2020年09月19日

楷書は行書から生まれた

1978蘭州伏龍坪  出土 後漢  墨書紙.JPG



現代の書道史の常識では楷書は行書から生まれた。、それは三国志の時代ごろである。
ところが、一般常識は違うらしい。楷書を続け書き 早書きすることで行書が生まれた、というもののようである。勿論、現在使われている行書、宋以降に使われている行書は、楷書から崩したものが多いだろう。しかし、行書自体は漢時代からあり、そういうものを整える・スクエアにすることで「楷書」が生まれたのである。イメージは後漢の墨書行書 蘭州出土  1978である。九州国立博物館の三国志展で撮影した。なんとなく隷書の筆法も混じっているが、いわゆる隷書ではない。草隷と昔は呼んでいたが草書ではない。どっちかというと行書である。西晋のころの楼蘭出土残紙では、行書と草書ははっきりかきわけられている。下イメージに行書と草書の例をあげた(スウェーデン所蔵、ヘデイン発掘分)。西晋より少し新しいかもしれないが、4世紀ぐらいだろうか。紙のC14検査記録を探したが未だみつからない。楼蘭の木簡の例や呉朱然墓名刺などをみると、どうも初期の楷書は名刺とか宛名書きとか、そういう少しあらたまった用途にまず使われたらしい形跡がある。楷書は行書から生まれたので、楷書から行書が生まれたわけではない、ということを最初に示唆したのは、どうも故:伏見 冲敬 先生だったんじゃないかと思っている。現在は湖南省長沙などの井戸遺跡から膨大な量の三国時代の木簡などがでているので、ますます確かなことになっている。

知人の書道関係の仕事をしている人の、2016年ごろのブログに、古い間違った書体変遷の説にしたがった論説があったので、悲しくなった。まだまだ、こういう常識は一般化していないのだなあ、と再認識した。
知人の跡見学園女子大学文学部教授 横田恭三教授が、2013年の東京国立博物館 王羲之展図録に、王羲之以前の書の変遷というよくまとまった解説を書かれているので、一読をお勧めしたい。
posted by 山科玲児 at 17:48| Comment(0) | 日記

古代マヤ初期の文字碑文?


旧聞に属するかもしれないが、、

古代マヤ文明の初期の文字、グアテマラの石碑に見つかる
2020年3月12日
https://www.afpbb.com/articles/-/3272842?cx_part=search

があった。例によってわかりにくい日本語解説で、記者自体 理解しているのか疑わしくなるものだ。

英文Wikipediaをざっと読んで、まとめてみよう。
https://en.wikipedia.org/wiki/Takalik_Abaj

はやい話が、古代マヤ文明の初期の碑文Stela 87がグアテマラ太平洋岸の遺跡Takalik Abajでみつかり、その年代がACE100と推定されていること。この年代は古代マヤ文明の石碑年代としては一番早いらしいこと。
もともとこの遺跡からはACE126と推定されているStela 5もみつかっていることから、古代マヤ文明の初期碑文研究には重要なこと。などがわかる。

ほぼ現在のグアテマラ・シティーにあったカミナルフュ遺跡が初期マヤの古いものであり、南部から文明がひろがったという説は、昔読んだことがあった。太平洋岸のほうが古いとすると、こういう古い説もリバイバルするかもしれないね。
posted by 山科玲児 at 08:54| Comment(0) | 日記

ホータンの蘭亭序


ホータン  蘭亭序.jpg
2014年06月19日 索靖 月儀の唐模本がロシアでみつかった
http://reijiyamashina.sblo.jp/article/100061168.html
でも紹介したように、ロシア所蔵の中央アジア発掘品には、書道史的にも重要な逸品が埋もれているようである。

2002年に中国人学者が発見したもので、当方が長く知らなかった件だが、ホータンで採集した蘭亭序の断片がロシア科学アカデミーにあるようだ(イメージ)。ダーx 18943-1 この「ダー」はキリル文字アルファベットの5番目の文字。ロシア科学アカデミーの漢文写本断片は皆ダーx」みたいである。一方、漢文印刷本はまた別の記号のようだ。

これは、唐前期に現在われわれが考える蘭亭序が、ほぼそのままの姿で存在していたという証拠になる。

様々な偽作説を反駁し、宋以後の歪曲を正すものでもある。

ただ、こういうのをもとにして、ホータンの人たちが皆、中国語を話し、漢文を学んでいたようなことをいう輩がいるが、それこそ独善的な中華思想だろう。交易都市ホータンの人々はマルチリンガルだったろうし、都市の一部にチャイナタウンがあったかもしれないが、ソグド・イスラム・ペルシャ・インドなどの文化の一つとして利用していたに過ぎない。

posted by 山科玲児 at 07:08| Comment(0) | 日記