2019年11月10日

日本の風呂の歴史

別府.JPG

イメージは湯煙立ち上る温泉の町 別府である。

現在の日本人は、風呂好きで有名で、海外のホテルでもバスタブのある高価な部屋をあえて所望することが多い。 一方、歴史を調べると、昔はあまり風呂に入らなかったと主張する人もいるようである。

実証的に少し調べてみた。
 まず、東京の下町に昭和4年に生まれた三遊亭金馬の回想によると、子供のころ「毎日、どこかの風呂(銭湯)にいったものです」そうである。  当時の銭湯は7銭、盛りそばが十銭、小学校教員初任給が40円の時代である(ref)。

 某氏が「昭和初期のシャンプー広告で『月に一度はシャンプーしましょう、、』」というものを入浴回数と勘違いしていたが、それは間違いであることがわかる。

 江戸時代は、どうか? 銭湯の代が10文ぐらい、蕎麦代が16文(二八ソバ)だったのだから、なぜか昭和初期の値段設定と価格比が同じである。つまり生活様式があまり変わっていない。江戸時代も庶民は頻繁に銭湯にいっていた証拠だ。

 それ以前になると、よくわからないことが多い、蒸し風呂と湯を供するところが別々にあったのか?温泉はどういう営業形態だったのか? 寺院の施湯はどういうものだったのか?とかいろいろわからないことが多い。結構独断的な本や学者も多いので軽信しないようにしたいものだ。

  ただ、有馬皇子と温泉のかかわりなどをみると、七世紀ぐらいから日本人は温泉を愛好していた、と考えている。また、古事記のイザナギノミコトが黄泉の国から逃れて水浴して身を清める記述から考えると、こういう習慣は存外深いものがあると感じている。


REF.  値段の風俗史 上・下、朝日文庫、週刊朝日編,1987

   
posted by 山科玲児 at 08:36| Comment(2) | 日記