2018年08月10日

デュランテ  弦楽シンフォニア

Durante Sinfonia.JPG


フランチェスコ デユランテの作品は、昔とりあげたこともあったが、

  新しい動画もみつけたので、再度紹介することにした。

 デユランテのコンチェルト(シンフォニアとも称している)は、最初、昔なつかしコレギウム・アウレウムの演奏(LP ドイツHARMONIA MUNDI)で知ったが、よい曲と平凡な曲が混じっている感があった。なかでも第一番ホ短調はよく覚えているが、なぜか、長くCD化されなかった。
その後、やや軽快な演奏のコンチェルト・ケルンの演奏のCDを買って渇をいやしたものだ。

コンチェルト・ケルンの演奏 (これがCDのものなのかはどうかは不明)

 二〇世紀末にイタリアの団体のやけにエモーショナルな演奏のCD(イメージ)を買い、こういう表現はイタリアらしいな、と思って満足している。
イタリアの団体 Ensemble  Vox Aurea 、Giancarlo De Lorenzo指揮
Sinfonie Per Archi Vol.I,U 1997
というCDである
*
このCDの
 動画がYOUTUBEにあげられているようである。
Francesco Durante - Concerti

この動画の9分41秒からが第一番ホ短調である。
 著作権違反っぽいが、なにせ絶版で入手困難なCDなので、まずはこれで、、
 あたりまえだが、CDのほうが、もっとエモーショナルな音が響く。この動画化はちょっと手抜きっぽい。

 ハルモニアムンディもデジタル音楽配布で、コレギウム・アウレウムのものをだせばいいのにと思っている。
 この曲は、いかにも何か起こりそうな、期待と不安に満ちた曲想なので、好きな人も多いのではなかろうか?

去年   ラテン系の指揮者のEnsemble  Imaginareによる演奏CDも 発売されていたようで、ちょっと気になっている。



posted by 山科玲児 at 10:07| Comment(0) | 日記

井田茂教授の本 書評


あの、なかなか放胆・率直な井田茂教授の本で
おもしろいのは、なにがわかってないのかも率直にかいていることですね。
 井田茂先生 いいたいほうだい(http://reijiyamashina.sblo.jp/article/180638960.html)も、ご参照ください。

例えば、土星の衛星、エンケラドスの内部はかなり高温になっているらしいのですが、
>今でも、なぜエンケラドスにそれだけのエネルギーがあるのかは、理論的にもよくわかっていません。でも現実的に熱がでているのです。
>167p

木星の衛星 イオの火山の熱源は木星とイオの周りの衛星の複雑な潮汐力であることは間違いないようですが、土星のエンケラドスの場合、そこまで潮汐力があるようにはみえないそうです。
一方、木星の衛星エウロパについては、イオのすぐ外側にあることもあり、イオの火山発見ののち、ハッブル宇宙望遠鏡で観測して、エンケラドスと似た水蒸気噴出を観測してますが、これはまあ理論的に予測できたことですから、「わかってない」というほどではないでしょう。

>でも、さらに不思議なのは、冥王星にあまりクレーターがないことですね。168p

氷の山や海だとはいえ、クレーターを消してしまうほどの氷火山?のような活動があるようにみえます。ニューホライズンズが撮影した冥王星の画像をみたとき、私もその点で驚いたのですが、いったい、このような小さな星でしかも太陽系の果てなのに、どうゆう熱源があって冥王星の表面を塗り変えているのでしょうか?  衛星カロンが大きく二重惑星のようになっていることとなんらかの関係があるのか?
 また、

> なぜ、地球に水があるのかは、今も解明されていない謎のひとつになっています。62p

 また、
>なぜ地球に有機物があるのかもわかっていないのです65p

最初の太陽系外惑星の発見について、
>このグループは、もともと惑星ではなく、連星の研究をしていたため、あまり先入観にとらわれていなかったことが、太陽系外惑星を最初に発見させた大きな理由になったのかもしれません、

111p

  と書いてますが、これはそうなんだろうな。このマイヨールとグロッスは、たぶん惑星じゃなくて連星になっている特殊な暗い星、褐色矮星を探していたんじゃないかと思います。ところが、みつけた星があまりに質量が小さかったので、どうみても惑星だということになったのでしょう。連星の場合、ほとんど触れ合うぐらい近くにお互いのまわりを回っている例が少なくないので、別に不審に思うことはなかったのでしょう。

また、マスコミへの苦言らしい一節もあります。
>何か新しい発見があると、みんなが批判を加えて、検証を重ねます。そして、その検証の先に真の発見があるのです。最初に誰かが何かを言い出さないと、研究は何も進みません。たとえ結果としては誤りであっても、誤った発表をすること自体は決して非難されることではないのです。
>39p

  これは、私見では、STAP細胞論文のときの、マスコミの小保方氏叩きを念頭においたものではないかと感じました。本当にあのときのマスコミはひどかった。
posted by 山科玲児 at 07:44| Comment(0) | 日記