2019年07月14日

瀟湘八景の二景

洞庭秋月 (1).jpg



  九州国立博物館の「足利将軍」特別展
https://www.kyuhaku.jp/exhibition/exhibition_s55.html

の出品リストをみてみました。

ちょっと珍しいものに、南宋の牧ケイ、玉カンの瀟湘八景のうち、珍しいものが2点、最初の会期(7月13日〜8月4日)
に出るようです。質的には有名なものより落ちるかもしれませんが、なかなかみることができないものなので、良い機会かもしれません。

一つは文化庁 購入のとき観た
洞庭秋月
(上イメージは右半分:: 当方  撮影)


もう一つは、金閣寺にあるという、

江天暮雪
(金閣寺 展から)
こっちは、どうなのかなあ、、、
江天暮雪  金閣寺.jpg


posted by 山科玲児 at 20:24| Comment(0) | 日記

張学良の軟禁

張学良.jpg


2016年の
国立故宮博物院寄贈書画展
https://theme.npm.edu.tw/exh105/Donated/jp/index.html

の中に、明時代の陽明学の祖:王陽明の絵というのがある。
王陽明の書は、東京国立博物館にもあるが、絵というのは珍しい。その真贋はともかく、瞠目するのは、張学良の寄贈だということだ。

  張学良(イメージは若いころ・戦前の張学良の写真)が、台北の近く、新竹の邸宅
に何十年も軟禁されていたということが1980年代に知られ、蒋経国によって恩赦解放された事件は、当時大ニュースだったが、もう忘れた人も多いだろう。その後、かなりの数の張学良コレクションの書画がササビーズだったかクリスティーズだったかに出たものである。それなりに質の良いものがあったように感じて、当時は意外に思ったものだ。それらを手放したのは、張学良がハワイ移住した後か前なのかはよくわからない。

 延安に追い込まれた中国共産党を救ったのが西安事件だった。西安事件の責任者であった張学良が軟禁だったとはいえ、台湾で生きていたというのはなんとも不思議なことだ。共産党の恩人なのだから、北京ならまだわかるのだが、よりによって台湾で。しかも張学良コレクションの書画文物がオークションにでたということから、蒋介石治下の台湾で、財産までちゃんともつことを許されていたのである。

  蒋介石には「張学良を殺す」ことができなかった。なんらかの指令があったのだろう。西安事件のときスターリンから「蒋介石を殺すな」という指令がきたように。とすると「張学良を殺すな」という指令は、アメリカのディープステートからだろうと想像できる。蒋介石に命令できるのは米国(の一部の実力者)でしかありえないだろうし、解放後の張学良が多くの秘密をもって米国ハワイに移住して逝去したのも偶然ではあるまい。

  1945年12月、国共内線の最中に、米国の特使 ジョージ・マーシャルが中国にきて、蒋介石に「中国共産党との連立政権をつくれ」と宣告したのは有名な話である。国民党軍は英米、それも疲弊した英国ではなく米国の援助でもっていたのだから、これは晴天の霹靂だっただろう。 この時点で「共産党は負けて全滅寸前だった」という意見があるが、それは違うと思うが、圧勝していたわけではない。北朝鮮の主張によると、共産党軍(の一部??)は満州から追い出されて北朝鮮領に避難したこともあるらしい?

  汪兆銘の妻:陳璧君がいったように、「国民党はアメリカと通謀し、共産党はソ連と通謀したではないか。私たちが間違っていたのではない。単に日本が負けただけだ。」という状況だったから国共内線は代理戦争であった。
 その状態で米国が共産党に肩いれたら、国民党軍が総崩れになるのも無理はない。
 このマーシャルの言動は後に米国議会でも指弾されたのだが、結局うやむやになった。
  ディープステートの一員であったとされるマーシャルは、国民党への援助に消極的なアチソン、毛沢東の側近でもあったフランク・コーVirginius Frank Coe (1907 リッチモンド  〜  1980 北京)、ソロモン・アドラー(Solomon Adler 1909英国リーズ −  1994 北京 )とともに中華人民共和国を作った人である。

posted by 山科玲児 at 08:28| Comment(0) | 日記