2019年08月19日

国際的山賊殺人

ファンマンデル.JPG

  ファン マンデルの「北方画家列伝」注解(イメージ),
181pに、

技に優れた高名な画家マールテン・ファン・ヘームスケルク
という節があります。

画家
マールテン・ファン・ヘームスケルク(1498-1574)
https://en.wikipedia.org/wiki/Maarten_van_Heemskerck

の伝記です。

ヘームスケルクがローマからオランダに帰るとき、

ローマで知り合ったある若者から。その父親に宛てた手紙を託された彼は、ドルドレヒトを訪れた。その父親の家は、今は「小さな錨」という醸造所になっている。が、その当時は、旅の商人たちなどを密かに襲うために構えられた盗賊の根城だった。彼はここに宿泊するように誘われた。ピーテル・ヤコーブスという芸術愛好家もひきとめようとした。しかしその日の夕暮れに出帆する船があったのは彼に幸いした。その家からはのちに明らかになったように、おびただしい数の骸が発見されたからである。


「ある若者」も「ピーテル・ヤコーブス」も、ローマ〜ドルドレヒトをまたにかけた犯罪の一味なんだな。国際的 蟻地獄みたいなものかな。
 16世紀当時、オランダやドイツの画家などがイタリアにいって修行してまた帰るということが多数あったようだけど、その裏には、こういう連中が暗躍して死体になってしまった俊才も多かっただろうなあ。

REF カーレル・ファン・マンデル、「北方画家列伝」注解,中央公論美術出版  2014
posted by 山科玲児 at 07:34| Comment(0) | 日記