2019年04月15日

呉歴とカトリック

呉歴   墓表ss.jpg

で書いたように、「呉」こと画家:呉歴(1632-1718)が、五六歳(1688)以降カトリックの宣教師になったことは知られている。

 昨年は、実は呉歴逝去300年というので、呉歴がカトリック教理を学んだマカオで


があったようである。身辺があまりよくなかったこともあり、見過ごしてしまったが、良い展覧会だったようだ。残念。

このことを知ったのは最近だったので、昔買った、香港政庁出版の展覧会図録:清初六大家与呉歴
の英文の部分を読見返してみた。実のところ中文の抜粋解説のほうが読みやすいので、長文の英文解説は真面目に読んでいなかったのだ。
 呉歴がイエズズ会宣教師として上海で死んでいて、墓の銘文が上記イメージのように残っていることは、前からこの本で知っていた。最上部にイエズズ会の紋章がしっかり入っている。しかし、呉歴の洗礼名シモン・グザビエは、イエズズ会の記録によれば、幼児洗礼のときのものだという。これはどういうことなのか?? 呉歴の両親はカトリック教徒であった、とみなさざるをえないのでは? 少なくとも、父が亡くなって母が兄弟三人を育てていたときカトリックに改宗したのだろうか? 常熟の呉歴の家の隣はカトリック教会だったそうなので、縁はあったとおもうのだが。。一時、仏教にも帰依しているので、この幼児洗礼は、日本のミッション系学校で安易に洗礼を受けて洗礼名をもらいその後は普通の日本教徒として過ごしている人々みたいな人生を送っていたのかもしれない。母の死にあって信仰を深めてカトリックに再度帰依したのだろうか??

 しかも、呉歴の作品の中にはカトリックの神父に献呈したものもありそうだ、という。

  従来の、なんとなくの印象では、宣教師としての呉歴と画家としての呉歴を分けて、人生の前半を伝統的中国人画家としての呉歴、後半をカトリック宣教師としての呉歴と考えがちであるが、どうも、実態は違うように思う。

  なんとなく、中華人民共和国の中では、カトリックとしての呉歴を強調しないように覆い隠すようにしているような論調・解説が多いようだが、どうも現実は違うようである。


posted by 山科玲児 at 08:03| Comment(0) | 日記

美声

vespro savall.jpg



モンテヴェルディ、『聖母マリアの夕べの祈り』は全部の実演は1度くらいしか聴いたことがなく残念に思っている。

この曲のCDは多いのだが、やはり、このジョルディ・サヴァールの名演を聴いてしまうのは、歌手の美声のためだろう。当時の古楽の超一流どころばかり集めたもので、バスの人など他の団体での『聖母マリアの夕べの祈り』レコーディングにも参加しているが、この演奏のほうが良い。これを聴くと、もともと歌手の妙技・美声を聴くために作曲した作品ではないか?と思うくらいである。なかでも、繰り返し聴いて凄いのが、マニフィカート(楽器付きのほう)のSuscepit Israel, puerum suum, recordatus misericordiae suae,のところだ。二人のソプラノ、キヤールとフィゲレス(故人)の声が絡み合う炎のように天に昇っていくような表現は、何度聴いても感動する。幸い、youtubeで抜粋があるので
3分20秒−4分45秒あたりを聴いて欲しい。CD,sacdに比べてそうとう遜色があるとはいえ、魅力を失ってはいないと思う。
Vespro 13/13: Magnificat part 2
https://www.youtube.com/watch?v=b5rQWBGEyyE

聖母マリアの夕べの祈り』 サヴァール&ラ・カペッリャ・レイアル・デ・カタルーニャ

posted by 山科玲児 at 06:59| Comment(0) | 日記