2019年04月05日

「神秘の子羊」修理中


初期フランドル絵画の最高傑作「神秘の子羊」、修復で本来の姿に ベルギー

去年、修理中の「ゲント祭壇画」中央下「神秘の子羊」の修理画像が公開
されていたようです。

確かに多少変わってますね。
ただ、この板、火事のとき無理に運び出したとき割れてると思うんですが、
その件どうだったかなあ??
割れたときの修理をどうあつかうか??というところは、今度の修理でも大変になると思いました。

1822年の火災のあと「現在は足だけがオリジナル」という2001年発行のパンフレットの記述もありましたが、今度の修理では、補筆を除いてオリジナルの子羊をとりだしているのかもしれません。



posted by 山科玲児 at 10:01| Comment(0) | 日記

日本人はなぜ故宮を焼き払わなかったのか? 【国籍訂正】


 中国系スイススウェーデン人芸能人の、面白いつぶやき があった。人気商売という立場上、一応謝罪と取り消しをするはめに追い込まれたようだが、大方は正しいと思う。中国共産党や米国左派の歴史捏造プロパガンタは未だに強力なようだ。

中国系スイススウェーデン人(中国河南省出身でスイス国籍)の
>趙立新(チャオ・リーシン)氏がつぶやいた「日本人は北京を8年占領したのに、なぜ故宮の文化財を持ち去ったり故宮を焼き払ったりしなかったのか? これは侵略者の性質に一致するだろうか?」


「日本人はなぜ故宮を焼き払わなかったのか?」 俳優のつぶやきにネット大炎上=中国メディア サーチナ
https://www.excite.co.jp/news/article/Searchina_20190404021/



当方の解答:

1.国民党軍が北京故宮紫禁城に軍陣をしいて立てこもったりしなかったから。パルミラにたてこもったISILのような愚かなことはやらなかったということか。
  国民党軍がそうしたら、日本軍としても攻撃しただろう。第二次上海事変で商務印書館を攻撃したのと同じだ。第二次世界大戦中、ガセネタに踊らされてイタリアのモンテカシーノ修道院を爆撃して廃墟にした米国軍の愚行・戦争犯罪の例もある。

2.食料、燃料など軍需物資の没収にしか関心が無かった。後に、日本軍が故宮博物院に要求したのも、金属供出のために、青銅製大砲を提供せよ、ということだった。しかも、傀儡政権側の故宮博物院は断っている。

3.日本の指導者・軍人には、文化財略奪という発想は乏しく、むしろ中国古代文化を尊重する人も少なくなかったから。北京の紫禁城・故宮博物院は、1940年時点ですら、細々ながらも運営・公開されていた。担当は現地の日本軍傀儡政権である。この日本軍が保護した故宮博物院が現在の北京・故宮博物院の母体の一つになっている。遼寧省博物館のもとが満州国立博物館であることほど、強く依存はしていないが、やはり事実である。

4.国民党軍がやった長沙焚城、古くは李自成が退却時に紫禁城を焼き払ったような、退却時の焦土作戦を、日本軍は伝統的にはやっていないから。日米戦争に負けてポツダム政権受諾後、北京を明け渡すときだって、「故宮を焼き払ったり」することなど考えてもいない。また、当時の状況では、そんなことをすれば大陸駐屯軍が引き揚げ帰国できなくなるからだ。


posted by 山科玲児 at 07:06| Comment(0) | 日記