2020年03月17日

古代の書物の性格

法華義疏.jpg


  聖徳太子の法華義疏(イメージ) について、いろいろな人がなんくせつけているのをきく度に、古い時代の著作というものの性格が、現代の著作とはかなり違うことを、無視してるんじゃないか、と感じることが多い。それは特に注釈書に甚だしい。例えば、王先謙の「荘子集解」は私が初めて手に取ったまとまった漢籍であるが、王先謙の著となっていたのに王氏の言葉が殆どみあたらないようにみえた。注解ですら殆ど先人の注の引用なのである。これでは王先謙の著作といえるのかと疑問に思ったものだ。

  私が恵心僧都:源信の往生要集をはじめて読んだとき驚いたのは、ほとんどが引用文で著者のオリジナルな文章が少ないということだった。経典や先輩の仏教書から縦横に引用して本を書いているのである。穏健な学僧である源信だからそうなのかな、とも思ったが、きくところによれば、あの急進的な親鸞の教行信証もまた、多くが引用だそうである。 こういうふうに経典や古書を引用して自分の主張の裏打ちをしながら論陣を張るというのが、当時は一般的な著作の方法であった。

 勿論、古代の佛教関係の本でも、円仁の入唐求法記のような実録では引用はほとんどない。しかし、法華経の注釈・講義・注解書は、もともと上記のような性格のものだったのだから、聖徳太子の法華義疏に聖徳太子自身の見解があまりみうけられないということで失望するのはお門違いであろう。古代ギリシャ・ローマでもアテナイオスの本なんか、引用だけで構成されている部分が多い。

  また、古い時代の王族や高官の著作は、集団制作の場合が多い。例えば阮元の十三経注疏 は阮元一人が全部やったとは誰も考えていないだろう。また、文選も梁の昭明太子が一人で編集したと考えている人は少ないだろう。

posted by 山科玲児 at 07:08| Comment(0) | 日記