2019年07月12日

「唐宋美術」は古い

覆される常識、日本美術の「独自性」は縮小していた
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56932
という記事がありました。
(※)本稿は『そのとき、西洋では──時代で比べる日本美術と西洋美術』(宮下規久朗著、小学館)の一部を抜粋・編集したものです。
だそうなので、著者の意図がどこまで反映されているのかはわかりません。編集者次第でどうにでもなるでしょうから。

  ただ、もとの本を買ってまで読む気はなくなりました。
     そのとき、西洋では──時代で比べる日本美術と西洋美術
        https://www.shogakukan.co.jp/books/09682274

それは、「唐宋美術」というような言葉を使っていたからです。
「唐宋絵画」というような用語・理念は、もはや古くさく、あまり意味がないものだからです。
唐宋美術というからには「唐美術」と「宋美術」の間に共通項が多く、ひとつにくくってもよいようなものでなければなりません。ところが、現実にはとくに絵画では、かなり相違・断絶があるようにみえます。ひとつには、北宋より前、五代より前の絵画が、少なくとも有名画家の伝世品では事実上皆無に近いほど破壊し尽くされているので、よくわからないという問題があります。じゃあなぜ「唐宋」というような言葉が一人歩きしているのかというと、戦前の内藤湖南などが形成した中国美術史観のなかで創造された概念でしかないのです。だから「唐宋」と聞くだけで、「あ、これはだめだ」と感じてしまうのです。「覆される常識」なんぞといっても、一般には中国絵画の常識そのものがないわけですし、研究者のなかでは1977年ごろから「大和絵が唐時代絵画の系譜をひいている」のは常識でしょう(ref)。

  現在は出土絵画などの資料・伝世絵画の再整理と探索によって、少しはましに唐時代絵画、宋時代絵画の概念をとらえることができるようになっているかもしれないのですが、それでもまだ手探り感が少なくありません。
  もうひとつ、気になったことですが、近代中国の国画の形成において、日本の絵画とくに菱田春草などの院派の影響が大きかったということを書いているんでしょうかね。中国の、情感のある漫画の巨匠:豊 子ト(ほう しがい、1898年1-1975年)にしてからが、竹久夢二の作品に傾倒し模倣することからはじめております。
  要するに、影響は、意外なほど相互的だということです。

宮下規久朗という方は、カラヴァッジョの研究では一流の方ですが、少し拙速に間口を拡げすぎているのではないかと憂慮いたしました。 ただ、この抜粋がこのような古色蒼然なものになったのは、編集者の悪編集のためであり、宮下規久朗氏自身の著作は優れているのかもしれません。その場合は、このような感想は撤回したいと思います。。

ref, 鈴木敬 日本の山水画 中国絵画の受容と拒否 MUSEUM、第313号、1977年4月、東京国立博物館

posted by 山科玲児 at 06:43| Comment(0) | 日記

Twitterで障害発生

今Twitterで障害発生してるようですね。
中国からのサイバー攻撃でしょうか??

2019年7月12日: Twitter に発生した障害 3:50 AM JST 
  
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posted by 山科玲児 at 04:00| Comment(0) | 日記