2020年03月18日

ボッテチェルリ  春の修理前画像

ufitti ボッテチェルリ  春の修理前画像


をアップしてみました。今ウフィッチ美術館は、武漢肺炎のため休館していますが、また開館するでしょうし、この傑作についての議論もまたでてくるでしょう。

しかし、ウフィッチの館長がドイツ人というのは、どう考えても納得がいかないな。

posted by 山科玲児 at 09:29| Comment(0) | 日記

写本で普及

漢画習 冊.JPG


芥子園画伝のような版画本それ自体は、 一部の画家にはしられていたかもしれないが、実際に普及したのは、竹田1810年ごろからではなかろうか。
 翻刻本  宝暦3年の京都での河南版が最も早い。しかし、こういう豪華本を画家が所有したり借りたりして学習できたことはあまりなかったんじゃないかな。
立命館ARC
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/db1/books/results1024.php?f1=BM-JH095-5&f12=1&enter=portal&skip=33&enter=portal#
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/

  イメージのような、版画を写したのではないか?と推測できる無名画家の肉筆絵手本が多量に残っていることからして写本による図像普及のほうが多かったと考えられる。
 今日では 印刷本のほうが安く入手しやすいと勘違いしやすい。ところが古い時代の学術書稀覯本では実は写本のほうが安いことが多い。実は半世紀ぐらい前まで、教科書を手書きで写して学ぶとか、インデックスを作って学ぶという学習方法がまだ残っていた。江戸時代には本を借りてそっくり写した複本を作った学者の話がいくらでもでてくる。
 大阪の適塾にはオランダ語の辞書ドーフ・ハルマは写本の原本が1冊あるだけで、それを写すことが重要な仕事であり学習でもあったようだ。


posted by 山科玲児 at 08:09| Comment(0) | 日記