2019年01月31日

クローツ家の米国移住 (補充・コメント)

Cranach L;otz  St Barbara.jpg

2017年02月24日 クローツ家の米国移住
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/178883585.html

を、もう少し拡充コメントしたものを書いておきます。

 第2次大戦が終わってまもなく、ヒューゴー クローツと新花嫁 前ライデル女男爵ルスはニューヨークへ新居を探す旅にでました。ヒューゴーはメクレンブルクにネオゴシックウの邸宅をもつベルリンの名家の唯一のあととり息子です。当時のドイツの政治的状況から逃げるために、ヒューゴーの家族はベルリンのティーガルテン近くの別宅にあった美術コレクションを梱包しPONTRESINA(スイス  サンモリッツ付近の村 リゾート地)に移送させていました。
  *** 中略 ***
ヒューゴーはウオールストリートで株式ブローカーとして働くのに通勤しないといけないので、最初マンハッタンの近くで家をさがしました。
 ニューヨークの山側郊外にあるCatskillsのそば MonroeにあるBonniebrook Farmにある美しいがあまり実用的でない古い屋敷をみつけました。そこをヒューゴーの両親がベルリンから運んだ宝物で満たしたのです。
  両親もまたドイツを離れHotel Pierreに住みました。安全上、高価なレンブラントの「エウロパの略奪」はメトロポリタン美術館に長期寄託されておりました。ヒューゴーの死後、ポールゲッティ美術館に売却されました。

 当時、クラナーハの聖バルバラは、ドイツの値段が付けられない宝物と同様に行方不明でした。ヒューゴーとルスが偶然、ニューヨーク警察署長マンフレッド=シュライバーManfred Shreiberとともにランチをとるまでこのクラナーハの行方はミステリーでした。会話が行方不明の美術品のことになったとき、シュライバー署長は、その絵は、ヒットラーの銀行家が岩塩抗周辺に隠した、よくわからない美術品群のなかにあるかもしれない、と示唆しました。
ルスはそれを取り戻すことを決心し、研究調査を開始し、ついに回収することができました。ヒューゴーはこの絵を妻に与えて「ルスのクラナーハ」(上イメージ)と呼びました。

***
 この話で、一番気にかかるところは、ニューヨークにきてすぐ、ウォール街で株式ブローカーをやってるところだ。というよりニューヨークに住む前から株式ブローカーをやっていたのではないか? ウォール街に通うことを前提にして住居を探したのだから。当時はネットこそないが電信、電話はあったし、当然それを利用してドイツの投資家がウォール街で株をとりひきできたのではなかろうか? 1941年12月までは米独は敵国ではないのだから自由な商売ができたはずである。
  また、リーマンショックの引き金になったサブプライム証券を作ったグループの指導者はウォール街で活躍していたドイツ銀行のトレーダー:グレッグ・リップマンであったから、そういう経験のある人なのかもしれない。
 ただ、そうであったにしても、約4年は戦争をしていた敵国国民ドイツ人がいきなりウォール街で株式ブローカーになる? 
 収容所にいれられた日系人とあつかいが違うじゃないか。
 クローツ家の移住は、ポール・ゲッティのレンブラント「エウロパの略奪」の所蔵歴をみると1950年より少し前で、たぶん西ベルリン封鎖を体験して米国移住を決意した感じであるので、すでに米ソ冷戦であって西ドイツ国民は「敵国民」という感じは薄れていたということが背景にあるのかもしれない。もし、本当にベルリン陥落直後ならウォール街はナチスと通じていたという陰謀説を信じたくなるくらいだが、おそらくそうではない。
 2つめに気にかかるのは、クローツ家がナチス時代も敗戦後のドイツでもニューヨークでも、富豪でありつづけたらしいことだ。
 ナチス時代に弾圧されているわけではなさそうだ。シュピーツやゲーリングに多少絵画をめしあげられたかもしれないが、ひどい弾圧をうけているようにはみえない。スイスのサンモリッツ近くに山荘をもち、ベルリン封鎖前の困難な時期にベルリンから絵画などのコレクションをそのスイスの山荘まで移動させることができる権力・資力があった。その時点では屋敷のあったメクレンブルクはソ連占領地域であり財産は差し押さえられていたはずである。少なくともメクレンブルグの不動産や財産はなくなっていたはずだ。
 ニューヨークに定住したときにも相当な資産をもっていたわけで、スイスの山荘ということから、例のスイス銀行などの海外資産をもっていた家族ではなかろうか。美術品はともかくドイツマルクやドイツ株など紙切れだろうから、当時ドイツからもちだせた金融資産でニューヨークで富豪生活はできなかっただろう。のちに来たご両親は5番街の高級ホテル ピエールに住んでいらっしゃったそうだ。これは難民ではない。これに関して、米独戦争中にはたぶん凍結された米国内のドイツ国民資産は戦後どうなったんだろう。日本人資産は山中商会のものも、横浜正金銀行のものもたぶんウヤムヤで返還されず没収されたのではなかろうか? ひょっとしてドイツ国民資産は返還されたのかな? それならクローツ家がウォール街に預けていた金融資産が復活するから、絵画を売らなくても富豪になれるのも無理はない。

第3、
  このクラナーハの絵でわかるように、岩塩抗や修道院などに隠された絵画や美術品を米軍が接収したあと、それらは一度米国へ運び去られたということだ。返却する前に、それらの名画を選んだ大展覧会が確か米国で開催されたことがあったはずである。ゲントの祭壇画のように来歴が明々白々のものは短期間で返却されたようだ。しかし、上の例のように、もともと誰のものだったかよくわからないもの、所有者が死亡行方不明のものなども多かったはずである。上の例のように欧州に戻さないで、米国へ移住亡命した旧所有者に直接返却した例すらあるとすると、わからないものがかなりあったのではなかろうか? だいいちドイツ国内だけではなくフランス、オランダ、ウクライナ、ギリシャなど各地から押収したものがあるだろうから、ドイツに戻せばよいというものではない。返却先が不明のものはどこにあるんだろう。戦利品あつかいなんだろうか?? 行方不明になった絵画には、こういう事情でどこかにお蔵入りしているものもあるのかもしれない。というより有名でない絵画や美術品の場合は旧所有者が探さないと行方不明であることすらわからないと思う。
 さいきんゲーリング コレクションの帳簿が公開されていて、本がでているともきく。

第4、もうひとつ感じたことは、ドイツ系米国人の力である。戦争をやったのに1950年より少しあとのニューヨークの警察トップがドイツ系である。マンフレート シュライバーって、これどうみてもドイツ系だよな。考えてみたらウェデマイヤー将軍もアンゼンハワー将軍もドイツ系だった。パールハーバーの前にドイツ系米国人のリンドバークはドイツと戦争したくないということもあり、米国第一を掲げた大政治運動をやっていた。ドイツ系の米国人は米国の白人人口で一番多いらしい。そういや、トランプ大統領もドイツ系らしい。

posted by 山科玲児 at 07:58| Comment(0) | 日記

2019年01月30日

私的  宗教画  アンソロジー 脱稿版 その2(完)

***2つに分けないと投稿できなかったのでわけました ***


      カラヴァッジョ  聖ヒエロニムス  ボルケーゼ美術館

      カラヴァッジョ  ロレートの聖母子  アゴスティーノ聖堂、ローマ


      サラチェーニの下宿人  聖ペテロの否定、  アイルランド国立美術館、ダブリン

  どうも、画像リンクが切れやすいので、実見したもはこの絵ですが、この絵は同じ絵が数多く、原画とされているヴァチカンの絵のURLもあげておきます。


ムリーリョ  無原罪のおやどり  エルミタージュ美術館、ペテルスブルクその1

19961996.7ーエルミタージュ美術館展 16-19世紀スペイン絵画:東武美術館で鑑賞


      ルーベンス  十字架降下  聖母教会、アントワープ


  なんというか、絵画の中で永遠化された人間達、という感じがする傑作です。そういう意味では肖像画と宗教画の際どい交錯という感じもします。


      ラトウール  聖セバスチャンを介抱する聖女イレーヌたち ルーブル、パリ


      ラトウール  聖誕  レンヌ市立美術



      カルロ ドルチ  悲しみの聖母 (1655頃) 西洋美術館、東京


      レンブラント イサクの犠牲  エルミタージュ、ペテルブルグ

 なんか観た覚えがあるのですが、、


カスパール・ダヴィッド・フリードリッヒ  山上の十字架、 ドレスデン,国立近現代絵画館


オディオン  ルドン  聖ジャンヌ=ダルク  ヴァチカン美術館


      ジョン=マーチン  失楽園  メゾチント版画

https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:John_Martin%27s_illustrations_of_Paradise_Lost

  なんか、近代の聖書のイメージ、天使イメージなどは、このジョン・マーチンの絵にかなり影響されてるんじゃないか?と思っています。

      ミレー  晩祷  オルゼー、パリ

      ジャン  デルヴィル(1867-1953) 神・人 1902-3  グロニンヘン美術館  ブルージュ

https://curiator.com/art/jean-delville/lhomme-dieu-the-god-man

  キリスト教というより、もっと危ない、オカルトに足を突っ込んだ画家の作品。 これをあの雅な古都・観光都市のブルージュの、それもファンアイクなどの名画が並ぶグロニンヘン美術館の最後で観たのは衝撃でした。


      ハン  ファン メーヘレン 博士の中の少年キリスト1946

  画家が、自分が贋作したことを証明するために獄中で証拠制作したという非常に皮肉な作品です。ある不気味さと個性を感じる奇妙な宗教画ですね。

サルヴァドール=ダリ、十字架の聖ヨハネのキリスト(1951)、ケヴィン=グローブ美術館、 グラスゴー
   
いうまでもないことですが、「十字架のヨハネ」というスペイン人のカトリックの幻視者・聖人が感得したキリスト磔刑のイメージです。間違えている人もいたので。

posted by 山科玲児 at 09:21| Comment(0) | 日記

私的  宗教画  アンソロジー (脱稿版)その1



2017
1228日 に 私的宗教画リスト 未完成稿ってのをあげたんですが

一応、補正して、完成稿にします。


テーマで見る世界の名画全十巻の第四巻
http://gakugei.shueisha.co.jp/artgallery/
https://www.shueisha.co.jp/artgallery/vol04.html
宗教画
に触発されて、私的セレクションしてみます。7点ぐらいしか重複しておりません。

30数点程度で、まだ、完成稿じゃないんですが 一応アップしてみます。


西洋絵画で、キリスト教絵画というふうに限定されたものだと解釈するのが普通だろうから、それを前提とします。 宗教絵画でも美術的に稚拙で美術的価値のないものは、絵馬とか御札とかいくらでもあるのだから、そういうものは除きます。 また美術的価値が高い傑作でも宗教的思想的訴えや感情が薄いものは除きます。


例えば、

ミケランジェロの  ドーニのトンド「聖家族」

ヴェロネーゼのカナの饗宴

は、傑作ではあるでしょうが、どうも宗教絵画にはいれたくない。


一方、図像としては部分的でも、

カスパールダヴィッドフリードリッヒ  山上の十字架
アルブレヒト・デューラー  祈る手の習作

は、優れたキリスト教絵画だろうと思います。


全部実見したものにしたかったのですが、やはり捨てがたいものもあるので、実見していない作品もいれました。それはをつけておきます。


で、リストです。

  ****************


アンドレイ  ルブリョフ 至聖三者のイコン トレチャコフ美術館、モスクワ 


ランブール兄弟  いとも豪華な時祷書、コンデ美術館、シャンテイー
 聖母戴冠


堕天使の墜落


ローアンの時祷書、パリ国立図書館

 死者と神

フラ  アンジェリコ  受胎告知(大、壁画) サンマルコ修道院、フィレンチェ、  フレスコ



ヒューベルトとヤンファンアイク兄弟:: ゲント祭壇画


 
ロヒール 十字架降下  プラド美術館


 枯木の聖母子  ティッセン ボルネミサ美術館、  マドリード

 ほんとに小さな絵ですが、神秘的です。

 

マサッチオ 償いの金 ブランカッチ礼拝堂  フィレンチェ


フラフィリッポ リッピ バルトリーニ トンド(聖母子と聖アンナ) ピッティ


ボッテチェルリ  マニフィカートの聖母  ウフィッティ


豪華絢爛な最盛期の作品ですね。


ボッテチェルリ 《神秘の降誕》ロンドン  ナショナルギャラリー

ボッテチェルリの苦悩がある解決を求めたようなメッセージ性がある絵画


メムリンク  ヨハネ祭壇画 中央画面、メムリンク美術館、ブリュージュ


メムリンク  乙女たちを保護する聖ウルスラ(イメージ)、メムリンク美術館、ブリュージュ


カルロ  クリベッリ モンテフィオーレ祭壇画(ブリュッセル、ロンドン、モンテフィオーレデルアッソに分蔵)


ペルジーノ  聖母被昇天  サンティッシマ・アヌンツィアータ教会 フィレンチェ


  3m以上という、とにかく大きく甘美な作品です。実は画家の真蹟かどうかはちょっと怪しいらしいけれど、いかにもペルジーノらしい。


ヴェロッキオとレオナルド  キリストの洗礼 ウフィッチ  フィレンチェ

https://www.virtualuffizi.com/baptism-of-christ.html


なんか、このテーマの典型の絵になっているような気がします。


レオナルド  ダヴィンチ 聖アンナのいる聖家族 カルトーネ  ロンドン  ナショナルギャラリー


ルーブルにある油絵の完成作よりもこちらのほうに魅力を感じました。

ミケランジェロ  アダムの創造 システィナ、ローマ

  まあ、これは。典型を作ったものですし。


ラファエロ  美しい女庭師 ルーブル

  理想型ですね。文句なし。


マンテーニャ,  聖エウフィミア、カピディモンデ美術館、ナポリ

個人的に凜としたこの作品が好きなので

ジョヴァンニ・ベッリーニ、  牧場の聖母子、  ナソナルギャラリー  ロンドン

 ミラノのブレラにある作品も良いのですが、こちらの方が保存がよいのか補修が良いのか綺麗にみえます。

ポントルモ カポーニ礼拝堂壁画 サンタ  フェリチタ  フィレンチェ

https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Descent_from_the_Cross_by_Pontormo

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Santa_felicita,_annunciazione_di_pontormo.JPG

最初に感動したイタリア ルネサンス絵画がこれでした。京都でみました。

フーケ 天使にかこまれる聖母子  アントワープ王立美術館

  ううん、これはちょっと宗教画としてはあまりにも跳んでいますが、どこにおきようもないけれど、落とすには惜しいので採用


ヘールトヘン=トート=シントヤンス 聖誕  London NationalGallery

ヒエロニムス・ボス  十字架を運ぶキリスト  ゲント美術館

http://vlaamseprimitieven.vlaamsekunstcollectie.be/en/collection/christ-carrying-the-cross

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jheronimus_Bosch_or_follower_001.jpg
 画家の帰属について最近異論がでているようだが、仮に伝になったとしても、傑作には違いない。


ヒエロニムス・ボス  聖アントニウスの誘惑  プラド美術館 

リスボンの聖アントニウスの誘惑は傑作だが、宗教画というより象徴・寓意画のようにみえる。


ヘラルト・ダヴィッド ミルク粥の聖母子、ブリュッセルの王立美術館

  これだけ親しみやすい聖母子像があるでしょうか、、


ミヘール・コクシーMichiel Coxie (1499 - 1592)  聖家族 クロレミュンスター修道院、オーストラリア

    驚くほど優雅な作品です。パルミジャミーノ以上かもしれないなあ。



デューラー  四人の使徒 1526年、アルテ・ピナコテーク ミュンヘン★

  これを肖像画にいれてる人(某)がいるけど、どっちかというと擬人像じゃないかなあ。理念を人間像の形に具体化したもんじゃないだろうか? そりゃモデルはいると思うけれどデューラーの意図はそれと違うでしょう?? それに普通四人並べるとき中世以来の伝統ならマルコ・マタイ・ルカ・ヨハネでしょう。これはヨハネ・ペテロ・パウロ・マルコで全然違う。


デューラー  祈る手の習作 アルベルティーナ  ウイーン


コリン  コテール  聖ミカエル ブリュッセルの王立美術館

 ロヒール命な倣古的な作品ですが、成功していると思います。ボーヌ祭壇画は保存が悪いからなあ。。

クウェンティン  マーチエス 玉座の聖母子 ブリュッセルの王立美術館

 これも1世紀前のフレマール派を慕った倣古的な作品ですが聖母の堂々たるガウンの体躯描写がすごいので。。また、幼児キリストの好奇心あふれるまなざしがなんか妙にモダンです。


ピーテル・ブリューゲル(父)  聖母の死  グリザイユ  英国バンベリー・アプトンハウス:ナショナルトラスト

   ブリューゲルの絵のなかで、これほど真摯な信仰告白があるだろうか


ルイス・デ・モラーレス(1515-1586) 聖母子  エルミタージュ、ペテルスブルク

  いかにも、スペイン女性らしい顔のようにみえるのだが、単なる先入観かもしれない。

グリューネワルト  イーゼンハイム祭壇画、ウンターリンデン美術館、コルマール


ティントレット  最後の晩餐  サンタ マジョーレ教会  ヴェネチア★

  エルグレコの先輩というか、不思議な作品だなあ、と思います。とくに、透明な天使たちの描写が惹かれます。

      エルグレコ  受胎告知  プラド美術館
https://www.museodelprado.es/coleccion/obra-de-arte/la-anunciacion/26bfae24-de87-47cd-9b7b-d15bd9fbb664
  ビルバオとマドリードのティッセンに、小型の同じ絵がありますが、プラドのほうがいいかな?  熾烈な霊的火花を感じます。まさに反宗教改革の力かな。


posted by 山科玲児 at 09:18| Comment(0) | 日記

2019年01月29日

歴代帝王図巻の信頼性

維摩経変相 敦煌 220  初唐 (1).JPG

ボストンの歴代帝王図巻 (URLはボストン美術館の公式)
について、悪口を言ったものだが、
実は、この図巻、根拠のないデタラメなものではない。そういう意味では他の似たような絵よりずっと信頼性はあると思う。

その理由は、敦煌220窟の初唐壁画  維摩経変相(イメージ)で、王者が行列をつくってやってくる場面がある。その服装や姿勢、冠、行列の構成など、まさにこの歴代帝王図を彷彿させるところがあるからだ。

posted by 山科玲児 at 08:37| Comment(0) | 日記

2019年01月28日

絵画の補彩

emperorsIMG_7558.jpg

ボストン美術館の歴代帝王図巻にはかなり加筆があるという件は、


2013年05月14日
前と後
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/67384689.html

に書いておきました。クリーブランドの宮中図巻
In the Palace @ClevelandArt. Learn more at https://www.clevelandart.org/art/1976.1
などにも多少加筆があるようです。


イメージソース:唐閻立本帝王図真蹟,商務印書館,中華民国六年、上海
posted by 山科玲児 at 10:37| Comment(0) | 日記

2019年01月27日

香港中文大学の碑帖 動画



夏承碑の拓本の検索をしていたら、偶然、香港中文大学の碑帖紹介動画をみつけた

こういう碑帖拓本は、本体だけでなく、装幀、跋文、伝来など周囲の部分も含めて鑑賞するもので、
こういう鑑賞動画は、なかなか得がたいものだ。また、展覧されているときでも1開だけで、他の頁は見ることが出来ないことが多い。
特に、御府嶺字從山本蘭亭序などは印象深い。この御府嶺字從山本には、ある秘密・大発見があるのだが、学会でも口頭でちらと発表しただけなので、気がついた人はいたかなあ??
総じて、再生回数が少ないのは、なんか不憫な感じがしたので、推薦します。

東漢夏承碑 (中文字幕) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=DE0D60Ycj7E

御府嶺字從山本蘭亭序 (中文字幕) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=K_9GovT18Y0

九成宮醴泉銘
https://www.youtube.com/watch?v=1-V8Ype9JBQ

西嶽崋山廟碑
https://www.youtube.com/watch?v=Oq4Gbwsfncs


posted by 山科玲児 at 15:39| Comment(0) | 日記

サント・シャペルむきだった

La_Sainte_Chapelle.jpg


  サヴァールがヴェルサイユで上演したシャルパンティエのコンサートのDVDをまた出してきて、聴いていなかった聖母被昇天のミサの部分を聴いてみた。
どうも地味だなあ、という印象が強かった。

このコンサートはYoutubeでも公開されている
https://www.youtube.com/watch?v=NCfhn0IZ6L8
0:51:45 からが、 Missa assumpta est Maria

  なんでかなあ??と思って解説を読むと、このミサはあのゴシックの宝石・ステンドグラスで有名なパリのど真ん中、シテ島のサント・シャペルのためにつくられたミサなんだそうだ。ここは、現在は裁判所の2Fにあたる王室の私的な礼拝堂であり、ノートルダム・ド・パリやシャルトル大聖堂のような壮大なものではない(イメージはWikimediaから)。

 ヴェルサイユの王の礼拝堂も結構大きいから、音響的にちょっとあわなかったのではないか?
と惜しいと思った。

posted by 山科玲児 at 11:07| Comment(0) | 日記

青銅器もある



京都国立博物館
特集展示 美麗を極める中国陶磁
https://www.kyohaku.go.jp/jp/project/chi_ceramics_2018.html

の紹介サイトで、春秋時代末期の南方での
盉(か) という青銅器がありました、これも松井宏次氏が寄贈したもののようです。

https://www.kyohaku.go.jp/jp/theme/floor1_3/birei_20181218_1F-3.html

これと似た青銅器が三点、大阪市立美術館での「中国戦国時代の美術」(平成3年) 特別展ででてましたが、この京都国立博物館のものは、また別の一点です。結構、数が入っているんだね。また施釉灰陶でこの青銅器を模倣した明器もまたこの「中国戦国時代の美術」にのってましたし、古美術展でも観たような気もします。

案外、日本人好みなのかな。
posted by 山科玲児 at 10:15| Comment(0) | 日記

2019年01月26日

「厩戸王」は存在しなかった・騙された私 【訂正あり】

法隆寺釈迦光背銘 拓本 上宮.JPG


敦煌関係のことから、

[聖徳太子研究の最前線]の最新記事をみたら、あっと思いました

指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正・追加】
https://blog.goo.ne.jp/kosei-gooblog

 なんと「厩戸王」という単語・言葉自体が中世以前の古文献には無い、のっていないということです。呆れました。

  なんか私まで、マスコミに騙されてました。

日本書紀には「厩戸豊聡耳皇子(ウマヤトノトヨサトミミノミコ??)」とは書いてありますが、「厩戸王」、「厩戸皇子」という名前はない。その後「聖徳太子」という諡号は使われています。
 法隆寺金銅釈迦三尊像光背銘では「上宮法皇」です(上イメージ  行末から行頭になるので、少し切り貼りしました)。とにかく「厩戸王」という呼称自体がないのです。

  いやあ、あきれました。私としたことが「厩戸王」という呼称が平安以前に使われていたと勘違いしていたとは。。プロパガンタ・洗脳は怖ろしいですね。
 【訂正】寧楽遺文を読み返していたら、元興寺縁起 のなかに2箇所「馬屋門皇子」という記述がありました。これが唯一のものですが、もともと古写本もなく、信頼性が薄い縁起なので、どうなんでしょうね。いずれにせよ「厩戸王」という呼称はありません。

posted by 山科玲児 at 12:57| Comment(0) | 日記

ランタンフェスティバルの古画

Lantern Festival Norton 2018NOV (1).JPGLantern Festival Norton 2018NOV (2).JPG


香港の、Orientations 最新号Vol 49 No.6  Nov-Dec  2018
で、https://www.orientations.com.hk/

米国ノートンギャラリーの 大きな南京のランタンフェスティバルの屏風絵が紹介されてます。
https://www.norton.org/exhibitions/good-fortune-to-all

1面が高さ2m以上という大きなものです。長崎市が買ってもよかったものじゃなかったな。

上に部分拡大を挙げておきます。

長崎でも、ぼちぼちランタンフェスティバルなんですが、こういうのを美術館で展示できればよいのにね。
posted by 山科玲児 at 10:26| Comment(0) | 日記