2019年06月16日

メムリンク伝説のルーツ



西洋美術の歴史−ルネサンスU−北方の覚醒、自意識と自然表現』(中央公論新社)
http://www.chuko.co.jp/zenshu/2017/04/403595.html
の、357p
「メムリンクは、1477年、ブルゴーニュ戦争でのナンシーの戦いに従軍して負傷し、このシント・ヤンス施療院で手当を受け、その後円熟の時代を謳歌したのち、94年8月11日、ブルッヘでその名声に満ちた生涯を閉じた。」
という「伝説」をいつ、誰が作ったかが気になっていた。

Dirk De Vos,HANS MEMLING, London,1994

Fierens-Gevaert − La peinture a Bruges. Guide historique et critique, G.Van OEST et Cie,  Bruxelles et Paris, 1922
を読んでわかったことは、
・18世紀半ば、フランス宮廷画家でもあったJean Baptest Descampsが1753年に刊行したVie des peintres flamands et hollamdesに、
「ブリュージュの近郊ダムで生まれたメムリンクは、若いころ無頼少年で、兵士になり、傷病した。その傷ついた身体を看護治療してくれたのがシントヤンス病院で、そこで絵を描きだして有名になった。」
という、シントヤンス病院の誰かから聴いたという伝説を記したのが最初のようである。
・「ナンシーの戦い」というのをはめ込んだのは、1895年に、
Histoire de la peintre flamande, U, brussel, 1845
を刊行した
A.Michaelisらしい。

この伝説は、上記の1922年の本ですでに「これらの伝説は現在では意味がない」とバッサリ切り捨てられているのに、21世紀の本にでてくるとは奇怪なことである。

posted by 山科玲児 at 14:32| Comment(0) | 日記

寺神戸氏のドゥランテ

Durante Concerts Collegium Aureum HM LP.jpgDurante Sinfonia.JPG

ヴァイオリニスト 寺神戸亮氏の演奏動画を漁っていたら、
フランチェスコ・ドゥランテのコンチェルトがみつかった。
https://youtu.be/LxiagcIaPcw

私などは、デュランテとも書いていたが、ドゥランテのほうが標準的なようである。イタリア語が得意なかたにどちらがよいかご教示いただきたいものだ。
フランチェスコ・ドゥランテの音楽はLP時代から優れた作品がある(全てが優れているわけではないが、佳作傑作が何点もある)という意味で、注目していた。)この協奏曲は、初めコレギウム・アウレウムの演奏LP(左イメージ、画像はネットから)で聴いたがこの音源はCDにもMP3にもなっていないようである。こういう風に落ちこぼれるものがあるのがメディアが変わっていくときの欠点であろう。

この作曲家については、昨年も書いた
2018年08月10日  デュランテ  弦楽シンフォニア
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/184138581.html

 どうも、ネットではコンチェルト・ケルンの1990年ごろのCD音源が繰り返し使われているらしい。
それ以外では、こういうイタリアの団体のエモーショナルな演奏もある(右イメージ)。
Francesco Durante - Concerti
https://www.youtube.com/watch?v=B0HZnv5JuXg

 もっと知られてもいい、佳作佳曲だと思っている。

posted by 山科玲児 at 12:11| Comment(0) | 日記