2019年07月01日

トロイの城壁に立つヘレネ

helena Troy  Moreau 1880.jpg



1880年のサロンに出品されたギュスターヴ・モローのこの作品は、1913年Jules Beerのコレクション競売以後行方不明である。イメージは古いモノクロ写真。写真そのものは、下記カタログレゾネの著者Mathieu, Pierre-Louisの所蔵。

ギュスターヴ・モローのカタログレゾネ
Mathieu, Pierre-Louis, Tout L'Oeuvre Peint de Gustave Moreau.Flammarion.1991
 にそう書いてあった。
 幻想の彼方へ、澁澤龍彦、 美術出版社、1975年初版にのってたモノクロ図版も古い画集図版からの再録らしい。

ところが、
panasonic 汐留    ギュスターヴ・モロー展
https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/3153
 
のサイトでは、よく似た油彩習作が今回展示されるものとして、しかもパリ、ギュスターヴ・モロー美術館所蔵作品として紹介されている。
oil on canvas 63x30cm  Gustave Moreau Museum
これは前記 ギュスターヴ・モロー カタログレゾネには載っていない。  
しかも、同じギュスターヴ・モロー美術館が2012年に開催した「ヘレネ」小企画展解説には、この絵のことは何もコメントしていない。
Gustave Moreau, Helen of Troy : Majestic Beauty
Musee Gustave Moreau, from 21 March to 25 June 2012.
http://www.thearttribune.com/Gustave-Moreau-Helen-of-Troy.html
これはいったいどういうことだろうか??

  話の整合性を考えると、2012年以後に発見されて、ギュスターヴ・モロー美術館に収蔵された、と解釈せざるをえない。あるいはギュスターヴ・モロー美術館の倉庫からの発見ということもありうる。
  そういう意味では新発見ともいえるだろう。


posted by 山科玲児 at 05:51| Comment(2) | 日記

ポンペイ最後の日は8月24日ではなかったのか?


ポンペイ遺跡で日付の落書き発見、噴火発生日の論争に決着か
2018.10.17 Wed posted at 15:00 JST
https://www.cnn.co.jp/style/architecture/35127121.html
という話題があるようだ。

   ポンペイの遺跡の発掘で、10月という落書き

書かれているのは「XVI K Nov」という文字で、「11月の16日前」を意味する。現在の日付で10月17日に当たるという。
噴火が起きた時期、当該の家屋では改修作業が行われていた。落書きの書かれた壁には、この後漆喰(しっくい)が塗られる予定だったとみられる。木炭で書かれた文字が長期にわたって消えずに残るのは考えにくいため、落書きは噴火と同じ紀元79年に書かれた可能性が高い。

ちょっとまってよ、
・この年の落書きではない可能性がある。
・いわゆる行書体の書体。普通、ポンペイの落書きはブロック体大文字が多い。
・他にはあまり落書きのない壁に書いてある。普通は落書きは結構密集していたりする。それに白々とした大きな壁の端にあるようにみえるのがなんか不思議、もっともこれは発掘の際の便宜で、落書きが発見されたのでそこで削り取るのを止めただけかもしれない。

 どうもね、こういう「孤立した唯一の考古学的証拠」でワイワイ宣伝し、話題作りをするのは、中国共産党や、マスコミの常である。ちょっと冷静になって、もっと多くの証拠を集めたほうがいいのではないだろうか。
  数百年前から、イタリアでは人騒がせな古代の銘文の偽作が少なくなかったのだから。

  当方は、小プリニウスの書簡集の該当部分を読み返してみた(ref1)が、とくにおかしなところはないようにみえた。

  また、偽作ではないが中国考古学の下記のような例もある。
  1972年 ごろに、馬王堆3号墓からでた老子において、次のようなことがあった。 馬王堆 帛書  老子 乙本の発見時に 旧来の老子(今本48章)にあった字句の細部「無為にして為さざるなし」をさんざん攻撃した文章が1982年の「馬王堆漢墓(ref2)」にある。ところが、更に古い老子竹簡が郭店楚墓からでて、それは旧来の伝世本と同じだった。これで、どうともいえなくなった。2004年の「馬王堆漢墓(ref3)」では削除されている。

ref1. プリニウス書簡集、国原吉之助{編・訳}、講談社学術文庫、1999
ref2.何・張、馬王堆漢墓、1973、文物出版社、北京
ref3. 何、馬王堆漢墓、2004、文物出版社、北京
posted by 山科玲児 at 05:24| Comment(1) | 日記