2020年01月31日

手書き文字と活字

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芝崎みゆき  さんの古代文明 解説・旅行記はすべて手書き文字であり、300p、250pという厚みの、びっしり文字と絵が入っている本が、すべて手書きなのには驚嘆する。

例えば、、
芝崎みゆき、マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行 : メキシコ・グアテマラ・ホンジュラス・ベリーズの旅
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794217639

しかしながら、こういう手書きの様式というのは1970年代末ぐらいのマンガ同人誌、タウン紙、旅行ガイド、観光地地図などで 少なくなかったと思う(イメージ)。
 柴崎さんは1965年ごろ生まれというから、そういう伝統の延長線にあるのだろうか? 書体もいわゆる丸文字系である。
 実際、みっちりつめて書く場合には、こういう向勢の丸い文字のほうがよいのは、小字麻姑仙壇記(下イメージ)にみるとおりである。

 実はこの文を書くときに、古い時代の手書き文字をみたくて、戦後すぐ、貸本時代の水木しげる「墓場鬼太郎(はかばのきたろう)」の復刻版(サラ文庫)をひっぱりだしてみたが、主要せりふは全て活字だった。そうとう古い時代のマンガでも活字をいれているものが殆どのようである。[ネームを貼る]「写植を貼る」とかいう古くからのマンガ業界用語は、もともと活字であったから出てきたものだろう。
  マンガにふさわしい書法がなかったことも一因なのだろうが、出版社側や、マンガ家自身に活字でいれるものという固定観念が日本では、強かったのかも、と感じる。「日本では」というのは、欧米のマンガの場合、文字が手書きのことが多いからだ。スヌーピーなど、、

スヌーピー美術館 SNOOPY MUSEUM
https://snoopymuseum.tokyo/s/smt/page/gallery?ima=0000

  活字信仰というか活字で印刷した本だけが正統な本であり、手書きのものは未完成なものだ、という固定観念があったのかもしれない。


小字麻姑IMG_1.JPG
posted by 山科玲児 at 09:19| Comment(0) | 日記

中国科学院 研究所は動かなかったのか?




  今回の新型肺炎武漢流行で、不思議なのは、武漢には中国一番、最高級のウイルス研究所があるのに、そこが全く流行制圧活動をしていないようにみえることだ。中国最高クラスの研究者・技術者・医者が集まっているはずでしょ。 本来なら先頭に立って、研究・製薬・指導・情報発信をすべきなのは、この研究所だろ。ま、研究所だから治療環境や病床はあまりないだろうけれどね。まさか全員逃げたとか、全員罹患再起不能状態になったとかいうのではないだろうね。

P4実験室が稼働開始、危険ウイルスの研究条件が整う--人民網日本語版--人民日報
http://j.people.com.cn/n3/2018/0105/c95952-9312172.html?ref=pc_watch_description

中国科学院 武漢病毒研究所 江夏区鄭店園区

武漢にはもう一つ立派な研究・製薬施設まである。

武漢生物製品研究所 武漢江夏区鄭店黄金工業園路一号


 これらから、全く活動がきこえてこないので、研究所からウイルスが漏れたんじゃないか?  と疑われる原因にもなっている。中国の例をみると、こういう研究所は、地域の伝染病制圧に全くやくにたっていないじゃないか! といわれてもしょうがないだろう。

 その上、なんと武漢は、もともと病院が多く、医療が盛んな大都市のようである。決して病院が少ない田舎町ではないのだ。
それで、あの惨状だとは。

 武漢スタイル (2018年3月)JETRO のPDF文書
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/b39e40751b805f5b/9-r.pdf
>武漢の街を歩いてみると、病院が非常に多いことに気がつくだろう。総合病院から、眼科などの専門病院まで、多種多様な病院が集積する武漢は、「中部医都(中国中部地域における医療の中心都市)」とも称されている。  武漢市民のみならず、周辺地域(湖北省の他の都市や安徽省、湖南省、河南省、江西省など)からも質の高い治療を受けるために武漢にやってくるほど。 >

posted by 山科玲児 at 08:31| Comment(0) | 日記