身はもっと良い作品があると思いますし評価すべき人でしょうが、、この作品は過大評価だな。

  神話についての古代の発掘絵画では、太りすぎのポンペイの絵なんかより、最古であり刺激的なマケドニア王族墓のペルセポネーの略奪  をまずあげるべきじゃないか? と疑問に思いました。
これは、
2015年に古代ギリシャのルーベンス として、当方が取り上げた墓室壁画です


  ポンペイなら秘儀荘ですが、こちらは、なぜか全10巻を通してとりあげてなかったようで不思議に思っております。私が見落としたのかもしれません。

 後半、ヘンリー・フュスリ については、チューリッヒのクンストハウスにあるイメージの「ハーゲンに忠告するドナウのニンフたち(上イメージ)」のほうが劇的でよかったんじゃないかなあ、と思います。また神曲の挿絵としてジョバンニ・パオロを出してますが、ボッテチェリのモノクロ素描ほうがよかったんじゃないかなあ、とも思いました。ただ彩色した挿絵はそれほどよくはないのでこの辺で避けたのかな?
 バーン・ジョーンズの物語絵画なら、画家自身が一番執着した聖杯物語の一連の作品のなかで選ぶと「ランスロットの夢」(下イメージ  サウザンプトン美術館)のほうがよかった。

  解説、エッセイが末尾にありますが、姜氏の文章は、私には意味不明でした。




ランスロットの夢IMG_7097.JPG



posted by 山科玲児 at 09:52| Comment(0) | 日記

冷蔵庫の氷

氷塊 2018june ss.JPG


冷蔵庫に貼り付いた氷をとらないとまずくなったので、一時的にOFFにして、氷をとったんだが、なんか凄い大きな氷塊になってました。この氷、最初はなかなか溶けないし、割ることも困難でした。

氷塊ってそうとう丈夫なんだなあ。一旦、氷塊になってしまったらなかなか壊せない
氷河や全球凍結なんか怖ろしいですねえ、、

氷塊を凶器にした密室殺人事件小説もなんかあったようですが、これは確かに凶器になるな、、と思いました。


タグ: 冷蔵庫 氷塊
posted by 山科玲児 at 07:09| Comment(0) | 日記

2018年06月28日

フィレンツェにはうまいものがない

フィレンチェfirenze  centrum.JPG__
Firenze クリーニング屋 2006.JPG

澁澤龍彦 1970年10月30日の  イタリア旅行日記に、
  
「フィレンツェにはうまいものがない。」と書いてありました。
澁澤龍彦 氏にとっては、ローマやボローニャ、シエナなどのほうが食事はおいしく感じたようです。
澁澤龍彦 氏は、ご夫婦での旅行で、しかもイタリア現地で活動している日本人アーティストや学者、評論家(塩野七生氏、豊福氏、小川氏、など)の案内やアドヴァイスを受けて食事していたようなので、フィレンチェでも、そう変なレストランにいったわけではないのでしょうけれど、好みには合わなかったみたいですね。

1992年、エノテーカ・ピンキオーリが東京進出(銀座店は2010年閉店)したころから、フィレンチェの美食ということがクローズアップされ、宣伝もされておりました。それは現在のマスコミや旅行ガイドでもそうでないかと思います。したがって、澁澤龍彦氏の言葉は独善・放言・まとはずれとしか感じられないところもあるのですが、イタリア旅行の経験から、当方にはなんとなく同意したくなるところがあります。

当方も、イタリアでは、シエナのラザーニャやチーズ、ボローニャのラザーニャ、アスコリのビステッカやパンなど記憶し続けているんですが、フィレンチェで感激するほどの料理は食べた記憶はないのですね。多少は下調べしてレストランを選んでいったつもりなんですが、そうでした。

 ただ、フランス語でいうcharcuterieハム、ソーセージを売ってる店(サルメリアsalumeria)に併設された小さなビストロが一番よかったな。イカいり空豆スープは絶品だったし。ここは、なんと通りがかりにパニーニ食べたら美味しかったのでみつけたとこで結局三回もいきました。
Via San Zanobi 126Rにあった Ristoro In Vinolio というとこなんですが、今は なくなっているようです。残念ですね。
実は、澁澤龍彦 氏も これも、今はなくなっている  Pensione Quisisana e Pontevecchio  のレストランで食べたら意外に美味だったそうです。なんか美味なレストランからなくなるとは。。ここは、
ウフィッティで爆弾テロがあったとき被害をうけて、今は Hotel Degli Orafiになっているそうです。
    
イタリア とくにフィレンチェひいきの人からのコメントを期待したいところです。。

イメージはフィレンチェの街角。。

ref 澁澤龍彦   イタリアの夢魔。ランティエ叢書、角川春樹事務所、1998

posted by 山科玲児 at 10:38| Comment(4) | 日記

中華人民共和国の民法

ハンムラビ法典ss.jpg

東方書店の宣伝雑誌「東方」を読んだら、
中華人民共和国が民法典を整備中という記事があった。2017年に成立したと、日本の法務省のサイトの情報にもあったようだ。

驚いたことに、いや驚く方が間違いなのかもしれないが、建国69年の中華人民共和国に、体系的な民法がなかったのだ。もちろん個別の法律:契約法とか相続法とかは数十あるんだそうで、それで運用しているということのようである。

これでは、中国進出企業がひどいめにあうのも無理はない。

以前、中国の伝統的な法律は、成文法としては刑法はあるが民法はない、ということを聞きかじっていた。 ただ竹簡の秦律にも民法のカテゴリーに入るものがあるようなので、必ずしもそうとはいえないようだが、そういう傾向はあるのだろう。 一部の民法は儒教の「禮」が代替していたかもしれない。 民間の取引、相続などは、慣習でやっていたのだろうか。 中国の家族の家産相続は均等分割だということを,ず-うと昔きいたことがあるが、それも成文法になったのは新しいことかもしれない。

 ただ、専制君主国家・官僚独裁国家だから民法が発達しないというわけでもないようだ。紀元前1750年ごろというから3700年以上も前のハンムラビ法典(イメージ)を読むと、民法・刑法が入り交じっているが、半ばは民法である。ローマ帝政・東ローマ時代は、ローマ法が大成され、民法も含んでいた。ただ、これは共和制ローマの時代、弁論術が学ばれ、弁護士が名士であった時代に積み上げられたものが、のちに大集成されたわけだから、そういう背景もあるかもしれない。

実は、この 民法作成について、日本の法務省も協力しているらしい。どこまでお人好しなのか、まあなんか毒を埋め込むようなことやってるんだったら日本の役人として仕事してると思うんだが、そうじゃないんだろうなあ。中国の法律を日本政府が作っているって知っている中国人がどれだけいるだろうか??

>これまでに,2017年に中国で成立した民法総則の起草にあたり,日本の知見が提供されたほか,現在中国で編纂中の民法典分則(物権法,債権法等)についても,日本での研修を実施するなどして,支援を行っています。

posted by 山科玲児 at 08:06| Comment(0) | 日記

2018年06月27日

六田知弘氏  写真展

知人の写真家の六田さんが、
伊豆の 池田二〇世紀美術館で  個展をやります。
「壁ーヒミツノアリカー」
6月28日〜10月9日 
https://www.nichireki.co.jp/up_pdf/20180605162812_f.pdf (美術館のサイト  告知)

壁画の写真と壁そのものを撮った写真だそうです。
posted by 山科玲児 at 17:00| Comment(0) | 日記

サワークリーム

サワークリームss.jpg

チェコ出身のスメタナという作曲家がいる、
このスメタナってのは、ロシア語ではサワークリームという意味だという。
近年、ロシア料理の本を読んで知った。しかしさあ、、「サワークリーム」という名前って、なんかバンドの名前ならともかく、どうなんかなあ。。。
posted by 山科玲児 at 06:54| Comment(0) | 日記

「一時差し押さえ免除」法

2018年06月22日
大高麗展と「一時差し押さえ免除」法
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/183606406.html
で、触れた 「一時差し押さえ免除」法ですが、、

文化庁には、
差し押さえ免除
なんか、結構  多くの展覧会で 申請してんだね。

  アルチンボルド展の場合をみると、やはり、個人コレクションからの出展のものが申請してありました。また、今は九州国立博物館でやってるルノワールやセザンヌのビュイール・コレクションについても、まあ個人コレクションですから全部申請しているようです。

ただ、公共美術館所蔵のものは、申請しなくても

2009年4月24日に制定された「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」により,我が国において展示される外国等【外国政府(国,政府機関),自治体(州)等】の有する美術品等に対しては,日本の裁判所は,強制執行,仮差押さえ及び仮処分等をすることはできないこととなっています。

http://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/minjisaibanken_menjo/
なんだから、多くの美術館は、申請はいらないんだけどな。
美術展 関係者はよく知らないのかな。ねんのためとかいうのじゃないかな。それとも私立美術館あつかいになっている場合は、しないといけないということだろうか?

ただ、よく考えたら、メトロポリタン美術館は、ニューヨーク市から援助うけてるとはいえ、建前としては私立美術館だし、ボストンもそうなのかもしれないなあ。そういう事情で申請になってるのかもしれない。しかし、そのせいか申請書類がカタログ並に大きくなっているのがあるようです。PDFで55MBとかね。
posted by 山科玲児 at 06:49| Comment(0) | 日記

2018年06月26日

「高麗仏画」は最近作られた概念

fenolossa 3 freer.jpg



高麗仏画には、

日本伝世の作品の殆どが、中国元時代の作とされるか、または「君台観左右帳記」に中国・宋時代の画家と記されている張思恭の筆になるものとして伝えられてきた[ref1]。

という経緯がある。

実際、例えばフェノロサの遺稿を本にしたEpochs of Chinese and Japanese Art(ref2)
の、第1巻 120Pには、宋時代の中国絵画(唐の閻立本の原本の宋時代模写という伝承作)として、現在なら絶対高麗仏画とみなすはずの観音像(イメージ)が図版になっている。
"Famous Kawannon Parobably a copy of Enriuhon by a Sung Master. Mr. Charles L. Freer "
これは、フリーアの所蔵になっているので、今 ワシントンにあるかもしれない。

また、1933年の朝鮮総督府博物館「博物館列品図鑒 第5輯」では、たった30cmぐらいの金属板に描いた飛天の彩色画をあげて「高麗時代の絵画として最も良く保存せられるものとす。」と称揚している。ということは、現在「高麗仏画」とされている絵は、全く知られていなかったか、中国絵画だとおもわれていたのである。
1973年の新潮 世界美術小事典(雑誌版)にも、「少数の仏画以外にはこの時代の絵画はほとんど残っていない」
と書いてある。
 従って、高麗仏画という概念そのものができたのは戦後、それも1960年代以降ではないか?と推定される。ここ半世紀ぐらいで再認識された分野なのである。

 李奉勲(ref3)によると1967年の日本人 熊谷宣夫氏の著作「朝鮮仏画徴」が中国絵画とされてきた「高麗仏画」を高麗のものであるとした比較的早い研究だという。
展覧会としては、大和文華館が熱心であった。1973年の展覧会図録(ref4)でも、高麗仏画を、現代と同様に正当に位置づけて解説している。

いずれにしても、なんで「中国絵画」とみなされてきたんだろう。一つには、当時 元の属国になってしまっていた高麗が元の年号を使っていて題記に「至大」とかいうような元の年号を入れていたので間違いやすかったことと、様式的にも元の仏画と大きな差がなかったこと、そして、おそらくは、中国人商人が売りにきたからではなかろうか?
 この時代の人々でも、道具(むかしの美術品や工芸品への呼び方)の生産国の無茶な間違いはやっていないと思うので、やはりなんらかの理由があるのだろうと思う。

次に、こういう高麗絵画の日本への渡来について
「和冦による略奪品」という、証拠もなにもない決めつけをしている連中がいるようだ。
かなり色々な資料がある鏡神社の大きな「楊柳観音像」について
韓国人らしい 李氏が研究した論文(ref3)が公開されている
まず、この絵は高麗王室関係の人が寄進者になって1310年ごろに制作されている(絵の銘文による)。
絵の横の書き付けよると、日本の僧「良覚」が寄進を集めてこの絵を購入し、その弟子「良賢」が鏡神社の一坊に寄進したのが1391年である。
 この1391年というのがくせもので1393年には高麗は滅び李氏朝鮮が建国している。その前、1374年には王が暗殺され、王子が擁立され、さらにその王子が追放されて新王が擁立されるなど騒然としていた。4人の王が擁立・廃立されている。これは高麗政府の中で, 朱元璋の明につこうという明派と、1368年に北京を放棄したが、満州・甘粛・雲南まで勢力をもっていた北元につこうという元派が激しい抗争をやっていた。このような内乱状態のなかでは、王室関係の寺院でも安全ではなかっただろう。

そのような国内状態のなかで流出し、中国商人が日本に売りに来たのだろうと推定している。
実際、明末清初の動乱時代に日本に流出した中国書画文物も多少あるから、
大陸の動乱→ 日本への流出というのは繰り返されているのではなかろうか

ref1.大和文華館、 高麗仏画展図録、 1978年10月18日
ref2. Ernest F. Fennollosa, Epochs of Chinese and Japanese Art,Volume 1st  of 2vols, 1913(1st ed. 1912) 
ref4. 大和文華館、朝鮮の絵画、1973
posted by 山科玲児 at 08:58| Comment(0) | 日記

2018年06月25日

ホームズ親子対決

シャーロック・ホームズの災難.JPG

このパロディ・パスティーシュ集の下巻に、

A.E.P. 作 シャーロック・ホームズの破滅
The End of Sherlock Holmes (1927).

というのが、収録されている。ホームズの3歳の息子(神童)が親をどん底においつめてしまうという抱腹絶倒のショートショートなんだが、誰が書いたかわからないらしい。この下巻では、これが一番面白かった。

英国の
"The Manchester  Guardian" issued of July 7. 1927 に最初に掲載され、

米国の
"The Living Age" issue of Augst 15, 1927
に転載された。

となると、英国人の作品なのかなあ。。

あまり面白かったので、ここだけコピーしてしまった。
  この下巻だけは、やや稀覯のようで、不当に高い値段がついているからでもある。ちなみに、この選集の英語版は、ドイルの遺族の逆鱗に触れたせいで絶版になってしまい、一時は稀覯で日本語訳だけが流布していたという妙な状態だったらしい。今はKINDLEなどもあるそうだ。


翻訳のせいかもしれないが、このエラリークイーン編集の選集は、ジューン・トムスンの作品ほどキレのある香りの高い作品は、あまり入っていなかったのは残念だ。

記憶に残っているのは、上巻のクイーン自身の作品:ジェームズ・フィリモア氏の失踪と
下巻のこの作品ぐらいである。

posted by 山科玲児 at 17:22| Comment(0) | 日記